2026北中米ワールドカップ グループJ 第1節 オーストリア対ヨルダン レビュー
はじめに
皆さんお久しぶりです。サッカーについて文章を書くのは2年ぶりになります。今回もTwitter(現X)にてWindtoshさんという方からお声がけいただき、『JAPAN ANALYZING FESTIVAL ’26』という大層な企画に参加することになりました。
前回やらせてもらったEURO 2024では担当者1人につき1ヶ国でしたが今回は参加人数が増え、各試合1人が担当するという贅沢っぷり。
担当試合はドラフト形式(被ったら予め設定した手でジャンケン)で決めるのですが、第一希望試合は予想通りのドン被り。最終的に流れ着いたのはオーストリア対ヨルダンというなんとも言えない渋いカードに。
個人的にオーストリアはEURO 2020からのにわかファンで強度の高いハイプレスが主体のチームスタイルは"教授"と呼ばれるラングニック監督によって磨きがかかってますしアラバやザビッツァー、ライマーなど複数ポジションこなせるポリバレントな選手が多いところが好きだったので嬉しいですが、ヨルダンはほぼ情報ゼロ。2011年のアジアカップで日本と対戦した記憶が最後で、強い〜て言うならタマリは聞いたことあるな、くらいです。とはいえ任されたからにはきっちり書き切ります。はあースペイン対ウルグアイやりたかったな(しみじみ)
分析スタイル
自分の分析スタイルは多分ものすごく一般的です。中高生の頃色んな本・雑誌で勉強しましたが見るべきポイントは変わらないと思います。両チームがボール保持時、非保持時にどう振る舞うか、どのスペースを使いたくて逆に使われたくないのか、ディフェンシブ・ミドル・アタッキングサードそれぞれのゾーンにボールがあるときどう変わるのか等々…
結局分析にそれぞれの味や個性が出るのは事象の分析そのものではなく「何故そうしているのか」という解釈だと思います。システムを4-4-2から5-4-1に変えている理由や守備のベースをゾーンからマンツーマンに変えている理由は両チームの監督に直接聞いてみないと分かりませんが、第三者視点でも推測することは可能です。この選手はこういう長所があってそれを活かしたくて…相手チームのこの選手を警戒してて…とかね。「この選手は◯◯が得意/不得意」とかも結構人によって解釈分かれたりしますよね。
というわけで自分なりの解釈を交えながら分析していきたいと思います。
両チームのスタメン
両チームのスタメンはこちら。毎度のことながらTACTICAListaさんにはお世話になっております。(機能制限が鬱陶しくてとうとう課金しました)

W杯において初戦が非常に重要であるのは全世界のサッカー関係者が理解しているので、お互いほぼほぼ全力のメンバーでのぶつかり合い。
ただオーストリアはトップ下のバウムガルトナーが怪我で欠場。そのため中盤と両SBならどこでもできるライマーが代わりにトップ下に入りました。
ヨルダンは知識不足のせいで特筆すべきことはありませんが強いて言うならタマリが1トップで起用。本来のポジションは右WGでサイドからのドリブル突破を得意とする選手ですが、弱小チームあるあるの「とりあえず一番上手いやつを一番前に置く」スタイルだと思います。2010年の南アW杯における日本のケイスケホンダみたいな、あの感じ。
両チームの分析
オーストリアの保持vsヨルダンの非保持
両チームの戦力差は明白で、どう考えてもオーストリアの方が格上です。つまりオーストリアがボールを持つ時間が圧倒的に増えます。
というわけでまずはオーストリアの保持と、それに対するヨルダンの非保持を見ていきましょう。

オーストリアは2-2-5-1。センバとボランチの4枚でボールを回しつつ、両SBと中盤の選手達が5レーンをしっかり埋めてヨルダンを崩しにかかります。あのレッドブルスタイルの生みの親であるラングニックが監督ということもありてっきり攻撃は「狭く速く」いくのかなと思いきや、しっかりボール保持の時間を作っていました。相手FWのプレッシングの枚数に合わせて2-2を維持したりボランチが1枚降りて3-1になったりするのはスペインやペップの専売特許ではありません、オーストリアも普通にやります。
対するヨルダンは自陣に引いて5-2-3のローブロックを形成。オーストリアが自陣でボールを回しているときにタマリがスピードを活かしたチェイシングを仕掛けることもありましたが、ほとんどの時間は引いて守っていましたね。

