気持ちの広がり
*このnoteのサムネイルはChatGPTで作成したものです。ワハハ😆神秘的〜✨
直ぐに書き留めておかないと忘れ去ってしまいやすい。
意識が次に行きやすいからかも。
富士登山中に気持ちが切り替わったというか、やっと気持ちの整理ができたというか。
もう、この気持ちを忘れかけていたので、noteに急いで書き留めておく。
毎日毎日仕事で忙しいし、次から次へと難題がやってくるから、気持ちを同じ位置に留めておけないというか。
娘は現在、大学を休学中。
中退をする予定にしている。
娘が突然、大阪の大学に行きたいと言い出した時は正直驚いた。
大阪の大学に運良く受かった。
引っ越しの日に私が病気で倒れた。
娘の新生活を支えられなかったと自責の念。
大学3年目にとうとう娘はメンタルをやられて自殺未遂。
私は治療が終わった後から大阪の娘のところに足繁く通っていたのだが。
娘を支えきれなかった。
私の育て方が間違っていたのかなどと自分を責めた。
今までの人生はなんだったのかとも思った。
富士登山から帰ってきたら、娘のメンタルがまた少し後退していた。
私が好きなことをした後だっただけに、それがいけなかったのかとも思った。この繰り返しである。
しかも、私の母が病気になった。
突然報告を受けた。
母は1ヶ月かけて検査をしまくっていたらしい。私には言わずに。
今、思えば、あの電話…タイミングが良すぎた。
(石鎚山の山頂でお祓いを受けている最中に母からの突然の電話)
だから、母に石鎚山でいただいたお札をあげた。

宮司さん?禰宜さん?が言っていた。
「このお札を開いたら文字が書いてあって、それを食べたら癌が治ったって人がいるんだ。」って。
もしもの時に使ってみようと思った。
その「もしも」が今だなって。
あれよあれよと治療方針が決まり、手術の日も決まった。
ああ、話がそれちゃったから元に戻そう。富士登山中に思ったことに。
娘が大阪に行かなかったら、私は好きなことをせずに、やりたいことをせずに、人生を終わらせていただろうってこと。
仕事だけをして、家族の世話をして、行くとしたら近隣だけに留まって、冒険はしなかっただろう。
大阪は娘が行くまでは遠く感じていた。
でも、今は近く感じる。
奈良も遠く感じていた。
でも、今は近く感じる。
娘のおかげで行動範囲が広がった。
娘のおかげで気持ちが広がった。
距離という枠がとれた。
気持ちという枠もとれかかっている。
娘が大学に行ったら私の手から離れて、私は好きなことをやって行こうって思ってもいた。
でも、その通りにはならなかった。
私は2回病気で死にかけ、娘はメンタルをやられた。順調にいかなかった。
そのことを嘆いた。
でも、そのことが無かったら、私はここまで気持ちを開放できなかったと思う。
開放?解放?どっちとも。
娘がメンタルをやられて、私を困らせたことに感謝しているわけではない。
娘自身の存在に感謝しているのだ。
富士登山しながらの気づき。
忙しない生活で置き去り忘れ去ってしまう前に、この気づきを書き留めておく。
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