まだ、捨てていない
クローゼットの端のレザーブルゾンは、まだそこにある。
結局、捨てていない。
似合わないわけじゃない。
着ようと思えばきっと着られる。
でも、ハンガーから外すとき、
ほんの少し迷いがある。
それはサイズの問題じゃない。
流行でもない。
その服を着ていた頃の自分を、
一緒に着てしまいそうだから。
久しぶりに、そのファスナーを一番上まで引き上げてみた。
重厚で硬質な革の光沢。
ジーッ、という重たい金属の音。
かつてはそれが、
戦場へ向かうスイッチのように心地よかった。
今は、あごのあたりに触れる冷たい金具の感触が、
どこか自分を型に押し込めているようで、
息苦しさを覚える。
鏡の中の私は、たしかに強そうに見える。
でも、その強さは今の私には重すぎる。
結局、数秒でファスナーを下ろし、
肩から滑り落とした。
床に伝わる革の重み。
小さな落胆とそれ以上の解放感。
固まっていた肩の力がふっと抜けた。
たぶん、誰にでもあると思う。
もう似合わないわけじゃないのに、
なぜか着なくなった服。
嫌いになったわけでもないのに、
手が伸びなくなった一着。
似合うって、なんだろう。
体型に合うこと?
年齢に合うこと?
誰かから見てバランスがいいこと?
たぶん、どれも間違いじゃない。
今の私はそれだけでは選べなくなっている。
袖を通したとき、
ほんの少しでも無理をしている感覚があれば、
それはもう違う。
昔はその違和感を、
頑張っている証拠だと思っていた。
背伸びも緊張も、
どこか誇らしかった。
仕事の合間、モニターの端に、
撮影現場の風景とともに偶然映り込んだ自分。
それを見て目が止まった。
服は好きなはずだった。
そこに映っていたのは、
服に着られている私。
ただ、それだけだった。
鏡の前では気づかなかったのに、
現場の冷徹なレンズを通した瞬間、
自分への嘘がばれた。
今は、その違和感が正直に教えてくれる。
似合うは変わる。
そしてその変化は、
少しだけ痛みを伴う。
前の自分を手放すような感覚があるから。
未練がないと言えば嘘になる。
その違和感から目を逸らさずにいられるようになったのは、
少しだけ自分に正直になれたからかもしれない。
盛らなくても、
強く見せなくても、
もう十分に時間を重ねている。
そう思えるようになったのは、
最近のこと。
手放した服がある。
新たに手が伸びた服もある。
手放した方は、今でも好き。
でも、もう私の服じゃない。
新しく選んだ方は、
柔らかく肌に馴染むマットな黒。
着た瞬間に何も考えなかった。
鏡を見るより先に、
自分の呼吸が深くなるのを感じた。
それが答えだと思った。
レザーブルゾンは、まだクローゼットの端にある。
手放す気にも、
袖を通す気にも、
まだなれていない。
それでも捨てていない。
迷っている時間も、
今の私のおしゃれの途中だから。
似合うは更新される。
それは劣化じゃない。
諦めでもない。
ただ、今の自分に正直でいようとすること。
クローゼットの前に立つたびに、
私は少しだけ自分に近づいている気がする。
レザーブルゾンは今日もそこにある。
今日も答えを出さないまま、
ハンガーに戻した。
それでいい、と思っている。
