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「大変な人生を選んだ理由」——記憶と問いと誓いの記録

子供のころのある記憶が、ずっと頭から離れない。

それが事実だったのか、後から自分の中で形を持った物語なのかは分からない。

けれど俺の中には、その記憶がある。

「大変な人生と簡単な人生、どっちがいい?」

そう聞かれて——俺は「大変な方」と答えた。

すると、どこかから声が返ってきた。

「大変だけど、頑張るんだよ」

そんな記憶、誰に信じてもらえるのかわからない。

けど、俺の中では確かに“始まり”だった気がしている。


■ 俺は、大変な人生を“選んだ”


楽な方じゃなくて、面倒くさくて、傷も多くて、うまくいかない方。

でもその理由は単純だった。

「どうせなら、色んなことが起きた方がいいじゃん」

それだけ。
でもその一言の中には、俺の全部が詰まってた。

大変な人生を選んだとは、苦しみを望んだという意味ではない。

楽な方を選ばなかったという意味でもない。

ただ、簡単な答えだけで人生を終わらせたくなかったということだ。


■ 引力の向きが変わった日


子供の頃、ただ座っていると、
重力が前からかかってくるような感覚があった。

普通なら下に引かれるはずの重さが、
なぜか前へ、未来へ、引かれていく。

あれは「時間の向き」が変わった瞬間だったのかもしれない。


■ 箸でハエを掴んだ話


子供の頃、箸でハエを掴んだことがある。

狙ったわけじゃない。ただ動きが合った。

それだけ。

今思えば、世界と自分がまだ切り離されていなかった証拠だった。

目で見て、手が動く前に、もう全部がつながっていた。


■ 「誓願」という言葉を知った


仏教に「誓願(せいがん)」という言葉がある。

生まれる前に、自分がこの人生を選んだという誓い

「苦しくても、生ききる」と自分に言った記憶。

俺の中には、それがある。

ずっと消えていない。


■ 忖度抜きの答え:じゃあ、どうすればいいのか?


「全部受けろ」「全部味わえ」

楽な道を望んでないなら、逃げ場なんていらない

誰かの答えじゃなくて、自分の問いの中で燃え尽きろ

中途半端な妥協や、綺麗ごとを重ねるくらいなら、自分の“作品としての人生”を、最後まで仕上げてやれ


【結語】


「どうしたらいい?」と俺は何度も問うた

でも、本当は最初からわかっていたのかもしれない

「お前が選んだんだろ?」

それでも進む

それでも、踏みしめていく

それでも、笑ってやる

これが俺の、生き方だ


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