漫画家アシスタント物語 第9章 〈9〉 大学の教壇で死にたくなる?
《 写真上: 私が非常勤講師を務めた大学のご近所風景。有名な「鳥ノ巣ビル」。このビルは、某デザイン系専門学校の建物です。2012年3月撮影 》
< この9章〈9〉は、文庫本約11ページ分 >
「第9章」は、独立した「章」ですので、「第8章」の続きではありません。ほとんど短いショートストーリーですので、「第9章〈1〉」(無料)より、お楽しみいただけます!
ただし‥‥ この「第9章」は、それぞれの話が少しだけ連続していますので‥‥ 「第9章〈1〉」よりお読みいただくのがよろしいかと思います!
それから‥‥
はじめての方は、「マガジン:第1章、第2章」(無料)がお薦めです!
その17
《 漫画家アシスタントが・・・小便も出せない!? 》
アシスタントの仕事場の奥にあるのがジョージ先生の部屋です。
私が漫画家アシスタントの苦労話を講演するために休暇が欲しいと願い出た時に、たぶん、ジョージ先生は自分が講演依頼を受けたと勘違いされたのだと思います。
「 どうしても平日の午後に‥‥ 漫画家アシスタントの話をして欲しいとの事なので‥‥‥‥ 」
私は、この「 漫画家アシスタント 」という言葉を強調する事で、私が講演を依頼されたのだという事を改めて説明すると‥‥‥‥
ほんの少しの沈黙の後で‥‥
何事も無かったように‥‥‥‥ 冷静な表情のまま‥‥‥‥
「 ‥‥‥‥ああ‥‥‥‥ ン‥‥‥‥ いいよ‥‥‥‥ 」
「 まだ先の話( 半年も! )ですし‥‥‥‥ 1週間くらい前になったらまた改めてお願いに来ます‥‥ 」
「 ‥‥うぅ‥‥‥‥ 」
半年後、私は慣れない講演で多少のミス( ホントはヤバいミス )はあったものの、なんとか無事にクリアー。 それと同時に大学非常勤講師の仕事が始まったのです‥‥
大学は、東京の有名な繁華街の一角にあり、一つの業務ビルをそっくり大学校舎にしていました。
また、本校は関西の某女子大で、こちらは東京の芸術系学部の姉妹校という事になるわけです。
漫画の他には、映画、イラスト、アニメなどのコース( ※参照 )もあり、建物の中を歩いている気分は、学校というよりも‥‥ どこかのデザイン会社か出版社の中でも歩いているような感じです。
私に漫画講師の仕事についてアドバイスしてくれたNさんは、始業の30分前には学校に行っているという話だったので、私は初めてだという事もあり1時間以上前に登校しました。
2009年4月8日‥‥
朝6時に起きて、7時前に近くの北戸田駅( Jr埼京線 )へ‥‥‥‥
普段は、お昼前の電車を利用するため、埼京線の満員電車( 朝7時過ぎの凄いラッシュ )をまだ知らない‥‥ 結果として慣れないラッシュアワーにヘトヘトに疲労します‥‥‥‥
4月初旬と言っても、まだ肌寒さが残るのでジャケットを着ていたのですが‥‥ 電車の中は蒸し風呂状態で汗をびっしょりかいてしまい、電車を降りた時には濡れぞうきんの様な無様な姿になっていました。
昨夜遅くお風呂に入り、朝は歯磨きをして、服は下着から上着までクリーニング済みのものを着込むという準備までしたのですが‥‥‥‥ まったく無駄に終わってしまったわけです。( これ以降、替えの下着を持参するようにしました )
ベトベト状態のまま、学校に着いて教務課の方から教室や事務機器の説明を受けて始業時間まで待機する事に‥‥‥‥。
『 最初の授業なので、ごく簡単な背景‥‥‥‥ 定規を使って描くヨコ線や、フリーハンドの斜線などを練習しよう‥‥‥‥( 漫画背景の初歩の初歩、簡単な技術指導 ) 』
その段取りや説明文についての確認に気を取られて大事な事を忘れていました‥‥
通常、授業の最初には「 授業内容 」という学生たちへの授業説明文( 前期15週分 )を用意しておくのですが、最初の「 課題( ヨコ線と斜線 ) 」の事で頭がいっぱいになっていたためか‥‥
コピー機を使って「 授業内容 」をプリントしておく事を忘れてしまったのです‥‥‥‥
私は、「 課題 」の事しか頭にないので、せっせと課題用のプリントを作る事やそれをホチキスでまとめる事などに夢中になっていました‥‥‥‥
「 え~と‥‥‥‥ 学生さんの人数は何人位なんでしょうか? 」
