漫画家アシスタント物語 第7章 〈4〉 狂った病院へご一緒に!
《 画像上:1996年「サイコホスピダー」の一コマ。虐待される入院患者 》
< この7章〈4〉は、文庫本約22ページ分 >
初めての方は、「漫画家アシスタント物語 第1章」(無料)がお薦めです。
または、「マガジン:第1章、第2章」(無料)でも読みやすいです、はい!
その16
一ヶ月近くかかってシナリオ( 250ページ分 )を届けた私に、担当の編集員М氏( ※参照 )が原稿用紙の束をパラパラとめくりながら‥‥
「 普通の本なら、これで終わりなんですが‥‥ 漫画はこれからだから大変ですよねぇ‥‥ 」
そう言ってくれるのはありがたかったのですが‥‥ 正直、この作業を終えるだけでエネルギーを使い切ってしまった様な‥‥ 変な疲労感に襲われたのを覚えています。
この、400字詰め原稿用紙にシナリオを書く作業が終わってから‥‥ ガックリと‥‥ 漫画制作のスピードが落ち込みました。
丁度この頃に、作品の舞台となる精神病院( ※参照 )へ取材に出掛けたのですが‥‥ もちろん、危ない病院ですので‥‥ 秘密裏に出掛けたわけです‥‥‥‥
しかし、担当の編集員氏が「 〇魔の精神病棟 」の作者であるT氏( ※参照 )に、栃木にある問題の病院へ一緒に取材に行きませんかと声をかけたのです‥‥‥‥
その結果は‥‥‥‥ T氏を激昂させてしまいます‥‥‥‥
「 栃木と聞いただけでもムカムカするのに、誰があんな所へ行くかっ! 病院へ入ったら、生きて出て来られる思うなよっ! 」
T氏が問題の病院をそれほど憎む理由は、この「 〇魔の精神病棟 」( ※参照 )をご一読いただければ、すぐ分かると思うのですが‥‥ 残念ながら本は絶版しています。中古でも高額な値がついてしまって‥‥‥‥
少し、T氏の病院への敵意について解説したいと思います‥‥
私が漫画にするこの物語は、1978年3月、一人の画家( T氏 )が病気でもないのに強制連行、強制入院させられ、5年後に退院した時には身体障害者( 院内暴行による歩行障害 )になっていた‥‥
そして、入院中にその財産( 自宅、絵画、預貯金、高価な財物 )が全て処分されていたという物語です。
実は、この物語は、未だに完結していません。なぜなら、T氏は今でも民事訴訟で病院、国、実兄などと戦っているからです。( T氏が請求する損害賠償額は10億円です )
真実は、何か‥‥ 誰が正しいのか‥‥。
何十年も裁判をやっている問題に私がとやかく言える筋合いのものではありませんが‥‥ 3年以上、裁判を傍聴し、T氏への取材等で得た知識を元にした拙い文章ではありますが‥‥ 出来るだけ簡潔に記しておきたいと思います。
その前に、結論から書くと、刑事裁判では院長有罪で懲役8ヵ月。民事訴訟で、2件の殺人容疑をはじめ、多くの障害、暴行、監禁‥‥ 84年に社会問題化したこの事件を暴いたのがT氏なのです。
彼の命懸けの暴露は、国会を動かし、医療制度が大幅に改善されたはずなのですが‥‥‥‥
以下に最近の同病院による拉致監禁について記事を参考にあげておきます。( 二つとも写真付きの短い記事です )
週刊金曜日オンラインの2022年7月の記事より
朝日新聞の2025年9月の記事より
事件発覚から30年経った同じ病院で、同じような事を、同じような人間たちが、やっている‥‥ 何も変わっていません。
さて、話をT氏が監禁された1980年代に戻しましょう‥‥
看護人や准看護人、医師など多くの関係者が直接関わっただけでなく、被害者たちが訴え出た警察も役所も彼らを黙殺していました。
もし、T氏が弁護士を通じて訴え出て、すぐに警察が捜査していれば‥‥
病院内で使われた、木刀や金属バット、竹刀、そして、暴行現場の血痕など物的証拠をたやすく確保できたばずなのに‥‥‥‥
これらの物的証拠は全て消され、ただの医師法違反だけ! 人殺しをしても、看護人たちによる暴行やリンチがあっても‥‥ 死者はみんな「心不全」で処理して脳ミソは解剖( 解剖免許もない精神病院で! )後に有名大学への貢ぎ物にする
!
