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UIは企業理念そのものである



副題

理念文よりも、企業の本音は画面に現れる


序章|企業は、画面越しに何を語っているのか


企業には理念がある。

誠実。

顧客第一。

人を大切にする。

誰にでも使いやすいサービス。

安心と信頼。

挑戦と革新。

どれも立派な言葉である。

採用ページに書かれている。

会社案内にも載っている。

店舗の壁に掲げられている。

朝礼で唱和されることもある。

けれど、企業の理念が本当に機能しているかどうかは、その文章だけではわからない。

理念は、実際の判断に使われて初めて意味を持つ。

そして現代では、その判断が最も直接的に現れる場所の一つがUIである。

セルフレジ。

ECサイト。

銀行アプリ。

予約画面。

行政手続き。

病院の受付機。

解約ページ。

問い合わせフォーム。

人が減り、サービスが画面へ移るほど、企業の態度も画面へ移っていく。

どの言葉を表示するのか。

何を大きく見せるのか。

何を隠すのか。

どこまで戻れるのか。

間違えた人をどう扱うのか。

誰を標準的な利用者として想定するのか。

UIとは、単なる見た目ではない。

企業が客にどのように行動してほしいのか。

どこまで説明するつもりなのか。

どの程度の負担を客へ渡すのか。

何を守り、何を諦めるのか。

それらが画面上に現れたものなのである。

理念文は、企業が自分について語る言葉である。

UIは、企業が利用者へ実際に取っている態度である。

だから、ときにUIは、企業理念より正直である。

第一章|UIとは、画面の見た目ではない


UIとは、ユーザーインターフェースの略である。

直訳すれば、利用者との接点である。

ボタン。

文字。

入力欄。

メニュー。

音声。

色。

画面の順番。

エラー表示。

確認画面。

これらをまとめてUIと呼ぶことが多い。

しかし、UIを単なるデザインだと思うと、本質を見失う。

UIとは、利用者に何をさせるかを決める仕組みである。

購入ボタンをどこに置くか。

解約ボタンをどこに置くか。

確認を何回求めるか。

個人情報をどの段階で入力させるか。

失敗したとき、最初からやり直させるのか。

途中へ戻れるようにするのか。

迷っている人へ説明するのか。

わからない人を置いていくのか。

これらは技術的判断に見える。

だが、実際には価値判断である。

利用者の時間を大切にするのか。

会社側の都合を優先するのか。

誤操作を防ぎたいのか。

離脱を防ぎたいのか。

購入してほしいのか。

納得して選んでほしいのか。

UIは、こうした価値の優先順位によって作られている。

つまりUIとは、

企業が何を良いと考え、何を許容し、何を利用者へ負わせるか

を画面へ翻訳したものなのである。


第二章|理念は、画面に翻訳されなければ働かない


企業が「顧客第一」を掲げているとする。

それだけでは、まだ理念は機能していない。

顧客第一とは何を意味するのか。

入力項目を減らすことなのか。

解約を簡単にすることなのか。

高齢者でも読める文字サイズにすることなのか。

問い合わせ先を見つけやすくすることなのか。

購入後の変更を可能にすることなのか。

理念は、具体的な判断へ翻訳されなければならない。

たとえば、

誠実である

という理念がある。

これをUIへ落とすなら、

* 追加料金を事前に明示する
* 自動更新をわかりやすく表示する
* デメリットも隠さない
* 解約条件を契約時に見せる
* エラー原因を利用者の責任と決めつけない