私が事務の方に尋ねると
「 最初は、何人受講するか分からないので‥‥‥‥ 人数分よりも多めにプリントしておいた方が良いですよ 」
「 え~と‥‥‥‥ 前期が30人で後期が30人という風に聞いているので‥‥‥‥ 」
「 多めにプリントしておいて下さい 」( 後期から前期へ移動する学生もいるため )
そこで約50人分のプリントをコピー、さらにそれを整理して準備万端整った‥‥ と思っていたのは私だけ‥‥‥‥
「 課題 」のプリントは用意しても、「 授業内容 」のプリントを忘れた事で私は一生忘れる事の出来なほどの「 切迫感 」を経験する事になります‥‥
そして、さらに重大な欠陥があったのですが‥‥‥‥ この時には、そんな地獄が待ち受けていようとは‥‥‥‥ 予想だにしていませんでした。
漫画家アシスタント、小池‥‥ 53歳‥‥‥‥
ただ、初めての講義で、大勢の学生( 3年生約30人 )を前に‥‥ 背景技術を実技、教習、指導、講義ノートの予習など‥‥ もう頭がいっぱいでした‥‥‥‥
授業の開始まで‥‥ あと20分‥‥ あと15分‥‥
私は、余裕のある様な顔をしながら教務課の斜め向かいにあるトイレへ‥‥‥‥
不思議なもので‥‥‥‥ 緊張からトイレが近くなる‥‥‥‥ というのは分かるのですが‥‥‥‥‥‥
なぜか‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 出ない!
「 ‥‥う‥‥ う‥‥‥‥! 」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥やっぱり‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥出ない!
一滴、二滴‥‥‥‥ 出るのですが‥‥‥‥‥‥ 後が続かない‥‥‥‥‥‥!
出したいのに、出ない‥‥! 生まれて初めての緊張に、小便ではなく脂汗が額を流れる。
情けない話ですが‥‥‥‥ 残尿感が股間につきまとう‥‥‥‥‥‥‥‥それでも授業開始の時間はせまっている‥‥‥‥!
チャックを慎重に締め、残尿感を残したまま‥‥‥‥ 手を洗う‥‥‥‥
『 いったい何をやっているンだ‥‥‥‥! 』

その18
《 漫画家アシスタントが・・・首をくくりたくなる・・・!? 》
トイレの中で出ない小便を恨んでいても仕様がないので、虚しく手を洗うのですが‥‥‥‥
‥‥そんな私に陰鬱な不安がまとわりつくのです‥‥‥‥
『 ただの漫画家アシスタントが大学で講義なんて出来るのか‥‥? 』
引きつるように‥‥ 緊張する自分に対して‥‥
『 オレは30年以上もやってきたアシスタントの経験がある‥‥ そこから技術をどれだけ伝承出来るか‥‥ それだけ考えればいいンだ‥‥ 』
‥‥と気持ちを落ち着かせようとするわけです‥‥‥‥
始業時間まで後‥‥ 5分‥‥‥‥
「 学生たちの名簿はまだ用意できていません。 2週間後位にこの科目を受講する学生が正式に決まりますので、それまで待って下さい。 」
教務課の説明を受けてもその意味がよく分からない‥‥‥‥緊張で話がよくわかっていない。 授業が選択科目の場合は、最初の授業は「お試し」で、翌週に、別の授業を選択する事もできるわけです。
私は、ホワイトボード用のサインペンなどの入った箱と資料やプリント類を重ね持ち、大きなショルダーバッグを肩に引っ掛けて、7階の教務課から4階の教室まで階段を降りて行きます‥‥‥‥
ヒンヤリと静まり返った階段の踊り場で私は深呼吸‥‥‥‥ 唇がパサパサに乾いている‥‥‥‥ も‥‥もう一度トイレに行きたい‥‥‥‥
『 何を考えているンだ‥‥‥‥ 教室へ行くしかない、やるしかない! 』
自分にムチを入れる様な気持ちで階段を一歩、一歩、降りて行きました‥‥
学生は、全員「 マンガコース 」を専攻する3年生。年齢的には20歳前後‥‥
教室の中には、30人近い学生が‥‥ 私に注目している‥‥ 女子の方が圧倒的に多い‥‥ 若い女性からこれほど注目を浴びるのは生まれて初めての経験‥‥‥‥
笑い事ではない、30年間、まったく女性とは無縁の職場にいた中年オヤジが、20人以上の女子大生( 男子は数人 )の前で授業するのだ‥‥‥‥
