Missing - 第三章「purpose」【創作大賞2026ミステリー小説部門応募作】
葬儀から家に帰って来ると、錦は強烈な違和感に襲われた。なんというか、頭が何かを察知したような感覚だ。もちろん霊的なものは信じていないのだが、なにかそれらを感じるような気配がしたのだ。あり得ないのに。もしかしたら数時間前に空に送った人が亡くなった場所に今立っているというギャップか何かで脳がバグっているのだろう。
錦はなんとなく、理由はないが持ち帰ってきてしまった白い菊を、森川美麗が亡くなっていた場所にそっと置いた。
葬式というものはもちろん送られる人のためにあると言っていい。だが、送る側のためにも大事なことだと思う。錦が葬儀に参列した理由もそうであるように、心の区切りをはっきりとさせたり、あるいは自分の心のためであったりするのだろう。今、錦が花を置いた理由も、なにか自分の心のためにやっているように思えた。
そして錦は一通り着替えや片づけが済んでから、花は持ち帰って大丈夫であったかを一応調べることにした。なにかまずいことがあったらそれこそ自分の心的に嫌なので。結果、地域柄とかではむしろいいことだという記事もあり、心に安心が広がった。
疲れたのでシャワーは明日の朝浴びることにしてベッドに身を委ねる。
正直、人が死んだ場所で普通に生活をし、眠りにつく自分って結構おかしい方な気がする。何故平気なのかは正直わからない。
ベッドで横を向くと、床に置かれた白い菊が目に入る。
錦はその花に恐怖ではなく、見守ってくれているかのような温かさを感じ、そのうち眠りについた。
次の日の昼、宇都宮から連絡が来た。
宇都宮さゆりは森川美麗の幼馴染で、昨日葬儀が執り行われた葬儀場を代々運営している家系の人らしい。
詳しいことはともかく直接話したいとのことで週末に宇都宮が錦の住む都心に来ることになった。
きっと森川美麗の死に関してのことを聞きたいのだろう。あるいは本当に面識がないのかとかを問い詰められたりするのかもしれない。ちょっと気が強そうな人だったし。
「と、いうことになったわ」
錦はツカサとチヒロといつもの居酒屋に来ていた。
「えー、なんか怖いねえそれ」毎度のことながらチヒロはすでに酔っぱらっている。
「まあ、これでなにか真相に近づけるならそれでいいかなって思って」
「確かに俺たちも動機は気になるけどな。」
「いいじゃんべつにい、もう生き返らないんだしぃ」
「おい、チヒロ、そういうこと言うなって」ツカサがそう言い、店員さんに水を頼んだ。チヒロは水を一口飲んで続ける。
「でもさ、錦は真実が知れたらそれでどうするつもりなの?」
「やっぱり俺は納得したい。このままだとあまりにもモヤモヤが残りすぎる」
「ふーん。まあ、止められないか」
そこから話は大学の話を経て就活のことに切り替わった。今は大学三年の夏の終わり。インターンを終えたという人もちらほらと聞く。早期就活とかいう風潮があるけれど、錦はまだなにも出来ていないのであった。
「ツカサはもうインターンとか行ってるんだっけ?」
いつかにそんな話を聞いた。やはりしっかりしているなと思った記憶がある。
「うん。後期は講義もほとんどないしバンバン行ってくるつもり。」
「ツカサはさすがだな、俺、どうしよ。なんにも将来とかわからなすぎる」
「そういって錦はひょいっとどっか内定もらいそー」
「そう言うチヒロはどうなんだよ、インターンとか」
「行ってるよ。なんとなくやりたいことあるし」
「お前ってホントそういうところ地味にしっかりしてるよな」 「確かに、チヒロはそういうやつだったわ。」
そんなこんなで飲み会も終わり、いつも通り俺とツカサがチヒロを家まで送り、そのまま泊まった。
次の土曜日。
錦は宇都宮との待ち合わせのために東京駅に来ていた。
時間通りに駅に到着し、宇都宮にメッセージを入れる。
「駅に着きました。」
「5分でホームに着きます」
そして、5分と数分後、錦と宇都宮は合流した。
「お待たせ」
宇都宮はショートカットのキレイ系の女性だ。この前は喪服姿だったので、今日のような薄茶色のブラウスにジーパンの恰好は普通に見るよりも数段カジュアルにそして女性らしく感じられた。
「わざわざごめんなさい、ありがとうね」
「いえ、こちらこそ。まだすっきりはしていないので」
「じゃあ、どっか近くのカフェにでも行こうか」
「はい。それならここなんてどうです?」
錦はあらかじめ調べておいた少し個室っぽくなっているお洒落めカッフェをスマホに表示させる。
「え、調べてくれてたの?ありがとう。じゃあ、そこにしよう」
事前に調べておいて正解だったようだ。
今回の場合は今迄の女性経験からではなく、単純に「死」という重くデリケートな話題が大半を占めるのが明白だったので、半個室な場所を探しただけだったのだが結果としては正解だったようだ。
「じゃあ、行きますか。とその前に、一応電話しますね」
予約制とかは特に書いていなかったが、一応店の空き具合を確認する。すると、ランチ時からは逸れていたからか割と空いていると言われた。電話をくれたので予約も出来ると言われ、錦は感謝と自分の名前を伝えた。
そして、宇都宮と共に店に向かう。道中では主に宇都宮が錦の個人情報を聞き出していた。
「え、あの大学の文学部なの?頭いいんだね」
「いえ、全然ですよ」
「じゃあ、将来はライターさんとか?それとも普通に公務員?」
「いや、まだぜんぜんなにも考えられてないですね……」
「おお、料理が趣味なんだ。以外かも」
「最近は全然ですけどね、一人暮らしの初めは気合入れてたので」
「へえ、なんか意外。ズボラそうなのに」
「ひどいっすね、そんな感じします?」
そんな話をしていると二人は店に辿り着いた。
店に入ると店内はコーヒーの匂いに満ちていた。
錦は講義の課題やレポートは家で出来ないタイプなのでカフェにはたまに行く習慣があった。なので、内心はカフェの新規開拓に心が少し踊っていた。
席に着いてメニューを広げる。いつもカフェではコーