【企画SS#片想い文芸部】夏バテ
(約2,000字)
「夏バテも辛いですが、冬の冷えと乾燥も耐えがたいです」
「なるほどー。やっぱ春と秋だよねーー」
「でも、そのふたつは人によってはどちらも花粉が辛い時期かと」
「花粉かぁぁ」
「香山さん花粉症は?」
「俺は平気。間宮さんは?」
「わたしも平気です」
絵に描いたような雑談風景である。
中身がないこと、このうえない。
毎月の個人面談。
業務上の課題はもとより、プライベートを含め、上司に何でも気軽に相談する機会、というのが公式な位置づけだ。上司との信頼関係良化を通じてパフォーマンスの向上を図るという、人事上の重要施策、なのだけれど。
若手社員ならともかく、それなりの年次の中堅社員が、毎月毎月上司に相談したいこともない。業務上の相談は都度行っているし、半期に一度は人事情報の更新に特化したお堅い面談もある。
つまり、この月単位の面談では特に話すことがない。
素直にそう言ったところ、上司はにっこり笑って、「じゃあ雑談でもしようか」と言ったのだ。
「……とりあえずやってはみましたが。考えるまでもなく、雑談も普段からしていますよね?」
「そうだけど、業務時間中はやっぱり周りに人がいるしさ。残業はあんまりしたくないし、してても木戸さんがいるしね。なかなかナイショバナシはできないじゃん?」
「な、内緒話?」
「うん。内緒の話」
笑った唇に人差し指を当てて、上司は「しー」と片目を瞑った。
この人は、本当に。
「そういうの、いつもやってるんですか?」
「なんのこと?」
頬杖を突いたまま、上司はこくんと首を傾げる。
「その、しー、とか、内緒話とか」
「え、ダメだった?」
「ダメというか……あまりに無防備では。勘違いする人がいそうで、見ていてハラハラします」
「勘違いって?」
「ええ……」
なんで引いてんの、と苦笑する瞳はいつも通り楽しそうに煌めいていて、真っ直ぐにこちらを見てくる視線の強さに、思わずため息が漏れる。
無自覚なんて、あり得ない。
顔もスタイルも人当たりも良くて、しかも大企業の若手管理職。
独身なのは今時珍しくもないけれど、このスペックで自分の挙動に無自覚なのはあり得ない。
悪い大人め。
「からかわないでください。そういう言動は、相手に好意を持っていると勘違いさせる可能性があります。職場ではお控えいただくべきかと」
「うわ、厳しっ」
「ふざけないでください!いつか本当にセクハラで訴えられますよ」
「そうかなーー?そこまで変な言動でもないと思うけど。容姿への言及でも、身体的な接触でも、私的な誘いでもないはずだけど?」
それはそう、なのだが。
言い淀むわたしを、上司は楽しそうに見ている。
フランクで、いつも笑っていて、でもハードな協議では人が変わったように厳しいトーンで相手に切り込む。
知れば知るほど本心がわからなくなるような、距離感の掴めない人だ。
距離感。
「そう、距離感です、問題は!」
「距離感?」
きょとんとオウム返しをする顔に、わたしは力強く頷く。モヤモヤが晴れて気分がいい。
「香山さんの言動は距離感が近いんです。フランクな口調はまぁ仕方ないとして」
「仕方ないって。言い方」
「そこはもうキャラなので仕方ないとして、さらにウィンクとか内緒話のポーズはもう、近すぎてダメです。逆に、わたしがそれを誰かにやったらどう思われると思いますか?」
「想像できない」
その回答はズルいぞ。
睨むと、上司はごめんごめんと眉を下げた。
「なるほど、つまり俺の言動は特別感が出ちゃってるってこと?」
「そうです!」
「でも間宮さんだって、ご褒美とか言ってきたのになぁー」
ぐ、と声が詰まる。
「それは……確かに」
その話を出されると弱い。先日の残業中、心が折れてつい口走ってしまったのだ。
これが終わったらご褒美をもらう、と。
「……ご褒美は、誰にでもねだるの?」
そんなわけない。だって結局、ねだれなかった。
木戸さんには。
思い出した光景に、身体がカッと熱くなる。
ねだりたかった、のだろうか。わたしは、あの人に。
この人のような、こんなフランクな関係を、あの人に望んでいるのだろうか。
わからない。
あの人に望んでいることが、もう自分でもよくわからなかった。
今はただ、一緒に仕事をしていられるだけでいいのに。
答えないわたしの顔を、上司が不思議そうに覗き込んでくる。
身体的な距離は特別近くはない。ただほんの少し顔を傾けて、強い視線が真っ直ぐに向いてくるだけだ。
なのになぜか、また思う。
距離が、近い。
「……木戸さんには、しなさそう、かな」
その一言はズルい。
何が、かは、わからないけれど。
距離が近いこの人には、何でもわかってしまいそうで、困る。
「ちなみに俺も、誰にでもするわけじゃないけど」
「……え?」
訊き返したわたしに、上司は人差し指を唇に当てて微笑んだ。
「特別感が出てるなら、それはそういうこと、かもね」
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こちらの企画に参加させていただきます↓
よろしくお願いいたします。
#片想い文芸部
#夏バテ
文芸部のテーマは「片想い」。
誰の、誰に対する、片想いなんだろうね??
って感じになってきました(*゚∀゚*)
前回のこの人たち↓
木戸マネ、頑張ったから一回休みです(笑)
これまでの話はこちらからどうぞ☆
TALESでも公開してます!このシリーズだけならそっちのほうが読みやすいかも。
ぜひぜひ覗いてやってください(*´∀`*)
いつも楽しく参加させていただいてます、
ありがとうございます!
