超初心者が詠進歌を紡ぐまで⑩自分の心と向き合う
このシリーズは、超初心者の私が年始に宮内庁が開催する「歌会始の儀」へ短歌を差し出す(詠進)することを目指して書き綴るものです。
~「良い人」ではない~
「こころをケアする仕事」をしていると、時々聖人のように思われることがあったりします。
「怒ることなんてなさそうですね」
「ストレスたまったりしないんですか」
「霞を食べてそう」等々
しかしそんなことは当然ないわけでイライラすることもたくさんあります。
~俗世の出来事~
今朝、車を運転中、狭い十字路を右折しようとした時、行き先に車があったのであちらを先に行かせようと待機していました。
そこへ、しばらくピッタリ車間を詰めて私の後ろを走っていた車がクラクションを数回鳴らしてきました。
所謂「煽り」を受けたものと私の脳は瞬時に解釈しました。
法定速度+αの速さで走行し、ウインカーは一時停止する3〜5秒前に出し、車道のセンターに車を寄せていました。
それでも私の運転が後続車のイライラさせたのでしょう。
「すぃませんしたぁ」
(反省はしていない)
~鬼となる私~
本心では「地獄に堕ちろ」と思っています。
人の不幸を強く願っている私。
職業倫理に照らせばまったくダメなのですが、わたしもヒトの子。
それくらい思うことを許してください。
~話題を戻そう~
今朝のこの出来事から、自分の心と向き合う1日となりました。
その結果仕事でミスもしちゃいました。
心と向き合うのは骨が折れます。
でも向き合うからこそ自分が見えてきます。
嫌な自分も見えてきます。
良い自分も悪い自分も両方とも自分です。
おっと。今日の記事は詠進歌のお話でしたね。
良いことばかりではなくネガティブなことでも自分の心と向き合い、短歌を詠み重ねていきたいなぁと思いました。
「私」というフィルターを上手に使って歌を詠む。
私にしか詠めない歌がある。
私を知り私が体験したことをうまく表現し誰かに共感してもらえたら本望です。
~今日の一首~
それでは今日の一首を詠んで終わります。
煽られて心折られた花の根も地中微かに声を揺らして
煽り運転を喰らった私の心は朝からへし折られました。
(風に煽られ茎が折れた花)
折れた心は1日元気がありませんでしたが、心の奥底には微かにを蓄えてあって、夕方には少し元気を取り戻すことができました。
(根の部分では微かに栄養を蓄えており、夕方には少し茎が元に戻ってきた)
あおられて/こころおられた の「おられ」は韻を踏んでいます。
「声」は最近好きなキーワードです。そこにはエネルギーだったりその人らしさだったりが秘められていて魅力的です。
私=花 はご愛敬ということで(^^♪
【⏳締め切りまであと111日】
