漫画家アシスタント物語 もう終わりで章 〈1〉 頭の中に、重く暗い霧が‥‥
《 写真上:秋山プロの私のデスクです。中央にあるのが私の愛用した携帯電話(懐かしい)、いつも仕事の終わる時、忘れないようにデスクの中央に。50過ぎると物忘れがひどくなるものなのです‥‥2015年9月、撮影 》
< この『もう終わりで章〈1〉』は、文庫本約7ページ分 >
この「もう終わりで章」は、独立した「章」ですので、「古い話で章」の続きではありません。 無料で、各話、お楽しみいただけます!
ただし、「古い話で章」をまだ(全然)お読みでない方には、「古い話で章〈1〉」からお読みいただくことをお薦めいたします。
はじめての方は、「マガジン:第1章、第2章」(無料)がお薦めです!
その1
《 漫画家アシスタントが・・・終わりの準備をする・・・!? 》
当たり前ですが‥‥
誰でもいずれは死ぬわけで‥‥
遅かれ早かれ死の準備は必要になります。
私は、もう60( 2015年当時 )ですので‥‥‥‥ 決して早過ぎるとは思えません。( 健康なら話は別ですが )
いろいろな意味で、その準備の一つとしてこのブログにもけじめを付けようと考えたわけです。
しかし、いざそう考えたら‥‥‥‥ 急にペンが止まってしまいました。
まるで、このブログが「 死 」を恐れているかのように‥‥‥‥ ペンの運びをにぶらせるのです‥‥‥‥
( この10年前の、介護疲れで落ち込んでいた時の文章には、生気が
ありません )
読者の皆様に喜んでいただけたかどうか‥‥ それは分かりませんが‥‥ とにかく、ここまで続けさせていただきました‥‥‥‥
10年続いたこのブログ‥‥( 2004年から2015年までgooブログに掲載 )
多くの方々からコメントをいただきましたが‥‥ 中には、開設当時からコメントをくれた方もおられます。
とてもありがたい事で‥‥ 感謝の気持ちでいっぱいです。
始めた頃には、一日のアクセス数が50~60IPだったのですが、漫画編集家のたけくま氏に記事を紹介された時には、一日で10000IPにも達しました。
gooブログランキングで4位にまでなった事がありました。( 現在は、一日で100IPを少し超えるほどです。2015年 )
それから書籍化やら「 蟹工船 」の出版、TBSラジオのゲスト出演など‥‥ 最近は、TBSやテレビ朝日からの出演依頼があったりもしました。
ちなみに、テレビではどれも‥‥ 「 貧 乏 」や「 馬鹿 」「 晒し 」といった感じをテーマにしたものでした‥‥‥‥
収録時間と仕事が重なったり、師匠から「 あんな番組には出るな 」と止められたり‥‥ 結局テレビ初出演はありませんでした。
アシスタントの仕事もいつ終わるかわかりませんし( 師匠の年齢は72歳 )、大学講師の仕事も来年の春で辞めさせてもらうつもりです( 私の体調を心配した家人の勧めによるものです )。
身の回りにあるゴミ山のような本と資料ファイルはバッサリと処分して‥‥ ( まさに、身辺整理といった感じです )
今の心境は‥‥
『 休みたい、でも遊びたい! でも、とりあえず休もう!』

その2
《 漫画家アシスタントが・・・鬱病になりかける・・・!? 》
これが‥‥
これが最後になるかもしれない引っ越しが‥‥ やっと片付きました。
去年は、86歳になる母( ※参照 )が認知症( 脳梗塞で発症 )になって、同居を始めましたが‥‥‥‥ 仕事( ※参照 )をしながら世話をするというのは大変でした。
以前にも書きましたが、母が‥‥
「 誕生日は10月だったかね?]
「 オレの誕生日は9月だよ 」
‥‥という問答を、毎日のように繰り返したり、カレー屋さんへ入っているのに、タンメンを注文したり‥‥ 初期の認知症に、まだ慣れない私は随分と戸惑ったものです。
よく二人で、外食したのですが、いつも近所の大きなファミレスへ行っていました。 私も母も大好きな和食レストランです‥‥
その日、席に着いた母が、店内をキョロキョロと見回しながら‥‥
「 あらぁ‥‥? 」
「 ‥‥なに? 」
「 ここは、前にも来た事があるかねぇ? 」
「 え? ‥‥‥‥‥‥もう10回位来てるよ 」
「 ええ~~っ? 」本気で驚いている。
‥‥笑い話ではありません。
外出すれば迷子になって警察に保護され、自宅にいれば、ガスコンロの消し忘れで火事になりかける。
夜になると、テレビドラマを勘違いして「強盗が入った」と警察に電話して、パトカーが来て大騒ぎになったり‥‥
こうした日常と、仕事の疲れや体調不良が重なって、だんだんと鬱状態に落ち込んでいきました‥‥‥‥
『 このまま落ち込んでいけば、鬱病だな‥‥ 』
生まれて初めて目の前に「 鬱病 」の入り口を感じました‥‥‥‥
結局、8月に母を老人施設( 介護サービス付き高齢者専用アパート )へ‥‥
私とカミさんは、駅から少し離れた、狭いマンションへ引っ越し‥‥
今月に入ってやっと引っ越しの後片付けも終り‥‥ ホッと、一息しているところなのです。
私は、年金がもらえるようになるまでの2~3年しか、日本にはいないつもりです。 この引っ越しが日本国内での、最後の引っ越しという事になります。
そろそろ、カミさんの母国であるタイへ移住するため、準備に時間を使いたいのです‥‥ のんびり休み休み( 体調がイマイチですので )日本での時間を過ごしたいと‥‥‥‥
さて、次回から私の最後の漫画制作についてのお話を書きたいと思います‥‥ それは、このブログを始めた10年前( 2005年頃、50歳 )からスタートします‥‥‥‥
もっとも‥‥ それは‥‥‥‥
『 オレは、まだ漫画が描けるんだ! 』
‥‥という、「 アリバイ作り 」だったような気もしますが‥‥‥‥
「 漫画家アシスタント物語 もう終わりで章〈2〉」へつづく・・・・
「古い話で章〈30〉」へもどる‥‥
「もくじ」 へ‥‥
~~~ 参照 もう終わりで章〈1〉~~~
【その1】
・師匠 : ジョージ秋山先生、有名漫画家、1966年、23歳で売れっ子作家に。70年には同時週刊連載6誌という逸話もある。2015年は、1誌に連載。
【その2】
・母 : 昭和3年生まれ、東京昭島市出身。戦争中は渋谷に住んで実践女学院に通学、B29の空襲を体験。戦後、結婚するも破局、その後は現在まで45年間独身。2017年まで埼玉県S市の老人施設で暮らす。
・仕事 : 秋山プロでのアシスタント業と、新宿にある美術系の大学で、漫画背景を教える非常勤講師の仕事をしていました。当時は多忙でした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
⇩⇩ 輝くバラの画家、村田先生が童話作品で創作大賞に挑戦! ⇩⇩
⇩ ⇩ ⇩ 私の応募作品もよろしく! ⇩ ⇩ ⇩
いいなと思ったら応援しよう!
年金生活者にとって、とても嬉しいご支援! 感謝申し上げます!