ただ開幕戦ということもあり緊張していたのか相手をリスペクトしすぎていたのか、5-2-3で一番やってはいけないことを彼らはやっていました。それはHB(ハーフバックの略、3・5バックの脇のCBのことを個人的にそう呼んでいます)が2ボランチの脇に飛び出してこないということ。
5-2-3の構造的な弱点は誰がどう見てもボランチ脇のスペースであり、こんなの小学生でも分かります。このスペースを誰が埋めるのかというと、後ろで余裕があるHBなんですよ。これに関しては個人的に5-2-3を作らせたら世界一だと思っているグラスナー監督率いるクリスタルパレスの試合を見てもらった方が早いです。
下の画像のシーンのように、パレスのHBはハーフスペースでボールを受けようとするシティの選手に対してしっかりマンマーク気味についていくことでチャンスを未然に防いでいます。


5-2-3はビルドアップの局面ではシャドーが、ファイナルサード攻略の局面ではHBがハーフスペースを埋めることができる現代ポジショナルプレーに対する環境メタみたいなシステムなんです。
このHBが出てこないということを活かしてシュミットとザビッツァーが再三チャンスメイクをしていました。ポケットに走り込む動きを見せたりSBのポッシュ、ムウェネと入れ替わったりしてヨルダンDF陣を撹乱していました。
ヨルダンの保持vsオーストリアの非保持
今度は逆にヨルダンの保持とそれに対するオーストリアの非保持を見ていきましょう。

ヨルダンの攻撃は基本的にはロングボール主体。特に足元が上手いCBがいるわけでもないので事故らないためにもそれが安パイだと思います。
ヨルダンとしては押し込まれる展開は百も承知、その上でオーストリアのSB裏を狙うようなシーンが何度か見られました。
非保持におけるオーストリアは非常にコンパクトな4-4-2を形成。中央をギュッと圧縮させることでボールをサイドに誘導し、逃げ場のないタッチライン際で刈り取りにいきます。この辺の守備の練度の高さは非常にラングニックらしさを感じます。
ただコレクティブな4-4-2にも当然弱点はあり、それが2トップ脇とSB-CB間の「チャンネル」と言われるスペース(ハーフスペースはピッチを5分割して作られる静的なものに対し、チャンネルはSBとCBが動くたびに変わる動的なもの)です。ここをヨルダンのシャドーの選手や流れてくるタマリに狙われることもありましたが、そういうときはボランチがチャンネルに降りて5バックに変形。これはこの記事でも紹介したシメオネ・アトレティコに見られるやり方ですね。

両チームの保持・非保持を振り返るとオーストリアはレッドブルの風味を残しつつも教科書的な5レーンアタックと4-4-2ゾーンディフェンスが土台にある基礎がしっかりしたチーム、ヨルダンは5バックという弱者の戦術を採りながらもタマリ、オルワンの走力を活かしたサイドからのカウンター狙いのチーム、といった感じでしょうか。
試合展開
試合は終始オーストリアペース。2-2-5-1の形から丹念にヨルダンの隙を突いていき、21分にシュミットがミドルシュートを突き刺し先制。時折ヨルダンがボールを運ぶシーンもありましたが、オーストリアのオーガナイズされた4-4-2に防がれ得点には至らず。
後半になるとややヨルダンが盛り返します。基本的なやり方は変わりませんが、前半に比べてHBがしっかり前に出て人を捕まえるようになりました。そんな中迎えた50分、攻守が目まぐるしく切り替わる中アルラワブデが奪ったボールをオーストリアの弁慶の泣き所であるSB裏に展開してオルワンが絶妙なコントロールショットを沈め、同点に追いつきます。
これにより追加点を取らなくてはいけない状況に追い込まれたオーストリアは選手交代によって流れを変えようとします。ムウェネに代えてヴァナー、アラバに代えてダンソ、X.シュラーガーに代えてチュクウェメカを投入。アラバ⇄ダンソは同ポジションでの交代なので単純に怪我がちなアラバのプレータイム管理が理由だと思いますが、残りの2人は違うポジション間での交代であり明らかに戦術的交代です。

