漫画家アシスタント物語 第6章 〈1〉 最高の道、最適とは限らず!
初めての方は、「漫画家アシスタント物語 第1章」(無料)がお薦めです!
または、「マガジン:第1章、第2章」(無料)も読みやすいと思います!
《画像上:ヤングジャンプ青年漫画大賞佳作賞をいただいた「壁」の一部》
< この6章〈1〉は、文庫本約17ページ分 >
2008年に「gooブログ」に書いた「第6章」は、以下の様な文章で始まります‥‥
この「 第6章 」は、その内容から‥‥ いつ掲載が中断するか分かりません。
もし、そうなったら‥‥‥‥
「 ああ‥‥yesさんのブログは横ヤリが入って潰れたな‥‥ 」
‥‥と、スッパリとあきらめていただきたいのです。 冗談の様に思われるかもしれませんが本気です。
さて、くどい様ですが‥‥ これから書いていく話は、お約束通り、人名、地名、日時などを変更しています。 架空の「 物語 」として読んでいただいて結構です。
そして、特に‥‥ 私の取材に快く協力して下さった先輩アシスタントのリョウさん( 仮名:内海遼一、故郷の岡山県で療養中、'08年当時53歳 )に心より、御礼申し上げます。
リョウさん、数か月に及ぶ取材にお付き合いいただき本当にありがとうございました! ‥‥2008年12月公開 gooブログより。
その後17年以上、途中で横槍は一本もなく、記事は無事に最後まで‥‥‥‥
では‥‥ 本編へ‥‥( 2025年9月 )
漫画家アシスタント物語 第6章 〈1〉
その1
昭和天皇の体調が悪く、下血がつづいていた1988年。 テレビや新聞、雑誌などのマスコミが「 Xデー 」についての報道をし、その事が巷の話題にもなっていました。
秋山プロの仕事場では、いつもの様に漫画制作がおこなわれ、この「 天皇重体 」報道が一人のアシスタントに重大な影響を及ぼす事になろうとは‥‥ 誰一人として想像さえしませんでした。
このブログで何回か書きましたが、この頃、私の住む東京豊島区千早町の下宿には、連日漫画家アシスタントやイラストレーターそして幾人かの旧友が訪ねて来てくれていました。
1988年春、その日は秋山プロのスタッフが2人来ていました。私( 当時33歳 )は「 週刊ヤングジャンプ 」で賞取りをしていましたが、その賞も受賞のたんびに格下げ( 佳作、奨励賞‥‥ )していく有様で、気分は落ち込み気味でした。( まだ「 蟹工船 」漫画化の話はありませんでした )
私たちの話題は「 将来どうするのか? 」‥‥という事がテーマでした。
『 このまま、モノにならなかったらどうするのか? 』
深刻です‥‥
この頃の秋山プロでは、自分の漫画作品を制作しているのは私と先輩アシスタントのリョウさん( 仮名:内海遼一、岡山県出身、この当時33歳 )くらいでしたが‥‥ 特に私は、まるでパッとしない有様でしたので自然と話題も暗くなります。
徹夜で話し込んだ後のよどんだ様な朝だったと思います。 カーテンを閉め切り朝日を避けて( 深夜族はドラキュラの様に朝日を嫌います )、コーヒーだけをグビグビやりながら長話をしているわけです。
私が初めて秋山プロに入った「 23歳 」の時を思い出しながら‥‥
「 36歳までに独立出来なかったらあきらめる‥‥ 」( 当時33歳でしたから、後3年 )
‥‥と、私は一人言でも喋る様に言いました。 この「 36歳 」という数字には意味がありました。 それは、私が秋山プロに入った時のジョージ先生の年齢だったのです。
若い頃から‥‥ 漠然と考えていたのです‥‥‥‥
『 今の( 78年当時 )ジョージ先生の年齢( 36歳 )までに独立出来ない様ではオレ( 当時23歳 )の漫画人生に未来はない‥‥ 』
と‥‥‥‥‥‥
「その2」より‥‥
リョウさんは、坂本龍馬を人生のテーマにして、一直線に進んで‥‥
3章より、各節が100円の有料記事になっています。しかし、2026年
の夏か秋年末からは、各章、ゆっくり「ほぼ無料化」する予定です。
遅すぎ‥‥ なんですが‥‥‥‥ どうかお許しください。

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漫画家アシスタント物語 第6章
誠実にまんが道を真一文字に突き進んだ男が・・・・・たどり着いたのは自分の夢の世界なのか? 過酷な現実だったのか?
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