【小説】『人生ラーメン』| 第5話 失恋の味
清美と決別して、魚を抱えて、向かったのは定休日の人生ラーメンだった。
冷たいビールと、ぶっきらぼうなおっちゃん。
捨てるはずだった小さな魚が、熱を帯びた料理に変わっていく。
2001年、春。泉南で釣ったキスとコチ。そしてオコゼに刺された雄司の手のこと、帰っていった清美のこと。
ラーメンは出てこない定休日。あの日の味は、定休日の厨房にあった
———
「でけたで、あんた」
おっちゃんは、"できた"は"でけた"になる。
なれるまで、時間がかかった。
料理は二つ"でけて"いた。一つはキスの南蛮漬け。もう一つはコチの煮付け。小さい魚を見事に美味しくしてくれた。おっちゃんは満足げにタバコを吸い出している。ジョッキを取り出し、自分もビールを飲み出した。
「南蛮漬け、めちゃうまいわ。おっちゃん」
「そらそうやろ、小さい魚やから骨までいけるで」
「ほんまや、頭もいける」
「煮付けもおいしいわ。おっちゃんありがとう」
「こんなおいしいもん作ってもらって」
「いくらか払うわ」
「ええよ。ワシも今日は休みの日や」
「気持ちで作った料理に値段はつけられんわ」
「それにしても……」
「あんたは、ワシにラーメン以外ばっかり作らせるな」と、笑いながら言った。
「ありがとう。おっちゃん」
なんか急におっちゃんの優しさに込み上げてきた。ポロッと涙が出てしまった。
「どうした、あんた? 」
「いや、実は彼女と喧嘩して……」
「なんや、そういうことか」
「だから元気なかったんやな」
「長い人生、色々あるある」
おっちゃんは、私を励まそうとしてか、急にいっぱい喋り出した。そんなおっちゃんを見て、
たまってた気持ちが吹き出した。
「おっちゃん、浮気って許せる? 」
「あんたがが? 」
黙って首を横に振った。
「彼女かー。それはあかんな」
「ワシは裏切りは嫌いやからな」それだけいうと、
おっちゃんは洗い物をしだした。
「そうやねん」
「おれも自分の心と折り合いつけようと頑張ったけど……無理やわ」
「釣りに行ったあと、『帰れ』って、言ってしまった」
洗い物をしながらおっちゃんは答えた。
「あんたも、キツイけど、彼女もキツイんちゃう? 帰れは」
「浮気してるのは何でわかったんや」
「同棲してたら、携帯がやたら鳴るの、気になるやん? 」
「それでメールのメッセージを……」
「あちゃー、それはあんた悪いわ」
「うん、分かってる」
「でも、嘘つかれたままは一緒におられへん」
「じゃあ、別れるんか」
「うん、今日はそのつもりで帰れって」
「分かった、女は星の数ほどいてる」
「あんたくらいの人は、絶対いい女に巡り会える」
「ありがとう、おっちゃんビールおかわり」
「今日は休みやから、勝手に入れてええで」
「好きなだけ飲み、ワシからのおごりや」
「ありがとう、おっちゃん」
「おっちゃん、お腹すいたわ」
「カレー焼き飯できる? 」
「でけるよ、ワシも飲むわ今日は」
「新しい門出やで」
そう言うとおっちゃんは、中華鍋に具材を入れて炒め始めた、
ジュー、ガッシャガッシャガッシャガッシャ
ジュー、ガッシャガッシャガッシャガッシャ
カンカン、カンカン
と独特なリズムで中華鍋が躍動する。程なくしてカレー焼き飯ができた。
舌を刺す辛味がいつもより強烈だ。
カレー粉の分量が絶対多い。
でも、今の私にちょうどいい。
「おっちゃん、辛すぎるで」
「美味いやろ」
「うん……」
👉第6話 待っとったんや、あんたが来るんを