もう、医師と患者とどっちが正常なのかわかったものじゃない!
この県指定(!)の巨大病院は、グループ企業の中核、県や官庁にとっても「便利」な存在だったのでしょう。
T氏の怒りと憎しみの深さを理解する事は出来なくとも‥‥ その一部分でも垣間見る事が出来るなら‥‥ それは、きっと無駄ではないと信じたいのです‥‥‥‥
T氏とその実兄の対立、その概要を明らかにするする前に、T氏について書いておきます。( 私の低レベルな記憶の限りで )
T氏は岐阜県の大変著名で裕福な家( 兄姉はみな東大卒 )の末っ子に生れました。 幼少期から大変優秀で、県下での学年成績は常にトップだったそうです。 父親からも大変溺愛されました。 しかし、そのためか‥‥ 長男とは相性が悪く、つねに対立する関係にあったようです。
裕福な家庭に育ち、幼少期から絵の才能を発揮しました。 壁や柱に大胆な落書き(?)をする弟( T氏 )を父が叱る事もせずに、愛おしく接するその姿に兄は傷ついていたのかもしれません。
絵だけではなく、古物商が持ち込んだ骨とう品なども、父親が幼いT氏に向かって‥‥
「 この壺はどうかな? 」
その真贋、良し悪しを、末っ子( まだ小学生 )のT氏に訊いたそうです。 これは、父親がT氏の持っている美的才能を認めていたのだと思います。
T氏は、画家になる事を目指して東京芸大へ入るつもりだったそうですが‥‥ 母親は、当時、夫( T氏の父 )を亡くし、経済的にも余裕がなかったので、息子のT氏が特待生( 授業料免除 )で入学できるかどうか‥‥ また、本当に画家として食っていけるのかどうか心配で、一緒に芸大の洋画家教授( 日本を代表する有名な画家 )に相談に行ったそうです。
その時に、教授は‥‥
「 彼の成績なら問題ないと思います。 でも、うちに入っても画家には成れません。 美術の先生には成れますが‥‥ 良い画家には成れません 」
そう、言われたそうです。そこで、芸大ではなく、大学の資金で海外留学( 欧米 )も出来るJ大学へ特待生として入学します。( この留学に使用された1960年代の古いパスポートを見せてもらった事があります )
1965年前後、18歳で欧米留学( 特待生として! )を前提に進学し、海外で画家になる事を目論んだのです。
留学中に、欧米の著名人( 有名な会社の社長や会長 )に絵を買ってもらっていたそうです。( 裁判に提出された、絵画購入の著名人名簿のコピーを見ました )
しかし、こうした事を実兄は‥‥
「 東大にも(!)入れないバカが、売れもしない絵を描いている! 」
などと軽蔑していました。 後に、弟を精神病院に強制的に入院させる時に‥‥( 1978年、T氏34歳の時 )
「 大学を中退して、絵を描いて遊んでいる変人! 」
などとも言っていたそうですが、実は‥‥ 大学を中退したのではなく欧米に特待生留学していた事をこの実兄は知らなかっただけなのです。
さて‥‥ いよいよ、この兄弟に決定的な断裂の瞬間が来ます‥‥‥‥
漫画家アシスタント物語、血の教訓
『 教訓とは、一般に失敗しないためのものですが、私が最も伝えたい教訓は、失敗する事が最高の教訓になるという事なのです。 』
「その17」より‥‥
この「精神病院」を担当編集員氏と「見学」に出かけるのです‥‥

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