左SBにライマーが入りボランチはヴァナーとサイヴァルトのコンビ、そして元々ライマーがいたトップ下の位置にチュクウェメカが入ります。これにより陣形を保ちつつ攻撃的な選手の枚数を増やしたオーストリアはさらに攻め立てます。
67分、コーナーキックからこぼれ球を押し込んでアルナウトヴィッチが勝ち越し点を決めたかと思いきや、ポッシュのハンドを取られVARで取り消し。 後半ハイドレーションブレイク明けて間もない76分、またもやコーナーからザビッツァーのボールがアルアラブのオウンゴールを誘発しオーストリアが勝ち越します。本職MFのライマーが左SBに入ったことでザビッツァーが大外レーンに鎮座することが増え、そこからのクロス攻撃がかなりヨルダン守備陣を苦しめていた印象です。
後半ATにはアルナウトヴィッチがPKをきっちり沈めて3-1で試合終了。それにしてもアルナウトヴィッチは息が長い選手ですね。
おわりに 〜均一化された戦術と変わらない各国の"癖"〜
4年前のカタール大会からちょくちょく言われていたことではありますが、サッカー界はどのチームも似たような戦術に採用するようになっていきどんどん「均一化」されている傾向にあります。
サッキ・ミランの登場により4-4-2ゾーンディフェンスが全世界に普及したように、現代ではペップがバイエルン、シティで見せたポジショナルプレーによりボール保持では3-2-5による5レーンアタック、そしてその対抗策としての5-2-3ブロックがどこでも見られるようになりました。4-5-1のチームもいましたがどちらにせよ5レーン埋めるためにDFかMFどっちか5枚揃えて対応しましょうや…ってことです。
今大会で言うとバログンの件で一悶着あったとはいえ開催国として躍進を見せたアメリカやオーストリアと世紀の名勝負を繰り広げたアルジェリアはボール保持において3-2-5を基調としていましたし、日本がオランダ戦やブラジル戦(前半まで)見せた5-2-3ブロックはグラスナーが作ったチームかと思うレベルのクオリティの高さでした。
勿論形だけで中身を伴っていないチームはいくらでもあります。例えば韓国はなんちゃってポジショナルの拙いビルドアップ部分をイガンインの個人キープ力に全任せしてましたし、本稿で分析したヨルダンの5-2-3も改善の余地を多く残していました。
とはいえワールドカップはグローバルな大会であり、各国のフットボール文化が歴史的に積み上げてきた"癖"を味わうことができるのも事実です。例えばアルゼンチンはいつの時代も「エンガンチェ(10番)と愉快な仲間たち」サッカーをしてたり、モロッコやアルジェリアなど北アフリカのチームは戦術がヨーロッパナイズされてもドリブル好きでこねたがる選手が必ずいたり、パラグアイはシンプルにコンタクトプレーが激しかったり笑
オーストリアもラングニックがザルツブルクで築き上げた、全員で走り攻守にわたってコンパクトに完結させるレッドブルスタイルが代表チームにも文化として定着しつつあるのかなと感じました。ザルツブルクだけでなくライプツィヒ所属歴のある選手が多いのも大きいですよね。
今のオーストリアは4-4-2のゾーンディフェンスと5レーンアタックをベースとする良く言えば基本に忠実、悪く言えばありきたりなチームですが、オーストリアならではの"癖"がもっと全面に出てくるとより面白いチームになっていくのではないでしょうか。ヨルダンに関しては正直個々のクオリティも組織としてもまだまだ発展途上(なんてったって今大会がW杯初出場、28年前の日本と同じ立ち位置)なので、これから自分たちの"癖"を作っていくんだと思います。
時代によって変わるもの、変わらないものの両方を楽しみながらサッカー観戦を楽しめたらいいなと思います。
