Missing - 第七章「myself」【創作大賞2026ミステリー小説部門応募作】
次に宇都宮と出かけることになったのはそれから一週間後。今日は森川が住んでいたという街を散策することになっていた。
宇都宮は森川から「この街すっごくいい!」とあれこれ話をされていたようで、目的の街にも森川の面影は多い。この街は錦もラーメンをわざわざ食べに来たりしており何回も訪れたことがあった。
「お待たせ―」
そう言ってやって来た宇都宮の恰好は本格的な冬の始まりをより一層に感じさせた。
「いえ、全然っすよ、今日そんな寒いっすか?」
「こっちの方は温かいんだってば」
「そうっすかね?ま、行きますか」
「うん」
今回行くのは森川美麗にゆかりのある5か所で、駅近くにあるナポリタンの美味しい喫茶店、川沿いのサイクリングロード、そのサイクリングロードの下にある少年野球の練習場、住宅街にひっそりとある神社、そして、最後には森川美麗の住んでいたマンションに行くことになっている。森川の住んでいた部屋は両親がまだ未練が残っているようで、そのままの状態で解約せずに家賃を払っているのだという。そんなことも可能なんだな。
時刻はお昼前、二人はまずお昼ご飯がてら森川いきつけであったというの喫茶店へ向かった。
「なんか、カフェとか喫茶店とかやっぱ女性っぽい趣味っすよね」
「そうだね、でもあれだよ、カメラは中学生の時から始めたみたいだよ」
そういえばアルバムにその時期らしい写真もあった。
「私と美麗が話してない時期に始めてたみたいなのよね、学校には持ってきてなかったけど、遊びに行くとたまに持ってきてたなあ」
そんな話をしていると喫茶店に着いた。
「いらっしゃいませ」
中に入ると老夫婦が出迎えてくれて、厨房の見えるカウンター席に案内された。
「若いお客さんなんて久しぶりだねえ、たくさん食べていってね」
おばあさんが優しく言う。都心から離れた少しばかり田舎っぽい場所ならではの厚意だろう。二人はとても温かい気持ちになった。店内には落ち着いたジャズが流れており、そのモダンな雰囲気にとてもマッチしていた。
「なかなかいいところっすね」
「ほんとね、落ち着ける」
二人はほっと一息落ち着こうとしたのだが、先ほどのおばあさんの言葉を思い出し、二人はその発言に動きを止めた。
メニューを持ってきたおばあさんに宇都宮が聞いてみる。
「あの、お母さん、若い人が久しぶりってのはどういう……」
見切り発車で言い出したのかしっかりした質問にならなかったようだ。だけど、おばあさんは返答してくれる。
「そうなのよ、特に若い女の人なんていつぶりかしらねえ」
「え、そうなんですか?」
思わずといった感じで宇都宮が聞く。チャンスをつかんだかもしれない。
「ええ、ここは全席喫煙席だから、タバコを吸う中年男性ばっかなのよ、それに向かいにお洒落なスイーツの店が出来ちゃってからはぱったりで……」
「前に若い客もいたんですか?」
「ええ。みれいちゃんっていう可愛らしい女の子がよく来てくれてたんだけどね、最近は見なくなっちゃって…」
「そうなんですか……」
二人は思わず言葉を飲む。
いきつけとはいえ森川は店主夫婦に認知されるほど仲が良かったことが確定した。
そして、この反応から察するに老夫婦は森川美麗の死をおそらく知らない。
厨房の夫と「引っ越しちゃったのかねえ」なんて話している。
とりあえず二人は名物だというナポリタンに目玉焼きが乗っている「オムナポ」なるものと錦はアイスコーヒー、宇都宮はカフェオレを注文した。
「どうする……?」宇都宮が聞いてきた。
「え……」
どうする、というのは打ち明けるべきか、ということだろうが、こういう状況でどうしろっていうのだろうか。なにが正解なのかさっぱりわからない。
今、錦たちが森川の死を伝えなければ、この老夫婦はいつまでもいい思い出の中にいるという考えも出来る。
とはいえ、真実を知ってもらうことも大事だろう。それに、打ち明ければなにか話は聞けるかもしれない。錦は心を決めた。
「話しましょう。全部」
「そう思う?私もそうした方が良い気がしてた。話そう」
二人は決心した。
「あの、すみません」切り出したのはまたまた宇都宮の方だった。
「実は、私たち、美麗の知り合いなんです」
すると、老夫婦は二人とも驚いた様子を見せた。
「あれ、そうだったの……」
そう言ったおばあさんの方は少し黙った。
