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2026年上半期|映画:ARCO

2026年上半期に体験したエンタメ作品の中で特に気に入ったものを個別で書いてみました。

上半期まとめはこちら

映画ではARCOが一番グッときました。

全体を通して感じたことは好奇心で生まれたつながりが思いがけない未来に繋がるということでした。

最初に要約を書いておきます。
後半に感想を書いていますので、ぜひご覧ください。

要約
『ARCO』は、未来世界を舞台にした時間旅行の物語でありながら、「未来」を見る作品ではなく、「人と人とのつながりはどのように世界へ現れるのか」を考える作品として受け取られています。特に、家族がアルコを探し続ける想いが虹として描かれる演出や、社会に理解されなくても好奇心を追い続ける三人組、そして感情を誇張せず使命を果たそうとするロボット・ミッキの姿に深く心を動かされています。これらに共通しているのは、説明よりも行為そのものによって関係性や想いを伝える表現への関心です。これは、演劇やワークショップで大切にしている「答えを提示するのではなく、体験から発見してもらう」という姿勢とも重なります。また、この作品への感動は映画単体に留まらず、「観客が少なくても、こうした作品が上映され続ける文化であってほしい」という願いへと広がっています。そのため『ARCO』は、一つの鑑賞体験ではなく、美しさ・探究・ケア・共同体・文化の継承という、現在の研究全体を支える価値観を改めて確認する契機となった作品だと考えられます。

想定読者
・アニメ映画が好きな人
・派手な展開よりも、静かな感動を味わいたい人
・作品をきっかけに考えることが好きな人
・小規模でも良質な映画や文化を応援したい人


movie|映画

ARCO
監督:ウーゴ・ビアンブニュ

映画の上映を楽しみにしていた

とにかく期待していた。予告編を見たのはなんの映画だったか。
その時見た映画よりも、予告編の映像が心に残っていたように思う。

空を飛び上がっていく主人公の浮遊感がとにかく気持ちよく、上映が始まるの楽し見に待っていた。

ムビチケ特典でA5サイズのクリアファイルがもらえることを知り、取り扱いのある劇場まで足を運んで購入したくらいには楽しみにしていた。一番近い映画館では取り扱いがなかったので、少し遠い映画館に行って手に入れた。

少しだけ残念だったのは、クリアファイルに作品の文字情報が印刷されていたこと。もちろん特典グッズなので、映画公開日や監督名も重要なのはわかるが、それでもグッズの完成度を思うと文字情報は無くして欲しかった。あの美しい虹の世界とその浮遊感を持ち歩けたらもっと嬉しかっただろうと思う。

そんな期待を持ちながら、公開初日に劇場へ向かった。

上映が始まると、不安はすぐになくなった。最初から最後まで、ずっと楽しく見ることができた。


日本アニメへの親しみと、未来への想像

『ARCO』はフランス製のアニメ映画です。

フランスのアニメ映画。いったいどんな映画なのか。難解で小難しいものだったら嫌だな、というほんの少しの不安もありました。実際に観ると、そんな気持ちはあっという間に消えていく。

日本アニメのDNAがそこかしこに見える。というようなコメントがあったと思う。まさしくそうだと思う。自然の景色や、人物の線の感じなんかはこれまで慣れ親しんだ日本アニメの映像のような、見慣れた温かさがある。

一方で、未来の服装の独特のデザインはあるけど、それでもレトロフューチャー的世界感にわくわくした。


虹の正体

本作では2つの未来世界が描かれている。
遠い未来から時間旅行をしてしまったアルコ。近い未来で暮らすイリス。

事故のように時代を越えてしまったアルコを元の世界へ帰そうとすることが物語の軸になっている。

時間旅行をすることで、光を超えていく時に虹をたなびきながら空を飛ぶ。
アルコを探す家族の姿が虹となってあらゆる時代のあらゆる場所に現れます。戻ろうとするアルコ、そしてアルコを探す遠い未来の家族。遥か隔たれた世界をなんとかつながろう、探そうとする親子の営みが美しい虹になっています。

