【企画SS#片想い文芸部】岩手(にまつわるもの)
(約2,000字)
蓋のないわんこそばかな。
「はは、ほんとそれ」
わたしの呟きに、隣で上司が軽快に笑う。
「いつまでも終わらない……」
「ほんとになーー」
「もうお腹いっぱいなんですが」
「俺もーー」
悲壮感がなさすぎる。人の話を聞いていないのでは?
疑われていることに気づいたのか、彼はとりなすように眉を下げた。
「いやほんと。こんな無限確認地獄、やってらんないよね」
どうやら会話は成立していたらしい。
「だから改めて、間宮さんはほんとに頑張ってくれてるなぁ、って思ってる」
にっこり笑う上司に、わたしはわざとらしくため息を吐いた。
「そんな言葉じゃ割に合いません。終わったら、ちゃんとご褒美をいただきます!」
「はは、ご褒美?いいよいいよ、何でもあげるよ」
「ほんとですか」
「ほんとほんと。考えといて、何がいいか。チロルチョコって、いろんな味があるもんね?」
「安すぎ!」
わたしの抗議に、上司はまた声を上げて笑った。
絶賛残業中である。
残っているのはわたしと上司の香山さん、そしてわたしの元上司で、共同でプロジェクトを進めている木戸さんだけだ。
膨大な規程類の確認作業は、まったくもって終わりが見えない。心が折れるわたしたちを尻目に、木戸さんはひとり、黙々と作業を進めている。
ワーカホリックめ。
目の端に映る端正な横顔に、心のなかで呟く。
こんなに頑張っているのだから、雑談のひとつくらい、あったっていいじゃないか。
「あーーもう無理、目が滑る。今日は帰ろうかな」
「え」
よし決めた、帰ろう。突然はっきりと呟いて、上司はテキパキと片付け出した。
「ええ……帰っちゃうんですか?部下がこんなに頑張っているのに?」
「はは、ご褒美期待しといて」
「チロルチョコ?」
「俺的にはきなこもちがベスト」
そう言って大きく笑うと、自由すぎる上司は本当に帰ってしまった。
わたしと木戸さんを残して。
ふたりだけの執務室は静かだ。
カタカタとキーボードを打つ音、紙をめくるハラリという音。
通路を挟んだ隣のチーム。少し離れた場所で作業する木戸さんの、小さなため息まで聞こえる。
ああダメだ、と思う。
仕事に集中しないといけないのに。
いつまで経っても終わらないのに。
ふたりで残業している。同じ仕事を進めている。実現に向けて思案する厳しい顔を見ている。
あの頃よりも少しだけ遠くで。
それでもまた、仕事に夢中なその顔を、こうして見ている。
終わりが見えない仕事のことを必死に思い出しながら、喉を迫り上がってくる何かを飲み下す。
また一緒に、仕事をしている。
今はそれだけで、充分だ。
「私からも、何か差し上げましょうか」
「へっ?」
変な声が出てしまった。まさか、このタイミングで話しかけられるなんて。
木戸さんはモニターを見つめたまま、静かに続ける。
「先ほど香山さんにおっしゃっていた、ご褒美」
「ごごごご褒美?」
「そんなに驚きます?」
困ったように微笑んだ顔。目がモニターを離れて、こちらを向く。
「私はねだられたことがないですが。本当はお望みだったのかな、と」
「いやあれは香山さんだから……木戸さんと香山さんでは、ノリというか、接し方が全然違うので」
「接し方」
こくんと首を傾げて、木戸さんはパチパチと瞬きをした。
「どちらがよろしいですか」
「はい?」
「私と、香山さん。どちらの接し方がよろしいですか?」
頭が一瞬真っ白になる。
通路ひとつ分離れた先で、端正な顔はあくまで静かだ。
「え、訊きます?」
「おかしいですか?」
以前同じような話になった時、香山さんは「どっちがいいかは訊かない」と言った。相手のほうがいいと言われても、同じようにできないから意味がない、と。
「間宮さんと、より良い関係を築きたいので……どのような接し方を望まれているかは知りたいです。もちろん、完璧にできるわけではないですが」
ちょっと待ってほしい。
今日はもう、仕事だけでお腹がいっぱいなのだ。
これ以上、何も飲み込めない。
「もう……直属の上司じゃないのに、ですか?」
なぜ、より良い関係を、だなんて。
そんなこと、仕事を円滑に進めるために決まっている。
なのに、何かが喉を迫り上がる。
「そうですが、こうして一緒に仕事をしているわけですし……それに」
ほら。
一生懸命自分に言い聞かせて、暴れる鼓動を飲み下す。
言葉を切って微笑んだ顔が、少し寂しそうに見える気がする、なんて。
そんなの、きっとわたしの願望にすぎない。
「直属の上司でなければ、今以上の関係を望んではいけませんか?」
これは同僚としての接し方の話だ。
同じプロジェクトを一緒に進めるための話。
そんなことは、わかっているのに。
それでも心は跳ねてしまう。
それを否定するのが苦しい。
喉を迫り上がるものを飲み下すのが、とても苦しい。
今日はもうお腹がいっぱいだ。
お願いだから、一度、蓋を閉めさせて。
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こちらの企画に参加させていただきます↓
よろしくお願いいたします。
#片想い文芸部
#岩手
よく行くコンビニ、チロルチョコはヌガーみたいなやつしかない……
きなこもちはどこなの。
それより何より、わんこそばの使い方は合っているのか。
前回のこの人たち↓
おいおい木戸マネ……!?
これまでの話はこちらからどうぞ☆
TALESでも公開してます!このシリーズだけならそっちのほうが読みやすいかも。
ぜひぜひ覗いてやってください(*´∀`*)
いつも楽しく参加させていただいてます、
ありがとうございます!
