倫理と道徳の違いってなんだろう。
こんにちは。 今日は倫理と道徳の違いについて書いていこうと思います。
こんなことを考えたことがある人はいませんか?
自分の判断が外側からの空気に流されている気がする。
でも、本当はもう少し丁寧に選びたい。
そんな微妙な揺れのことです。
これだけじゃ何のことだかわかりませんよね。
道徳と倫理って似ているようで違うんです。
けれど、その違いを説明しようとすると、
いつも、言葉が指のあいだからすり抜けていく。
今日はその違いを、
できるだけやわらかく、
でも芯のある形でそっとほどいていきます。
道徳は外から来るもののこと。
倫理は内側から出てくるもののこと。
その中間に、人が流される領域がある。
道徳は、社会の秩序を守るためのルールのことです。
倫理は、誰も見ていなくても、
自分がどうありたいかを選ぶための心の動きのことです。
人が流される領域というのは、
みんながやってるから良いだろうと判断したり、
誰も見ていないから良いだろうと判断したりする。
自分ルールで動くということです。
わかりやすく例に出します。
禁煙の場所で
みんな吸っているけど自分は吸わないと判断すること。
これは倫理の力のことです。
逆に、
ここは禁煙です。
と表示がある
これは道徳の枠組みのことです。
人が流されるというのは、本来吸ってはいけない場所だと知っているにも関わらず、
「みんなが吸ってるから大丈夫だろう」と判断したり、
「誰も見てないから大丈夫だろう」と判断することです。
これが、自分ルールで動くということです。
じゃあ、禁煙だと知らなかったらどうすれば良いのかって思いましたよね。
昔の人は、「無知は罪だ」なんて言いましたが、やってしまったことでクヨクヨしていても疲れてしまうので、次からは事前に確認すれば、それで充分なんです。
もしそれで怒られてしまったら謝れば良いんです。
ただ、自分が間違えてしまったことを覚えておくというのが、倫理に繋がる道だと思います。
まとめ
外側の線が道徳
内側の線が倫理
この二つのあいだに揺れる私たちがいる。
道徳と倫理の違いを説明しようとすると、
むずかしくて言葉に詰まってしまう。
でも実は、
あなたも何度もこの違いに触れてきたんですよ。
たとえば、
ほんとうは断りたいけど、
まわりの空気で断れないとき。
あの小さなモヤモヤこそが、
外側と内側の葛藤の証なんです。
問題をやわらかく整理すると、
道徳は外から与えられる枠のことで、
倫理は内から芽生える意志のこと。
その間にあるのが
空気や同調圧力という半外側の揺れなんです。
この視点を一つ持っておくと、
人間関係の疲れや、
自分の選択にまつわる迷いが、
少し軽くなります。
道徳だけで生きると息苦しくなる。
倫理だけで生きると孤立しやすい。
その間にある自分の揺れを丁寧に扱えば、
選ぶことが怖くなくなる。
この記事を読みながら、
あの時の自分は、
外側の線で動いていたのか、
内側の線で動いていたのか、
ゆっくり思い返してみてほしいと思います。
誰だって、流されるときがある。
そして誰だって、踏みとどまるときがある。
その両方があっていい。
その揺れがあなたの核をつくっていく。
ここから少しだけ深く潜りますね。
道徳と倫理は、
単なる行動規範の違いではないんです。
これは、
外側の世界と内側の世界の
境界線そのものの話なんですよ。
自分の選択を外注せずに、
でも世界とのつながりは失わず。
その絶妙なあいだに、
人間の成長の核心があります。
自分の外側と中間と内側
この三層で世界を見ると、
過去の失敗が
まったく違う意味に見え始めますよ。
次に何かを選ぶときにでも、
一秒だけ間をおいて、
自分はどの層で選ぼうとしているのかを
そっと確認してみてください。
それだけで、未来の形が変わります。
外からくる風も
内からふくらむ風も
どちらもあなたの一部
その二つの風を
ゆっくり感じ分けられるようになったときに
選ぶという行為が
前より少しだけ楽になる。
今日のあなたが
明日のあなたをやさしく選べますように。
おまけ
倫理には、企業倫理とか環境倫理って言葉がありますよね。
それも少し複雑にはなりますけど実は同じような仕組みなんです。
企業倫理なら、会社が過去の間違いから気がついたことを繰り返さないように決めたこと。
環境倫理なら、その関係者たちが過去の間違いから気がついたことを繰り返さないように決めたこと。
個人との違いは、1人で決めたことか、みんなで決めたことかの違いです。
この場合の道徳というのは、さらにその上の団体とか行政からのお願いだったりします。
どうですか?
この切り分け方なら、わかりやすいとおもいます。
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