2026年上半期|イベント:ゆめみるきかい
2026年上半期に体験したエンタメ作品の中で特に気に入ったものを個別で書いてみました。
上半期まとめはこちら
イベントではゆめみるきかいが一番グッときました。
実施を振り返って感じたことは演劇は人の記憶を受け止める場所ということでした。
最初に要約を書いておきます。
後半に感想を書いていますので、ぜひご覧ください。
要約
今回の「ゆめみるきかい『UFO』」の上演は、単なる久しぶりの再演ではなく、長年取り組んできた「他者の経験を身体で受け止める」という研究を再び動かし始める契機となった実践だったと考えられます。記録の中心にあるのは、演技の完成度ではなく、話し手の記憶を過度に解釈せず、その人が見た景色にできるだけ近い形で立ち上げようとする姿勢です。そのため、この作品は即興演劇であると同時に、「受容の技術」を探究する研究でもあります。また、異なる背景を持つ参加者が集まり、長年関わる仲間との信頼が作品を支えていたことから、作品だけでなく共同体や関係性そのものが研究対象になっていることも見えてきます。さらに、今回の上演が新たなワークショップや今後の活動へつながったことから、この実践は一度きりの成果ではなく、方法論を育て続ける長期的な研究開発の一部として位置づけられます。
こんな人におすすめ
・プレイバックシアターに関心のある人
・即興演劇やワークショップに関わっている人
・他者の話を丁寧に受け止めることに興味のある人
・演劇を表現だけでなく、人との関わり方として考えたい人
event|イベント

ゆめみるきかい
UFO
演劇は、人の経験にもう一度出会う場所になれるだろうか
『ゆめみるきかい』は、プレイバックシアターの手法を取り入れた即興演劇です。2011年に初演を行い、その後も折に触れて上演を続けてきました。しかし、コロナ禍を挟み、しばらく上演ができていない時期がありました。
今回の上演で、久しぶりにこの作品へ戻ってくることができました。
改めて作品に向き合うなかで、以前よりもはっきりと言葉になったことがあります。それは、この作品で私が本当に大切にしたいのは「演じること」ではなく、「受け止めること」なのだということでした。
人の記憶を、その人のものとして受け止める
プレイバックシアターは人の記憶をそのまま演じる演劇です。
だから、演じる人の物語をそのまま受け止める技術が必要になります。
話された記憶を、どこまでその人が見た景色として受け止められるか。そこに、この実践の難しさと面白さがあります。私たちは、人の話を聞くと、つい意味づけをしたり、自分なりの解釈を加えたりします。
プレイバックシアターでは、その解釈が強すぎると、語ってくれた人が見ていた景色から少しずつ離れてしまいます。
過分にとらえたり、ある方向性を持って物語を受け止めてしまうと、そのエピソードを実際に話してくれた人の景色と齟齬ができてしまう。その齟齬自体によって良い結果が生まれることも可能性としてはありますが、極めて低いと思いますまた、その良い結果というのも、肉体的に理解するというよりも頭での判断として良い結果と受け止めることにしているのがこれまでの経験上多いと思います。
その人の人生に対して、良い悪いを判断したり、批評したりすることが演劇上演の目的ではありません。
なにより、自分が話したことに対して、劇を通して批判・批評をされたい人なんているだろうか。
自分が人生の中で体験したことにもう一度会えるなんてことができたら、それはどんなに素敵なことだろう。と思う。
そういった夢のような体験としてゆめみるきかいを作っています。
演劇を「再現」ではなく「再会」にするために
「自分が人生の中で体験したことにもう一度会えたら、それはどんなに素敵なことだろう」と考えてきました。今回の上演を通して、その思いがこの作品の中心にあるのだと改めて感じました。
演劇は出来事を再現することはできても、同じ時間をもう一度生きることはできません。それでも、記憶に宿っていた空気や感情に再び触れることはできるかもしれない。
だから私にとって『ゆめみるきかい』は、「記憶を再現する演劇」ではなく、「記憶に再会するための場」なのだと思います。
そのために、プレイバックシアターを行う環境作りと、技術を育てる必要がありました。
一緒につくる人が作品を育ててくれた
今回の上演には、初めて一緒に作品をつくる人、共演経験のある人、ワークショップで出会った人、そして初演から関わり続けてくれている俳優も参加してくれました。
異なる背景を持った人が集まったことで、それぞれの経験が活き作品に新しい空気を運んでくれたように思います。
特に、初演から関わってくれている俳優は、ゆめみるきかいの作品において一番信頼をしている人で、今回も非常に力を注いでもらいました。
長い時間をかけて共有してきた感覚があるからこそ、安心して記憶を預けられる場が生まれているのだと思います。ふりかえると、この作品は上演を重ねるたびに方法論だけでなく、人との信頼も育てていたんだと思います。
上演後、新しい取り組みも始める
今回の上演を通して、『ゆめみるきかい』への熱が、もう一度自分の中で動きはじめました。
この上演をきっかけに、新しいワークショップも始めることになりました。
下半期には、上演やワークショップをいくつか予定しています。
長く続けてきた作品だからこそ、完成したとは思っていません。
むしろ、ここからまた新しい研究が始まるような感覚があります。
「他者の経験を、自分の身体を通してどこまで受け止められるか」
『ゆめみるきかい』は、その問いをこれからも確かめ続けるための場になっていくのだと思います。
