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【企画SS#片想い文芸部】あくび

(約2,000字) 

 あくびをしている。
 思わず窓の外を見たわたしを、上司は目聡く見咎めた。
「どうされましたか」
「槍が降るかと」
「はい?」
「槍が降ったらどう防げばいいのかな、と。傘じゃダメでしょうし…」
「…降り止むまで待つ、が正解では…」
「ええ…ここにいるなら仕事をしないといけなくなってしまう…」
「……聞き咎めるべきですかね……」
 呆れたように苦笑した上司が、なぜ槍が降ると思うんですか、と訊いてくる。わたしはまたも衝撃を受けた。
 雑談をしている。いつも仕事のことしか考えていないワーカホリック大王が。
「え?雑談してます?」
「確認するところですか?」
「え?世界が終わる日?あくびだけじゃなくて雑談まで?」
「…それが槍が降る要因ですか?」
 はい、と素直に認めるわたしに、上司はわざとらしく眉をあげて大きなため息を吐いてみせた。
 なんだその表情かおは。新規情報が多すぎて処理できない。
「前から思ってたんですが、間宮さんは私を何だと思ってるんですか?」
「ワーカホリックです」
「いえあの…確かに仕事に熱中しがちなことは認めますが、だからといってあくびも雑談も驚くようなことですか?いちおう人間なんですけど」
「人間ということにも多少の違和感はありますが、ワーカホリックとしては始業後はアドレナリンの洪水で3日くらいは起きていられるものなのかと」
「いろいろと言いたいことはありますが、とりあえずワーカホリックの定義を早急に見直していただきましょうかね…」
 困ったように笑って、上司はこちらを真っ直ぐに見る。計数のミスやロジックの飛躍を指摘する時とは違う、柔らかな光が揺れる瞳。
 なんだそのは。
「私だってあくびもすれば雑談もします。動画を見続けて夜更かしすることもあれば、普段あまり話せない部下とコミュニケーションを取りたいなと思うこともあります」
「ええ…」
「…目の前で引かれるとそれなりに傷つきますし…」
「すみません」
 即座に謝ると、ふふ、と小さな笑い声。なんだかさっきから情報量が多すぎる。
「…これ、雑談OKな流れですか」
「はい。というか、OKじゃなさそうなのはどちらかというと間宮さんだった気が」
「訊いてみたかったんですけど」
「はい、なんでしょう」
 こくんと首を傾けて、上司はわたしを見つめている。口元には薄い笑み。なぜか目を合わせることができずに、わたしはキーボードを見ながら訊く。
「好きなものとか、あるんですか?」
「好きなもの…」
「あ、仕事以外で」
「いったん、私がワーカホリックだという評価は忘れてもらえませんか」
「それは無理ですね」
 そうですか残念です、と呟いて、上司は「好きなもの…」と再度呟く。そのまま数秒固まった。
 ほらやっぱりないじゃないか、仕事以外には!
「…仕事なんですね?」
「いえそんなことは。えっと、ああそうだ猫、猫の動画をよく見ます。昨日も見て…」
「ねこ」
「はい、子猫とか。可愛いですよね」
 可愛いですよね!?
「…そんな情緒があったのか、という表情かおですね」
「いえそんなことは」
 可愛いとか思うことあるんだ。上司の静かな指摘を口先だけで否定して、わたしは今日イチの衝撃を噛みしめる。
 可愛いとか、思うことあるんだ。
「…可愛いと思うのは、子猫だけですか」
「いえ?たぶん世間一般的な感覚だと思いますけど。赤ちゃんとかも可愛いですし、なんでしたっけなんだか丸くて白っぽい鳥…」
「シマエナガ、ですか」
「そうですあれも可愛いですよね。ほら、普通の感覚でしょう?」
 なぜか得意げに言って、上司はにっこりと笑ってみせる。
 世間一般的な感覚で。可愛いものは、可愛いと思う。
 …女性も?
「うわぁ!」
「ええ!?」
 どうしたんですか、とモニターの向こうから身を乗り出した上司をなんでもないですと制して、混乱する頭と暴れる心臓に落ち着けと言い聞かせる。なんだ今の発想は。
「仕事!仕事しましょう、雑談は終わりです!」
「ええ?」
 きょとんとする上司の顔を見ないようにして、わたしはモニターに視線を移す。このデータを終わらせたら帰ろう。今日はなんだかおかしなことが多すぎる。早く帰らないと、きっと…
「間宮さんがそんなに熱心に仕事に打ち込むなんて」
 槍でも降りますかね。
 そう言って、上司は瞳を光らせてふっと笑った。

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#片想い文芸部
#あくび


前作のふたりが再登場です。
距離は縮まっていくのか否か。

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