前にやった神奈川県の某大学での講義( アシスタントの苦労話を椅子に座ってするだけ )とは全然違う‥‥‥‥
全員がこちらを注視している‥‥‥‥( まともに彼らを見られない! )
教壇に立ち、教卓の上に資料やプリント、さらにバッグから筆記具などを出しているだけでも手がブルブルと震えてくる‥‥‥‥
きっと足もガクガク震えていたかもしれません‥‥‥‥
キンコ~ン‥‥‥‥ カンコ~ン‥‥‥‥
明るい始業チャイムの音が鳴る‥‥ なんだか‥‥ 小さな妖精に笑われている様にも聞こえる‥‥
二人がけの長くて大きめのテーブルが横に3つ並び、それが手前から奥まで7~8列‥‥‥‥ 結構広い教室に私のオドオドした声が響きます‥‥‥‥
「 あ‥‥ えぇ‥‥ お、お早うございます! 」
‥‥ちょっと泣きそうな気分で‥‥‥‥ 声が裏返りつつもかろうじて明瞭に発音‥‥‥‥
学生( 3年生 )たちは、もう丸2年間大学で漫画の修練をしているだろうから‥‥ すぐにでも背景画の課題に取り組めるだろうし、なにより、私の事もきっと資料かなにかで読んでいるだろうと思っていたので‥‥‥‥
「 私の事は、もう、資料かパンフで読んでいるかと思いますが‥‥ 知っている人は‥‥? 」
‥‥と質問しても誰一人として手をあげない‥‥‥‥‥‥
誰も、私の名前も素性も知らない‥‥!
何処の誰とも知らない奴の授業を受けに来ているのか‥‥!?
課題どころではなく、まず‥‥‥‥ 自分が何処の誰なのかを説明しなくてはならない!
「 で‥‥ では、そのぉ‥‥ 私はぁ‥‥‥‥ 漫画家のアシスタントを‥‥‥‥ さ、34年‥‥‥‥ 」
古い昭和の漫画家の名前を並べても、学生の多くはもはや知らない‥‥ それでも、貧乏アシスタント時代や、デビューした時の話からブログをはじめるまでの話など、大学で講師をやるまでの経緯を汗を拭き拭き説明‥‥‥‥
15分ほどの自己紹介の後で背景の課題用紙( 定規を使ったヨコ線や斜線 )を配り、それを、原稿に描いてもらおうとした時でした‥‥‥‥
せっせと課題のプリントを配る私に向かって学生たちが冷たい視線を送る‥‥‥‥
『 何やってんの、この先生? 』
私は、ふと一番前の席にいる女子学生と目が合い‥‥‥‥
「 ‥‥‥‥? 」
「 先生、道具持って来てません 」
「 え‥‥? 道具持って来てないの? ペンも‥‥ インクも? 」
困ったように私をみつめる、そんな彼女を私は困ったように見つめる‥‥ すると‥‥
彼女は『 知らないわよ! 』といった顔つきで‥‥‥‥
「 今日は、講義だけだって‥‥‥‥ 」
「 ‥‥‥‥はぁ~?! 」
私は、一瞬で自分が危機的な状況に置かれている事を悟ります‥‥‥‥
全ての学生を見渡すようにしながら‥‥( 真っ白な雪の北アルプスを望むように )
「 今日、背景を描くための道具を持って来ている人は?」
誰一人として手をあげない‥‥‥‥
『 そうか‥‥ 初日は、講師の自己紹介や授業の説明をするだけなのか‥‥! 』
『 前期15回の授業の、貴重な1回分(90分)を自己紹介で終わらせるのか‥‥? いや‥‥‥‥‥‥‥‥ 違うぞ‥‥‥‥!』
私は、この時に至って初めて自分が「 授業内容 」のプリントをコピーし忘れ、学生たちにこれからの授業計画やその内容を解説する事も出来ないのに気が付きました。
授業の説明も出来ない‥‥ 課題をやる事も出来ない‥‥
授業開始20分経過‥‥
無能な講師が教壇で首をくくりたくなった瞬間です‥‥‥‥
もはや、課題はあきらめるしかない‥‥‥‥
「 授業内容 」のプリントも配布できない‥‥
『 何も無いっ! 』
『 終わりか‥‥‥‥ 』
「 漫画家アシスタント物語 第9章〈10〉」へつづく・・・・
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~~~ 参照 ・第9章〈9〉 ~~~ ( 読んでも、読まなくても!)
【その17】
・コース : 時代状況でかなり変化します。映画コースなどは2,3年で別のコースに替わりました。どうも業界関係の就職率が良くなかったみたいです。( 映画はキビシイよねぇ )
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