【企画SS#片想い文芸部】よそ見
(約2,000字)
「よそ見してたら、ぶつかっちゃうよ?」
笑いを含んだ上司の声に慌てて視線を戻す。足を止めてわたしを見ている香山さんの先で、木戸さんが会議室のドアを開けるところだった。
「すみません、経営のフロアって初めてで」
「部によってけっこう配置違うよね」
「てかこの会議室もなんか豪華じゃないですか?ウチのと全然違う!」
「ほんとだ」
その難易度から幻とまで言われた新プロジェクト。
部のとりまとめ担当者に指名されたわたしは、プロジェクトの概要説明を受けるため、ふたりの上席者とともに経営企画部の会議室を訪れた。
直属の上司の香山さん。そして、元上司の木戸さんと。
緩い雑談を交わしながら席に着いたわたしたちに対し、先に着席した木戸さんは、無言でノートパソコンに向かっている。
「なんでウチだけなんですか?」
たくさんの部が集まると思っていたが、呼ばれたのは当部だけのようだ。
「実は間宮さんを指名する前に、全体の事前説明は終わってるんだ。今日からは実務レベルでの協議だから、部署毎のほうが効率的」
「なるほど」
にこにこと説明してくれる香山さんの向こう。木戸さんは無表情にパソコンを操作している。こちらの声は、届いてもいないみたいだ。
この人の下を離れて数ヶ月。ワーカホリックは元からだけれど、そこまでの距離は、以前よりも人ひとり分遠い。
せっかく。
そんな気持ちが湧いてくる。
せっかくまた、一緒に仕事ができるのに。
「……どうかした?」
「……いえ」
香山さんはふぅん、と呟いて唇を引き上げる。
「心ここにあらず?」
「え」
そんなこと、と言いかけた時、ようやく経営企画部担当者が現れた。
「お待たせして申し訳ありませんでした」
早速、今後の進め方についてご説明を。そう続ける声に、木戸さんの視線が動く。
真っ直ぐに相手を射る強い瞳。目の前の仕事に向かう瞳。
ああそうだ、こうだった。そんな気持ちが胸を満たす。
こうだった。この人はいつも、こんな瞳を。
この瞳を、わたしはいつも。誰よりも、近くで。
「最優先事項はやはり決算関係です。ですが、各社使用データ等の制約もありますので……」
「マストの範囲と時期は?」
鋭く切り返す香山さんの声に、木戸さんに向いていた意識が瞬時に引き戻された。
いつもの朗らかで楽しげな雰囲気からは、想像できないくらい厳しい声。
初めて聞く声だ。
思わず唇を噛む。頬に血が昇るのがわかった。
「少なくとも規程は統一していただく必要があります。もちろん現時点での差異はグループ決算上許容可能という整理ですが、各社の業容も拡大しているため、現状の決算業務の適切性も改めて評価するべきだと……」
「ですが現時点で、決算上明確な問題は出ていないはずです。内部管理上の課題認識から決算実務にまで手を広げるのは、決算の連続性確保の観点からむしろ弊害が大きいのでは?」
香山さんの声は厳しい。ヒリヒリと肌を刺す緊張感のなか、経営企画部とのやりとりは続く。
背中が冷たくなるような感覚に、わたしはただ必死に上司の言葉を追った。
これは仕事だ。
幻と言われたくらい難しい、厳しい仕事。
その仕事に部の代表として対応するのがどういうことか、上司のこんな声を聞くまでわかっていなかったなんて。
恥ずかしくて頬が熱い。
よそ見をしている余裕なんて、全然なかったのに。
「経企さんのご意見はわかりました。ですが対応範囲については、部内で協議のうえ改めてご相談させてください」
約一時間。香山さん、木戸さんそれぞれが、担当する分野のプロジェクト方針を確認し、協議は終了した。
会議室を出るとどっと疲れた気がする。緊張が解けて、頭がぼんやりと痛んだ。
「お疲れさまです」
「あ、お疲れさまです」
話しかけられて心臓が跳ねる。わたしの動揺には気づかないふうで、木戸さんはにっこりと笑顔を見せた。
「緊張しました?」
「……はい。大変なことなんだ、というのがようやくわかったというか……むしろ今まで理解してなくて申し訳ないのですが……」
自分でも声が小さくなるのがわかる。任された仕事の重要性をきちんと理解せず、他の、しかも個人的な感情に流されていたなんて。
恥ずかしくて、この人の顔を見られない。
うつむくわたしに、木戸さんのやわらかな声が降ってきた。
「やっぱり、間宮さんが担当で良かったです」
「……え?」
聞き間違いだろうか。ぽかんと見上げると、木戸さんは眉を下げて笑う。
少し困ったような、やさしい微笑。
先ほどまでの厳しさとは全然違う表情。
「そういう、職務に真摯に向き合う姿勢。……とても信頼しています」
また一緒に仕事ができて、嬉しいです。
聞き間違い、じゃないだろうか。
立ち止まって動けないわたしを、香山さんが「早くおいで」と呼んだ。
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よろしくお願いいたします。
#片想い文芸部
#よそ見
危ない、今回落とすかと思った(^O^;)
よそ見=木戸さん、っていうのが既定路線すぎて、逆に難しかった……
でもおかげで、関係はまた一歩進んだ、かも?
個人的には、仕事に連れ戻すのがワーカホリックじゃなくて香山さん、ってとこにびっくり。(先読みできないタイプの書き方なので……)
「早くおいで」はズルすぎる。
前回のこの人たち↓
いよいよ三人で本格始動です!
これまでの話はこちらからどうぞ☆
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