といった形になる。

人を大切にする

なら、

* 疲れている人でも使える
* 急かさない
* 間違えても戻れる
* 障害のある人も利用できる
* 初心者を前提に説明する
* 助けを求める手段を残す

という設計になる。

品質第一

なら、

* 処理結果を確認できる
* 誤入力を検知する
* 重要な操作に確認を入れる
* 不具合時に復旧できる
* データが消えない仕組みを持つ

という形になる。

理念があるだけの会社は、きれいな言葉を持っている。

理念が機能している会社は、その言葉を画面上の仕様に変えている。

UIとは、理念が実務へ翻訳された跡なのである。


第三章|顧客第一と言いながら、解約を隠す会社


企業の本音が最も見えやすいのは、利益と理念が衝突する場面である。

新規登録は簡単。

解約は難しい。

購入ボタンは目立つ。

返品方法は見つからない。

無料体験は一回で始められる。

自動更新の停止には何画面も必要になる。

契約時には大きな文字。

違約金は小さな文字。

これらは偶然ではない。

企業が何を優先したかの結果である。

本当に顧客第一なら、顧客が離れる自由も尊重するはずだ。

しかし、解約を難しくすれば売上は守れる。

離脱率は下がる。

数字はよく見える。

ここで企業は試される。

顧客の自由と、短期的な売上。

どちらを取るのか。

理念が機能している会社は、利用者が不利になる形で数字を守ることを選ばない。

理念が機能していない会社は、

利用者が気づかなければ問題ない

という判断をUIに埋め込む。

解約ボタンを隠す。

不要な確認を増やす。

理由を何度も選ばせる。

電話しか受け付けない。

受付時間を限定する。

これは単に使いにくいUIではない。

理念と利益が衝突したとき、利益を優先した痕跡である。

UIには、企業がどの損を拒み、誰へ損を渡したかが残る。


第四章|誠実な会社は、利用者の失敗を利用しない


人は間違える。

読み飛ばす。

押し間違える。

勘違いする。

急いでいる。

疲れている。

思い込みで操作する。

優れたUIは、人間が間違えることを前提に作られる。

確認画面を出す。

取り消せる。

途中保存する。

元に戻せる。

重要な変更は明確にする。

誤解しやすい表現を避ける。

一方で、利用者の失敗から利益を得るUIもある。

不要なオプションが最初から選択されている。

広告と通常ボタンの区別がつきにくい。

拒否するボタンだけ目立たない。

購入確定の直前に別商品が追加される。

誤操作を誘う配置になっている。

これらは技術的には高度かもしれない。

行動心理をよく理解している。

離脱を防ぐ工夫もされている。

だが、それは利用者を助けるための理解ではない。

利用者の弱点を利用するための理解である。

誠実な会社は、人間が間違えることを知っている。

しかし、その間違いを利益へ変換しない。

利用者を誘導することと、利用者を罠にかけることは違う。

UIとは、企業が人間の弱さにどう向き合っているかを映す。

守ろうとしているのか。

利用しようとしているのか。

そこにも理念が出る。


第五章|「誰にでも使いやすい」は、誰を想定しているのか


企業はよく、

誰にでも使いやすい

と語る。

しかし、実際のUIには必ず想定された利用者がいる。

文字を読める人。

スマートフォンに慣れている人。

両手が使える人。

視力がある人。

聴力がある人。

時間に余裕がある人。

日本語を理解できる人。

認証コードをすぐ確認できる人。

新しい操作を怖がらない人。

その想定から外れた人は、使いにくさを感じる。

高齢者。

障害のある人。

外国人。

疲労している人。

子どもを抱いている人。

手が濡れている人。

通信環境が悪い人。

急いでいる人。

企業が「誰にでも」と言うとき、本当は誰までを含めているのか。

これは理念の問題である。

アクセシビリティとは、特別な人への追加機能ではない。

人間には速度差があり、能力差があり、環境差があるという前提を受け入れることだ。

文字を大きくする。

色だけで情報を区別しない。

音声案内を用意する。

途中で時間切れにしない。

入力をやり直せる。

人間による支援へつなげる。

これらは優しさではない。

利用者を一つの型に押し込めないという企業姿勢である。

誰にでも使いやすいと掲げながら、実際には慣れた人しか使えない。

それなら理念は機能していない。

企業が本当に人を大切にしているかは、標準から外れた人をどう扱うかに出る。


第六章|エラー画面には企業の責任感が出る


通常時のUIは、どの会社もそれなりに整っている。

問題は、失敗したときである。

通信に失敗した。

決済できない。

入力が消えた。

在庫がない。

予約が重複した。

システムが停止した。

このとき、企業の本当の態度が見える。

エラーが発生しました

それだけ表示して終わる。

原因は不明。

次に何をすればよいかも不明。

入力内容は消える。

問い合わせ先も見つからない。

利用者は、自分が間違えたのか、システムが悪いのかもわからない。

一方で、誠実なUIは失敗を説明する。

何が起きたのか。

処理は完了しているのか。

支払いは発生したのか。

再操作してよいのか。

入力内容は保存されているのか。

いつ復旧する見込みなのか。

どこへ問い合わせればよいのか。

エラー画面とは、企業が責任を引き受ける場面である。

正常に動いているとき、企業は誰でも親切に見える。

壊れたときに、責任を利用者へ押しつけるか。

事情を説明するか。

復旧まで支えるか。

そこに理念が現れる。

理念は平時の画面より、異常時の画面に出る。


第七章|便利さと企業都合は同じではない


UIの簡略化は、いつも利用者のためとは限らない。

ボタンが少ない。

説明が短い。

操作が早い。

一見すると便利である。

しかし、何を省いたかによって意味は変わる。

