【小説】『人生ラーメン』| 第3話 人生ラーメン、夜の授業
ある月の綺麗な寒い夜、人生ラーメンは珍しく賑わっていた。いつもちゃんぽんを注文する常連らしき、40代らしき中年男の1人がやたら饒舌に喋っていた。おっちゃんは不機嫌に頷きながら、中華鍋を振っていた。
「おっちゃん、怒らんでええやん」
「気持ちよう、チャンポン食べてるだけやん」
「おまえは、気に入らん。もうこんでええ! 」
「帰れ帰れ! 」
「食べたら帰るから、そう言わんで」
「俺らお客様やで、おっちゃん」
「あんたらは店を選ぶけど、わしは客を選ぶ」
「代金いらんから帰れ! 」
ここまで、人が人に感情露わに怒ってるのを見たことがないくらい怒っていた。私も食事が喉を通らないほどだった。程なくして、男は帰った。そして、私以外の客はいなくなった。
今でも、おっちゃんのことを思い出すたび、この日のことが鮮明に浮かぶ。
「あいつはわしの知り合いを騙した、なんやいう団体の奴や」
「人から金をむしり取る」
「あんたも気をつけた方がいい」
「いい人の皮をかぶって近づいてくる悪人が世の中多いねん」
鍋を洗うおっちゃんの背中が寂しく見えた。
それ以来、その男の顔を見たことがない。
おっちゃんはそれ以上の過去の多くを語らなかった。
その夜、おっちゃんからビールをご馳走になった。今夜は好きなだけ飲んでいいそうだ……。
償いのつもりかもしれない。
「あんた、なんの仕事してる? 」
「僕は教える仕事です」
「先生か? 」
「そんなもんです」
「何教えてるんや」
「社会とか国語かな」
「お、歴史とかか」
「歴史大好きです」
おっちゃんの目がキラキラ輝き始めた。
「松浦水軍知ってるか? 」
「はい、詳しくはないですが」
「わしは、その末裔や」
「かっこいいですね」
先ほどからおっちゃんのビール飲む手が止まらない。そして、餃子を焼き出した。
驚くほど饒舌だ。
あっという間に餃子は焼けて、私の前とおっちゃんの前に皿が並んだ。
「サービス、サービス」
おっちゃんのつぶらな目が少し充血していた。
「あんた、なんか歴史の話してくれるか」
「いいですよ。何時代がいいですか? 」
「何でもええ、全部好きやから」
「じゃあ、僕の好きな幕末のヒーロー、坂本龍馬の話をしますね」
と龍馬のありきたりのエピソードを話して、近江屋で暗殺された話などをした。
おっちゃんは、頷いたり、感心したり豊かな表情で聞いてくれていた。私が受けもつ生徒より反応が良かった。話してる私の方が乗ってくるほどだった。
「あんたの話面白い。また歴史の話してや」
「わしは小中と真面目にやってなかったから、学がないねん」
「あんたみたいな先生から教えてもらいたいわ」
「僕で良かったら」
と10時の閉店時間を大幅に超えて、この夜は深夜の1時半まで、歴史談義が続いていた。
まるで、教室でもこんな授業ができたらと思うほど、濃い夜だった。
その夜を境に、ただの客と店主という関係ではなくなった。
👉第4話「決別の防波堤」
