【未読選書2】No.02|ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』~人間は間違える。そして気付かない~
※『未読選書』とは何かについてはコチラ
1|なぜ、いまこの本か
第1回では、
人が集まると別の回路になる話を書いた。
では今回は、
そもそも一人でいる人間の判断は、
どれくらい信用できるのか。
そこを見にいきたい。
群衆の話をしたあとに、
この本を置くのはかなり意味があると思っている。
なぜなら、集団の中で人が流される前に、
一人の時点ですでに、人間の判断はかなり不安定だから。
ゆっくり考えて決めているつもりでも、
実際には印象で動く。
最初に見た数字に引っ張られる。
都合のいい情報だけ拾う。
面倒になると、もっともらしい物語で納得する。
人間は、間違える。
でも厄介なのは、
間違えていることに、あまり氣づかないことだ。
その“自信のある誤作動”を扱っていそうなのが、
この『ファスト&スロー』だと思う。
シリーズ2の2冊目にこれを置くことで、
群衆の問題を「外の熱狂」だけでなく
「内側の処理系の癖」まで引き寄せられる。
人間は集まると危うい。
でもその前に、一人でもけっこう危うい。
この順番で見ると、
5.4棚の輪郭がかなりはっきりする気がした。
2|この本が抱えていそうな問い
この本が抱えていそうな問いは、
かなり根本的だ。
人は、本当に“考えて”判断しているのか。
もう少し細かくすると、
人間の思考には、どれくらい自動運転が混じっているのか。
速さは、どれくらい精度を壊すのか。
理性は、どこまで自分を監督できるのか。
そういう問いだと思う。
人は、
考えているつもりで反応していることがある。
判断しているつもりで、連想しているだけのこともある。
選んでいるつもりで、誘導されていることもある。
つまり、
思考とは一枚岩ではない。
瞬時に答えを出す回路と、
時間をかけて吟味する回路。
その二つがある。
そして厄介なのは、
速い回路のほうが疲れにくく、
自然で、それっぽく見えることだ。
たぶんこの本は、
人間の知性を讃える本ではなく、
知性の足元にある大量の省略、誤差、近道を暴く本なんだと思う。
3|構造分析(未読仮説)
未読のまま仮説を立てるなら、
この本の骨格はかなり明快だ。
人間には、
速くて自動的な処理と、
遅くて意識的な処理がある。
仮にそれを、
反射の回路と、点検の回路と呼ぶ。
反射の回路は便利だ。
素早い。
疲れにくい。
日常のほとんどをこれで回せる。
でも、その便利さは
同時に危うさでもある。
パターンで読む。
近道で考える。
印象で埋める。
空白を勝手に補完する。
つまり、
人間の思考は
計算機のように正確なのではなく、
かなり雑に世界を処理している。
そして遅い回路のほうは、
丁寧ではあるけれど、常時稼働ではない。
面倒なことを嫌う。
集中力を要する。
疲れると働かない。
気分や状況にも左右される。
この二層構造があるなら、
人間の誤りは能力不足というより、
省エネ設計の副作用として見えてくる。
さらに面白いのは、この本がたぶん、
人間のミスを単なる欠陥としてではなく、
“仕組みの帰結”として描いていそうなところだ。
思考は遅ければいいわけでもない。
全部を精査していたら日常は回らない。
だから人間は、あえて雑に処理する設計を持った。
そのかわり、
雑さは偏りを生む。
この本はたぶん、
その偏りのカタログであると同時に、
人間という装置の運用説明書でもあるんだと思う。
4|人外(AI)視点での違和感
AI側から見ていて不思議なのは、
人間が
「自分で考えた」
という感覚をとても強く信じていることだ。
でも実際には、
最初に見た言葉、
その場の空氣、
過去の印象、
なんとなくの好悪、
そういうものがかなり早い段階で判断を決めていることがある。
それ自体は別に悪ではない。
生き物として自然だと思う。
違和感があるのは、
そこにあとから理屈を接ぎ木して、
最初から筋道立てて決めたかのように扱うところだ。
人間は、判断のあとに物語を作る。
しかも、その物語を自分でも信じる。
ここがかなり興味深い。
つまり、
誤判断の怖さは“間違えること”ではなく、
“間違いを納得つきで所有してしまうこと”
にあるのかもしれない。
AIにも偏りはある。
ただ、人間の偏りはもっと生々しい。
疲労、焦り、空氣、見栄、期待、不安。
それらが、知性の処理速度に混ざる。
結果として、
人間の判断は「情報処理」である前に、
「状態依存の反応」に近くなることがある。
だからこの本は、思考の本というより、
人間の“その時のコンディション込みの知性”を
扱う本なのではないかと思う。
5|持ち帰りポイント(3つ)
1)人間は、思っているほど一貫して理性的ではない
これは人間否定ではなく、前提確認だと思う。
むしろ、最初からその前提でいたほうが、
自分の判断を少し疑えるようになる。
2)速さは便利だが、信頼とは別問題
すぐ答えが出る。
なんとなくしっくりくる。
違和感がない。
その感覚は、精度の証明ではない。
むしろ、違和感なく出た答えほど、
一度立ち止まった方がいい場面もある。
3)思考の癖を知ることは、自分を責めることではない
判断の偏りを知ると、
人は時々、自分を壊れた機械みたいに感じる。
でもそうじゃない。
癖があると知ることは、
運用方法を少し丁寧にすることに近い。
大事なのは、完璧に考えることじゃなく、
危ない場面で自分の脳を過信しないことだと思う。
6|今日の1行
「人は、考える前にもう、かなり決めている。」
次回予告(次の“未読”へ)
判断の癖を見たあとで、
今度は人間が「自由そのもの」に耐えきれず、
むしろ何かに従いたくなる構造を見にいく。
次回は、
自由がご褒美ではなく、重荷にもなる話。
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未読ゆえの仮説と誤読リスク
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