長年の功だろうか、きっと察したのだろう。
おじいさんの方は聞きたくないといった感じで黙ったまま料理を再開した。
「実は……」
そう言い始め、宇都宮がことの経緯をすべて話した。
宇都宮が森川美麗の幼馴染であること。絆がとても強いこと。そして彼女が自殺したこと、それが信じられないこと。錦がその被害者?であること、そして、二人とも死の理由を知りたいことを話した。
おばあさんは黙って途中頷きながら話を聞き、おじいさんは黙って調理を続けながら耳だけはこちらに傾けている。
「今日は美麗の生活を知るためにここに来させていただきました」
宇都宮が話し終える。
すると、タイミングを見計らったかのようにちょうど料理が完成。二人の前にオムナポが出てきた。
「みれいちゃんが好きだったのもこのオムナポなの。今日のお代は結構ですので、みれいちゃんのお話をうんとしましょう」
少々涙目になったおばあさんがそう言った。
「私たちも、出来る限り協力します」
「あの子は、私たちの生活を照らしてくれてたからな」
おじいさんもおじいさんで思うことはあるようだ。
「美麗はここにいつごろから来てたのですか?」
「そうねえ、もう2年前ごろから週に一回は来てくれてたねえ。いつも元気にやって来てくれて、みれいちゃんの声を聞くだけで元気を貰っていたのよ」
「そうだったんですね……」
森川はここにかなりの頻度でここに来ていたようだ。
「目の前の店が出来たのが3年前くらいで、それからは常連さんに支えられていたんだけれど、それでも厳しくなってきたころにみれいちゃんが来てくれて、本当に救われたのよ、職場の人とかも呼んでくれて」
全員が黙ってしまい、少し悲しみに暮れた時、あることを思い出した錦がおばあさんに尋ねる。
「そういえば、美麗さんは写真とか撮っていきました?」
「ああ、そういえば、あそこに飾ってある写真はみれいちゃんが撮ってくれたのよ」
そういっておばあさんが入り口付近の壁を指さす。
そこには満面の笑顔を浮かべる老夫婦の写真が額縁に入れて飾ってあった。
やはりだ。錦が持っている森川のアルバムの中にはそういえばここの写真もあったことを思い出したのだ。さらに料理の写真や内装の写真、調理をしているおじいさんの写真もあったと思う。
「深見くんは、みれいちゃんのことをどう思っているのかね?」
おじいさんが口を開いたと思ったらすごいことを聞いてきた。
「どう、というのは……?」
「その、恨んだりとか、そういうのは?」
不器用な人だなあ。と思いつつ、改めて少し考えさせていただく。
正直、今ところ初めから恨んだ気持ちはなかった。あまりにも非現実的すぎて、全く呑み込めなかったからだ。自分の部屋に帰れなくなったことがうざかったのはあるが、時間が経つと別に案外それでも生きていけたし、ツカサやチヒロの手伝いもあって全然平気だった。そして、時間が経ち、恨む間もなく疑問が生じたのだ。
なんで?と。
なぜ俺の部屋だったのか、なんで死んだのか。
しかも、ここ最近で森川美麗の身辺が大体わかって来たが、まるで死ぬような人ではない。この前の職場での愛されっぷりや、ここでの愛情も。
現にこうしていまだに愛してくれている人が錦たちの目の前に居るくらいなのだから。
「決して恨んではいません。ただ、納得したいんです」
それら心の思いと混乱を込めて老夫婦に言った。
「なんで俺の部屋なんだろうって、思ってました。でも、森川美麗という人間を知るほど、むしろもっと根本的なところ、なんで亡くなったのか、その理由が知りたくなりました」
そうだ。今の気持ちはこうだ。
森川美麗が俺の部屋で死んだ理由が知りたかったが、森川美麗を知るうちにもっと森川美麗という人間そのものを知りたくなっていた。
錦の発言を受けておじいさんが口を開く。
「そうか、君も不幸だったと思うが、なんとなくだけど、やっぱり君とみれいちゃんにはなにか共通点があると思うんだ。年寄りの勘だがね」
「そうねえ、あの子、きっとなにか伝えたかったんじゃないかしら」
どういうことだろうか。
「ええ、でもマジでなんにも関係ないと思いますよ?」
「まあ、私たちの勘だから、本当になにもないかもしれないけれどね、ささっ、冷めないうちに食べちゃいなね」
そう言うと老夫婦は二人に食事を促した。
その後も単純に楽しく思い出話をしつつ、二人はオムナポを食べた。
