【小説】『人生ラーメン』| 第2話 ハンバーグとカレー焼き飯
———2000年、本当に色々あった年だった。
大学を卒業して、実家を出て、一人暮らしを始めた。全てが初めての連続の中。自分がいかに守られていた人生だったことに気づく。
今、振り返れば、「怖いもの知らず」の
無敵状態だったかもしれない。
勢いで実家を飛び出して、敷金礼金安い家を探して、契約。家賃6万ほどの家に一人で住み、貯金もなく、月々の給料は全て自由に使い切り、健康の不安も、心の不安もなく、自己顕示する必要も自己肯定する必要もない世代。
一方で、会社でも意欲的に働き、色々任されるようになり、責任も増えた。
夜遅くまで働き、帰りに人生ラーメンに寄るという毎日が続いていた。この生活に足りないのは野菜と彼女だけ……。
そんな日常に最近変化が訪れた。
———彼女ができた。
高校時代から、女性と付き合ったことはあるし、何人かの女性とは交際してきた。
しかし、私自身の性格的な問題なのだろうが、付き合いが長続きしたことは一度もない。一年も交際したことがなかった。
めずらしく「今回は違う」と思える彼女ができた。
そうだ、今日は彼女が来る日——。
夏の日差しが暑い金曜日の夕方、蝉の鳴く公園を歩きながら、仕事中にふと、思い浮かべた。
大学時代の友人と行った「合コン」で知り合った彼女。半月前から清美と半ば同棲に近い生活が始まっていた。
金曜日の夜は必ずといっていいほど立ち寄ったが、今日は「人生ラーメン」行くのは、やめておこう……。
そして、私と人生ラーメンはしばらく離れることになる。私生活が忙しくなればなるほど、人生ラーメンへは足が向かなくなっていった。
半年くらいは、完全に行かない日が続いた。
半ばおままごとの同棲のような状態だったので、夜ご飯や朝ご飯には困らなかった。
夜は、手製のカレーライスやハンバーグ。
レシピを見ながら、作ってくれていた。
「美味しいかわからないけど……」
「一生懸命作ったの」
「ありがとう、いただきます」
口にハンバーグを運ぶ。
おいしいには違いない。幸せの味でもあった。
「おいしい……、ありがと」
と、4つ下の彼女の努力を全力で労う。
あまり、今まで料理したことのない清美にとって、一つ一つの料理は「全力」で作らないと作れないように見えた。
何か一味足りない……。
なんて、ことは口が裂けても言えない。
しかし、そんな幸せは長くは続かなかった。
徐々に清美との生活は、色のなくなったものに変わり始めた。
清美が、家に来る日もだんだんと減り、
そして、会う回数も自然と減っていった。
何か清美から後ろ暗いものを感じ始めた。
元来、派手好きな清美。
地味な私との同棲生活より、もっとキラキラした世界に興味を持ちだしただけなのかもしれない。私と会うときも、誰かにメールを返す回数が増えていった……。
そう、誰かに……。
———
年も明けた、ある土曜日の冬の午後、洗濯が溜まったので、コインランドリーへ行く。一人暮らしのときは基本、洗濯も掃除も毎日はしない。
行きつけのコインランドリーの横にある店。
——それが、人生ラーメンだった。
洗濯を待つ間、久しぶりに店に行くことにした。
格子戸を横に引くと、カラカラとドアがレールの上を走る小さな音と一緒に、あの匂いが鼻先に届いた。
懐かしい匂いとともに
「いらっしゃい! あんた、久しぶりやな」
「ご無沙汰です」
「最近、来んかったから、どうしたんやろって思っとったんよ」
(こんなに、饒舌な人だったかな? )
「あー、忙しくて」頭をかきながら答える。
「まあええ、何にする? 」
「カレー焼き飯と生中で」
「あいよ、おまっとうさん」
先に、生中が出てきたので、一口口にした。
冷えたジョッキにビールの泡が絶妙なバランス。いつ飲んでも、ここのビールはうまい。
昼のピークは終わった店に僕一人。
半年ぶりにしては十年もきてなかったくらいの懐かしさ。そして、あの音が聞こえる。
ジュー、ガッシャガッシャガッシャガッシャ
ジュー、ガッシャガッシャガッシャガッシャ
カンカン、カンカン
おっちゃんの独特のリズムでカレー焼き飯が、仕上がっていく。
スパイシーな匂いに。人生ラーメンと僕の半年ぶりの時が動き出した。
「はい、カレー焼き飯! おまち」
「ありがとう……」
見るからに辛そうなスパイシーな色。
おっちゃんは中華鍋やお皿を洗い出した。
一口分すくって、口に運ぶ。
刺すようなカレーの味に別のとこから旨みが加わる。
これだ。この味が、僕が好きな……。
「……おいしい」
「おっちゃん、おいしいです」
「おいしい」の言葉と一緒に、涙が込み上げてきた。
「さよか、久しぶりのカレー焼き飯おいしいか」
「……うん、おいしい」
と、噛みしめながら涙が焼き飯の中に落ちた。
「どうした? あんた」
「何かあったか? 」
「うん、いろいろありました」
「彼女ができて、裏切られて……」
「何言ってんねやろ、オレ」
「おっちゃん、忘れて」
「さよか、まあ、食べ」
と、静かに笑いながら洗い物を続けた。
「腹が減っては戦はでけん、言うてな」
「昔からの教えや」
「ありがとう……ございます」
私はスパイシーなカレー焼き飯を口にしながら、おっちゃんの優しさに包まれた。
相変わらず、美味しいカレー焼き飯。
でも、1日として同じ味だったためしはない。
何せ、全てが目分量で入れるから。
それと、私の感情や体調も違うからだとも思う。
行く頻度は少ないが、週に1回か2回は夜に行ったり、洗濯のとき行ったりと、徐々に心の交流も深まった。忙しいときは、持ち帰りでカレー焼き飯を頼んで持って帰った。
👉第3話「人生ラーメン、夜の授業」