不要な手間を省いたなら、利用者のためである。

重要な説明を省いたなら、企業のためである。

選択肢を整理したなら、わかりやすい。

不利な選択肢を隠したなら、誘導である。

購入手順を短くしたなら、快適である。

考える時間まで奪ったなら、衝動を利用している。

便利さは中立ではない。

誰の負担が減ったのか。

誰の責任が増えたのか。

誰が判断しなくてよくなったのか。

誰が考える余地を失ったのか。

UIを見るときは、単に速いかどうかではなく、

その速さは誰の利益のために設計されたのか

を見る必要がある。

企業都合を、便利さとして演出することもできる。

利用者の負担を減らす設計と、利用者の判断力を奪う設計は、見た目だけでは似ている。

だからこそ、理念が必要になる。

何を省略してよいのか。

何を必ず残すのか。

企業が自分で線を引かなければならない。


第八章|UIは会議室の結果である


UIは、デザイナー一人の美意識だけで作られるわけではない。

そこには、多くの判断が積み重なっている。

経営者は売上を求める。

営業は離脱を減らしたい。

法務は責任を回避したい。

開発は工数を減らしたい。

現場は問い合わせを減らしたい。

デザイナーはわかりやすくしたい。

利用者は簡単に使いたい。

これらは、ときに衝突する。

解約を簡単にすれば、利用者には親切である。

だが継続率は下がるかもしれない。

説明を増やせば誤解は減る。

だが画面は複雑になる。

確認を増やせば事故は減る。

だが操作時間は伸びる。

UIとは、こうした利害調整の結果である。

だから、UIには企業の組織構造まで表れる。

現場の声が通る会社なのか。

売上部門だけが強いのか。

デザイナーに決定権があるのか。

不具合を報告しやすいのか。

利用者の苦情が改善へつながるのか。

理念が機能している会社では、判断の優先順位が共有されている。

利用者を欺いてまで数字を守らない。

安全に関わる箇所は省略しない。

高齢者が困るなら改善する。

異常時には説明を優先する。

理念が機能していない会社では、その時に最も声の大きい部門がUIを決める。

その結果、画面は一貫性を失う。

理念のないUIとは、デザインが悪い画面ではない。

組織内の力関係が、整理されないまま利用者へ押しつけられた画面である。


第九章|良いUIは、企業が損を引き受けている


親切なUIは、企業にとって必ずしも得ではない。

解約を簡単にする。

返品方法を明確にする。

追加料金を目立たせる。

利用者が誤って購入した場合、取り消せるようにする。

複雑な手続きを、人間が支援する。

これらはコストがかかる。

売上が減ることもある。

問い合わせ対応が増えることもある。

開発工数が増えることもある。

それでも実行する会社がある。

なぜか。

守りたい価値があるからだ。

利用者の自由を守る。

誤解による利益を取らない。

一度の売上より長期の信頼を取る。

使えない人を切り捨てない。

不具合の責任を利用者へ渡さない。

ここで理念が機能する。

理念とは、美しい言葉ではない。

損を引き受けるときの判断基準である。

良いUIとは、単に技術力の高い画面ではない。

企業が短期利益の一部を諦めてでも、利用者の尊厳や自由を守った結果である。

画面の親切さには、見えないコストがある。

企業がそのコストを引き受けたとき、理念はUIになる。


第十章|UIは、会社の人格である


人間の人格は、言葉だけでは決まらない。

何を言うか。

何をするか。

困ったときにどう振る舞うか。

自分が不利なときに何を守るか。

そこに人格が出る。

会社も同じである。

企業理念は、会社が自分をどう説明するかである。

UIは、会社が他者をどう扱うかである。

急かすのか。

待つのか。

疑うのか。

助けるのか。

隠すのか。

説明するのか。

閉じ込めるのか。

自由に離れさせるのか。

画面の一つ一つの判断に、会社の人格が現れる。

だからUIは、企業の世界観の触媒である。

利用者は画面を通して、その会社の設計した世界に入る。

何が選べるのか。

何が選べないのか。

何が見えるのか。

何が見えないのか。

どの速度で進まされるのか。

どこまで自分で決められるのか。

UIは、企業が利用者へ許している自由の範囲でもある。


終章|理念文よりも、画面を見ればわかる


企業の理念を知りたいなら、会社案内を読む方法がある。

採用ページを見る方法もある。

社長の言葉を読む方法もある。

しかし、その企業が利用者を本当はどう扱っているのかを知りたいなら、画面に触れた方が早いことがある。

購入は簡単か。

解約も簡単か。

間違えても戻れるか。

エラーの理由は説明されるか。

料金は正直に表示されるか。

助けを求められるか。

使えない人を置いていかないか。

そこに、その企業の本音がある。

顧客第一と書いてあるかではない。

顧客が離れる自由を守っているか。

誠実と書いてあるかではない。

不利な情報まで見せているか。

人を大切にすると書いてあるかではない。

迷った人を責めずに支えているか。

理念がある会社は言葉を持っている。

理念が機能している会社は、その言葉を仕様に変えている。

UIとは、理念の実物である。

そして画面は、企業が理念を守ると損をする場面で、何を選んだのかを静かに記録している。

理念文は、企業が理想として語る自画像である。

UIは、企業が実際に他者へ向けている顔である。

だから、ときにUIは企業理念そのものであり、

企業理念よりも正直なのである。


『理念がある会社と、理念が機能している会社は、まったく別物である』

『セルフレジは最後の接客係である』

『人間が消えていく店で、何が残るのか』

『見えないコストと、消費のエンターテイメント化』

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