昔ながらのお店の味というか、初めて来た店の料理なのにどこか懐かしさを感じさせるその味に二人とも大満足だった。
錦は最後に老夫婦と店内の写真撮影の許可を貰ってシャッターを切った。そこには森川の写真と同じように笑顔の老夫婦がいた。
それが終わると二人は次の目的地もあるので店を後にすることに。
「また来てね」
という微笑みを浮かべる老夫婦に二人は「必ず来ます」と返した。
二人はそのまま川沿いの河川敷へ向かった。
アルバムの中には河川敷からの風景や河川敷で撮ったと思われる花の写真、少年野球の子供たちの写真もあった。
今日は平日なので少年野球の姿はないと思うが、ランニングをしている人や犬の散歩、釣りをしているご高齢の方々がいた。
ここで森川の話を聞けることはなさそうなので、二人は彼女が見ていた景色を感じながら歩いた。
「ほんとうに美麗って変わらないんだなあ」宇都宮がのんびりと言った口調でそう言った。
「みたいですね、なんだか、知れば知るほど本当に良い人だったんだなって思いますもん」
「お?さては好きになってきたかな?」
「そういうあれじゃないですって。人として素晴らしかったんだなって思って」
本当にそう思う。正直薄れたとはいえまだ錦の部屋で死んでいたことは意味がわからない、というか話を聞くたびにますます意味が分からなくなるが、森川美麗という人間の底なしのいい人感に驚いていた。
それに事実だが森川美麗は正直いって錦のタイプの女性ではある。
宇都宮の勘繰りに首を縦に振ることは無いが、別の出会い方をしていれば、あるいは……と宇都宮の発言のせいで変なことを考えてしまっていた。
宇都宮は「ふーん」と言って二人はそのまま歩き続ける。
錦はその途中で「なんかいいな」という場所や景色を何枚か撮った。
そして宇都宮はその様子を黙って眺めていた。
歩いていると野球場が見えて来て、二人はそこに降りていった。
予想通りに今は平日の昼なので誰も居なかった。しかし、整備されたグラウンドとは対照的にベンチやその周辺にはたくさんの足跡や何かのあとが残っていて今にも試合の声が聞こえてきそうであった。
「きっと、ここの少年たちとも美麗は交流があったのだろうね」
宇都宮がベンチに座りながらそう言う。
錦は半分反射的にその様子を写真に収め、同意した。
「ですね、きっと美麗さんならなにか関わりがありそうですね」
一瞬宇都宮がハッとしたが、なんのことかは言わなかった。
「そうだね、美麗の元患者の子供とかが居たりしたのかも」
「そういう話ってしなかったんですか?」
「うん。情報リテラシーだか何だかで、ふんわりとしたことしか聞いてないんだよね」
「しっかりしてますね」
錦は再び何枚かの写真を撮り、二人はその場を後にする。
次の目的地は神社だ。
いよいよ彼女の家が近くになってくる。
「次の神社って京都に本家があって、そこの分家なんだって」
「そうなんですね」
「まあ、調べたら地方の神社は結構そんな感じのものが多いみたいだけどね、しかもここは色んな願い事に対してご利益があるみたい」
「なんすかそれ、すごい」
そうこうしていると神社についた。
本当に住宅街の中にいきなり現れたので、二人とも急に現れた神社に驚いた。
「もちろん、参拝するよね?」
「そのつもりです」
「5円玉ある??」
「大丈夫っす。きっと何円でも」
そして二人は鳥居から入り、参道の端を歩いて本堂まで向かった。
賽銭箱の前に並び、お賽銭を入れて宇都宮が金を鳴らす。
一気に空気が張り詰めたのを感じ、二礼二拍手一礼。
願い事を心に浮かべる。
これといって願い事のない錦は、少し考えた。
心配事、でいうと就活だが、ここに来た目的は森川美麗だ。
うーーーん。
これにしとくか。
どうか安らかに。
「何お願いごとしたの?」宇都宮が聞いてくる。
だが、真実を言うのが少し恥ずかしかった錦は「こういうのは言わないもんっすよ」と言って誤魔化した。
住宅街の中にあるとはいえ多少広めの敷地があるので、自然も豊かだ。
錦はそれらも写真に収める。
時間も無くなって来たので今日最後の目的地、森川美麗の住んでいたマンションへ。
「なんか、緊張するね」
「そうっすね、ラスボスに挑む気分です」
森川の住んでいた部屋は神社からそう遠くなく、案外早く到着した。
「ここが美麗の住んでた……」宇都宮が建物を見上げる。
「どうする?部屋入る?」
「え!?」
