見出し画像

【企画SS#片想い文芸部】幻

(約2,000字)

「幻の統合案?」
「そうなんだよーーー」
 はぁあ、と大きなため息を吐いて、上司は頭を抱えた。
「復活しちゃった……」
 本気で憂鬱そうなその表情に、珍しいなと思う。
 この人もこんな表情をすることがあるんだ。
「なんですか幻って」
「一言で言うと、グループ各社でバラバラな同一業務の規程をぜーーーんぶ統合して、本来の業務所管部で管理する、っていう」
「いや無理でしょ」
「ほんとそれ」
 我ながら上司に対してどうかと思うリアクションだが、彼は気にする様子もなく我が意を得たりと嬉しそうだ。
「だから幻」
 なるほど。しかし、それが……
「……復活した、とおっしゃいました?」
「まじでそれ!」
 いや、この人のリアクションも大概だな。
 フランク過ぎないか、と思っていると、上司は眉を下げて机に突っ伏した。
「やることになってさ。しかも、俺が当部のとりまとめね?」
「ええ……」
「ドン引きじゃん……」
 いったん落ち着いて整理しましょう、と申し出ると、上司はため息吐き吐き説明してくれた。
 現在、決算やコンプラ関係の規程はグループ各社のローカルルールてんこもりで散逸している。同じグループなのにやり方が違うのはよろしくないので、ルールを統一するべきだ、というのが趣旨。
「それはそうですね」
「そう。それはそうなんだよ」
「でも実際には……」
「業務内容も使用システムも違う会社が、どこまで同じルールを適用すべきか、っていうね?」
「え?激ヤバな案件じゃないですか」
「ほんとまじでそれなんだよ!!」
 その難易度から、必要性は説かれつつも大事にしまい込まれていた構想が、この度見事に復活。正式な社内プロジェクトとして発足する。
 指揮を執るのは経営部門だが、実務上の主導者は対象規程を所管する管理部門だ。
 管理部門の筆頭で、対象の規程が多い部署。
「それが当部。つまり、実質ウチのプロジェクト」
「ええ……大変ですね……」
 呆然と呟いたわたしに、上司はパチパチと瞬きをした。
「間宮さん、なんか他人事感ない?」
「いえ、管理職は大変だなと。上司を心から慮っております」
 深々と頭を下げる。すると上司は、「ちがーう!」と天を仰いだ。
「間宮さん、実務担当者だから」
「え?」
「俺の下で、俺とやるの、これ。間宮さんも」
「え?!」
「じゃなきゃこんな話しないってーー。これは俺から間宮さんへのオーダーだよ」
 意外と天然だね、びっくりした。面白いなぁ。そう苦笑する顔から、憂鬱そうな気配は消えている。
 良かった。この人の暗い顔なんて、調子が狂って仕方ない。
 じゃなくて!
「担当者って、無理ですそんな難しいプロジェクト」
「そんなこと言わないで。一緒にやろ?」
 上司は眉を下げて笑いかけてくる。
「頼むよ、俺を助けて」
 ちょっとした助っ人のテンションで言わないでほしい。
 騙されないぞ。
「なんでわたしなんですか。他にもっとふさわしい人が……」
「いや、俺は自分の部下なら間宮さんイチオシだよ。でもこれは、部どころか全社的な話だから、俺の希望だけで決まったわけじゃないけど」
「え。じゃあなんで……」
 自慢じゃないが、仕事で目立つほうではない。派手に実績をあげている人は他にいくらでもいる。
 首を傾げるわたしに、そうそう、と上司は思い出したように言った。
「さすがにプロジェクトの難易度が高いから、とりまとめも分担させてもらったんだ。俺は決算とかコーポレート系なんだけど、顧客取引が絡むルールは別でお願いしてる」
 木戸さんに。


 幻聴かと思った。
「木戸さん?」
「うん。もともと顧客関係は木戸さんの担当だし。俺ひとりで全部はほんとに無理、木戸さんも一緒にやって、ってお願いしてさ」
「え」
「そしたら木戸さんが」
 上司の瞳が煌めく。イタズラな子どものように。
 どうしてそんな表情で、その人の名前を出してくる?
「担当者次第ですね、って言うんだよ」
 どういう意味だ。
 心臓が暴れ出す。
 動揺が悟られないように、わたしはこっそり息を吐く。
 担当者次第。
「……それで、木戸さんは引き受けたんですか」
「気になる?」
 どういう意味だ。
「そりゃ……本当にわたしが担当なら、誰の指示で動くのかは大事なことですから」
 わたしの答えに、上司はふーん?と目を細めて笑った。
 なんなんだ、その反応。
 心がソワソワと落ち着かない。
 もし、あの人が引き受けていたら。
 もしかして、わたしはまた。
 あの人と一緒に。
「木戸さんに、担当は間宮さんにお願いしようと思ってます、って言ったら」
 鼓動が跳ねて、思わず息を呑んだ。


「それなら、喜んで。……だってさ」


 楽しそうに瞳を煌めかせて、上司はわたしを見つめている。
 暴れまくる心臓を悟られないように。
 いや、そんなことよりも。

 息ができない。

「どういう意味だろうね?」
 楽しそうに笑う上司。

 それを知りたいのは、こっちだ。


****************************************************
こちらの企画に参加させていただきます↓
よろしくお願いいたします。
#片想い文芸部
#幻

木戸マネ、待機続行中。
個人的には激ヤバなプロジェクトも気になる。

前回のこの人たち(?)
香山さん、実は登場して4話目(現13話中)。

これまでの話はこちらからどうぞ☆
いつも楽しく参加させていただいてます、
ありがとうございます!


いいなと思ったら応援しよう!