自分の中にいる自分じゃないひとたち
「自己肯定感、低いんっすよ。」
自分のことをこんなフレーズで評する男性社員に衝撃を受けたのは数年前だ。
「自己肯定感」
ひとつは、これって一般用語なの?ということだ。
メンタルケアに従事するプロの方とか、自分の弱さに悩むひととか、限られたひとしか知らない用語かと思っていた。
そして、もうひとつ。
男性が、自分の弱さを人前で嘆く、それは恥や隙ではないらしい。
時代か?
弱さを持っているということが市民権を得たのだろうか。
でも。
「自分は弱いんだ」
そう口に出せるひとは自己肯定感のあるひとなんじゃないかと思うんだけど、と思った。
二十数年前。
カウンセリングに行くということ、それ自体のハードルは高かった。
落伍者のレッテルを自分に貼り付け、重い体を引きずって通った。
抱えきれない秘密を打ち明ける相手が他にいなかった。
同じ屋根の下の家族や、隣にいる友達や同僚に相談することができない、そういうひとりぼっちのひとが当時はほとんどだったんじゃないかと思う。
大体の場合、育った家庭に問題を抱えている。
だから、いつもどこでも生育歴を聞かれることから始まった。
わたしはちいさなころ、いつも怒られていた。
一挙手一投足に注目され、何をしても何を言っても、全てが父と母の癇に障るようだった。兄と姉にも、よく怒られた。
そして、兄と姉と比べられていた。
父は姉を、母は兄を愛していて、わたしは。
反抗?
そんなものをする余裕はなかった。
必死で努力して、なんとか認められたい。
努力し続けないと、家の中に自分の居場所がなくなってしまう。
こういうひとは、真面目で優等生が多いんじゃないかと思う。
そして、どこかで限界を迎えてどうしようもなくなって墜っこちる。
何をしていても、どこにいても、わたしの頭の中には母や母の言う”世間様”がいた。
逃げても逃げても世界の涯まで追いかけてくるのだがそれでも逃げた。
テストが90点であれば、「どうして10点落としたのか」
男の人の視線が胸元に止まれば、「そんな服を着ているからよ」
風邪を引けば、「自己管理がなってない」
だらしない。みっともない。品がない。
どうしてもっと「ちゃんと」できないの。
あなたのためを思って言っているのに。
責めたてる言葉は容赦がなく、24時間尽きることがない。
求められるレベルは、いつもわたしのはるか上にあり届かない。
いつしか母は目の前からいなくなり、頭の中の空想の母が時間の経過とともに肥大化していくことに、当時は気づいていなかった。
大学生になって、友達と話すうちに、はじめて知った。
間違ったとしても、大抵の場合謝れば許されるらしいこと。
そもそもそんなに「ちゃんと」していなくても生きていていいらしいこと。
助けてもらったら、「ありがとう」と言えばいいこと。そして、代わりに何かを差し出さなくてもよいらしいこと。
思ったことを言っても、相手は怒り出さないこと。
そして、思った。
わたしは愛されていなかった。そして、残念な母親を持った。
自分が「恵まれていない」ことを知り、恥ずかしくて羨ましくてたまらなくなった。
友だちに言えない秘密と母親への罪悪感が増えた。
その前から、秘密はあった。
例えば、痴漢にあったこと、そして今もいつも痴漢やら変な人たちがわたしめがけてやってくることだ。
「だらしない」から痴漢に遭う、だからそのことは「みっともない」から「人様」には内緒にしておかないといけない。
同じような理由で、秘密はどんどん増える。
そして、罪悪感は秘密に重みを加算する。
でも、その秘密の重さの大元は、母親とわたしの関係にあったのだ。
我が家は秘密、つまり隠しておかなくてはいけないみっともないことだらけの家らしい。
今日も間違いだらけのわたしの世界は生きにくく、毎日は苦しかった。
友人の住む世界は楽しそうで憧れたけれど、楽や楽しいは”悪”だった。
外のひとはみんな優しく、痴漢にあうのがわたしのせいだとは思いもしないらしい。
小さな子どもを狙う痴漢が100%悪いらしかった。
けれど、その優しさに身を委ねることはできなかった。
怖い。
わたしの世界が崩れたら、それからどう生きていけばいいかわからない。
今までの世界が、間違っていたの?
この目の前の優しいひとを受け入れて、もしそのひとがいなくなってしまったらそのあとは?
すぐに、自分の中の母を追い出すのは難しかった。
間違っている世界であっても、わたしの今までの全てはそこにあった。
優しい世界は眩しすぎて実在するものとは到底信じられない。
本当は、今までの世界で愛されたかった。
ダメな母親をそれでも愛していた。
けれど、それを認めたくなくて、どこにも行けないまま立ち竦んでいた。
なんで、愛してくれなかったの。
そう聞くことができたのは、ついこの前のことだ。
▼自分の中の自分じゃないものについて
続きます。