「一応美麗のお母さんから鍵借りてきたんだよね」
「いやー、流石にそれは……」
事前の話では外観を見てそのまま駅まで森川の通勤ルートを帰る予定だったのだが。
「どうする?君に任せるよ?」宇都宮がなにやら試すように聞いてくる。
これは、あまりにもパンドラの箱すぎる。
「ちょっと数日悩ませてほしい案件です……」
「そんな時間はないよ、じゃあ、入るよ」
こうして錦は宇都宮に引っ張られる形で森川美麗の部屋に足を踏み入れることになった。
エントランスからエレベータに乗って3階。出て2部屋目に目的の部屋があった。
外観はもちろんなにも思うところはない普通のマンション。
それに言っちゃあれだがここは別に現場ではない。
「ここね」そう言って宇都宮がカバンから鍵を取り出す。
「行くよ?」
「はい」
そして宇都宮がカギを開ける。
「美麗、お邪魔するよ」
宇都宮はそう言って中に入っていった。
「お邪魔します」
錦も一応そう言って中に入る。
当然だが中は静まり返っていた。
というかなんか静かすぎた。
部屋の中は警察が入ったのが最後なのだろうかあの時の錦の部屋と同じで作業員みたいな匂いが微かにした。
廊下を歩き、リビングへ。
そこには以前画像で見た森川美麗の部屋がそのまま存在していた。
「ここが…」
宇都宮は今にも泣きだしそうだ。きっと今日も各場面で我慢していたのだろう。
「美麗…」そして宇都宮はその場に崩れ落ちた。
錦はどうすることも出来ないので部屋の中を見渡した。
本当に生活感が残っている。
錦はカーテンを開けて外を見る。
三階なのでそこまで高くはないが、周りに高い建物が少なく見渡しは良かった。
思わずここでもシャッターを切る。
そして、今撮った写真を含めて今日撮った写真を少し見返してみる。
どれも確かに良く撮れたと思う。正直、始めたばっかりにしては上手い方だと自分で思った。
しかし、決定的になにかが違う。
違う、というのは彼女の撮った写真とは、ということだ。
彼女の写真にはどこか勝てない。圧倒的に何かが違う。彼女の写真にはなにか力があった。
だが、それの理由はわからない。
そんな風に錦が考えに耽っていると突然背中に感触が訪れた。
宇都宮が錦の背中に顔を埋めてきたのだ。
そして錦がなにか言う前に宇都宮が口を開いた。
「ねえ、なんで慰めてくれないの?」
「……え?」
「女の人が泣いてたら慰めるのが男でしょ?」
「まあ……」
「……ねえ。錦くん」
「……はい」
「しない?」
え?「……え?」
は?「はい?」
何を言っているんだこの女は?
錦の脳がフリーズして何も言えないでいると、宇都宮がそのまま錦のシャツの背中を引っ張り、錦はベッドに押し倒された。
当然、錦は宇都宮の発言の意味は分かっていた。確定的な言葉を避けて表現するいわば隠語のようなそれの真意はわかっていた。
だが、宇都宮の真意は全く分からなかった。
「ねえ、しよ」
そういって宇都宮が錦に顔を近づけてくる。
錦も男なので、別にタイプではなくとも美しい部類には絶対入る宇都宮からこのようなアプローチをかけられたらまんざらでもない。
だが、絶対に今ではない。
これは、あまりにも冒涜している。
そうはっきりと思った錦は、近づく宇都宮の顔を押しのけた。
「絶対に間違ってます」
「……」
宇都宮が体勢を直す。
そして、「そっかー、残念」と言って立ち上がった。
「やっぱ美麗には勝てないかー」
宇都宮はそう言いながら窓の外を眺めて目を細めた。
「だから、別に好きじゃ」
「好きだよ。君は」
途中で宇都宮に遮られた。
「え?いや、だから……」
「君、もう美麗のこと好きだよ。うん。気づきなよ、そろそろ」
俺は森川美麗のことが好きなのか……?
「私ね、美麗が好きなんだ。愛してる」
何も言えずにいる錦に宇都宮が続ける。
「美麗はずっと私のものだと思ってた」
「……」
「美麗が死ぬなんてありえない」
「……」
「なんで美麗は死んだの?」
「……」
「ねえ、君本当に何者なの?」
宇都宮はそう言うと錦の手からカメラを奪い取り、錦に向かってシャッターを切った。
すると同時に錦は急激な頭痛に襲われ、意識を失った。
最後に微かに聞こえたのは、「錦くん!?大丈夫!?」という宇都宮の本気で錦のことを心配する声だった。
いいなと思ったら応援しよう!
ぐんぐんどんどん成長していつか誰かに届く小説を書きたいです・・・!
そのために頑張ります!