そんな虹に魅せられた3人組が登場します。
最初は悪者か?と思ったけど全くそうではない。あの虹の正体を知りたくて、世間から白い目を向けられても構わずにただ純粋に「知りたい」という好奇心だけで虹を追い続けていた。自分たちの興味・好奇心のもと突き進むズッコケ三人組のような存在。
彼らがアルコとイリスを最後の最後までサポートすることになる。そして、彼らが見たその虹こそが遠い世界にいるアルコを探し続ける家族の姿ということに気づいた時、そのあたたかなメッセージに胸が熱くなった。


あるいは未来の家族の形

イリスのいる近い未来の世界も、”近い未来”といっても、だいぶん先の未来だ。だけど、想像の届く未来だと思う。

家族の中にロボットが存在し、ロボットと人間は心を通わせながら、家事・育児をきちんとこなす。

イリスの両親はイリスとは別の場所に住んでいる。おそらく都会で仕事をして家計を支えているのだろうと思われる。イリスとイリスの下の子(弟だったか、妹だったか・・・)の赤ん坊はロボット:ミッキによって育てられている。

この未来の世界で特別なことではなく、まあまあありえる家族のあり方のようだ。


人は想いをどう残すのだろう

本来この時代には存在しないはずのアルコ。その存在は世界から認識されていない。だからミッキはアルコの姿を見るとショートしてしまう。

しかし、ある出来事をきっかけに、ミッキが洞窟の壁へアルコとイリスが過ごした記録を描き残す。それが緊急時のプログラムだったのか、それとも故障によって偶然生まれた行動だったのかは語られない。

その壁画があったことで、遠未来でアルコを探し続ける家族は時代を特定し、ようやくアルコへたどり着くことができる。

洞窟に絵を描くという、人類が最も古くから続けてきた営み。その原初的な表現が、未来の家族をつなぐ手がかりになる。この構成には圧倒された。

誰かを想い続けることは、すぐに届くとは限らない。けれど、その想いは思いもよらない形で誰かへ届き、未来をつないでいく。そんな希望を、この作品は静かに描いていた。


ロボット:ミッキが教えてくれたこと

物語が進んでいくと、イリスとアルコが火災のある現場に取り残されることとなる。そこへロボットであるミッキが一心不乱に駆けていく。一心不乱に、と書いているが、ロボットであるミッキは当然息が切れることもないし、「ああ」「くそっ」と言った人間が漏らすような声も発しない。ロボット:ミッキはこれまでも言葉を発する必要がある時だけ、言葉を出す。だから、保護する対象のイリスたちの元へ向かうまでは言葉もなく走り続ける。この景色がすばらしかった。火災現場の山の中では動物たちが火を逃れて走っている。その流れと逆行するようにロボットミッキが人間を助けに走っている。自然と人工が交錯しながら命を繋ごうとするその情景はとても美しかった。

感情を大きく表現しなくても、人は行動そのものから人格を感じ取る。この場面は、身体そのものが物語を語ることにも通じているように思えた。
「説明しない」という表現の豊かさを感じました。多くを語らない。答えを与えない。それでも観客にはちゃんと伝わる。その余白があるから、自分自身で考え始める。

当初不安に感じていた難解さは、答えを自分で感じてくださいね。ということだと思うんだけど、このARCOはその余白の設計の仕方がとても上手だったと思う。

美しさは説明から生まれるのではなく、余白から生まれる。
『ARCO』はそのことを改めて教えてくれた作品だった。

また、ミッキを演じている日本語吹き替えで演じている梶裕貴の演技も抑制が効いていて素晴らしかった。


小さな映画が上映され続けるために

この映画は2回観ました。
1回目は初日に一人で観ました。
2回目は家族と少し遠くの映画館で観ました。

その劇場には、自分たち以外にもう1人しか観客がいませんでした。それでも、この映画を劇場で観られて本当に良かったと思っている。観客が多い作品だけが価値を持つわけじゃない。静かでも、深く胸を打つ素晴らしい映画はちゃんとある。

どうかこれからも、そういった映画が上映され続けてほしい。
強く感じさせてくれる映画だった。

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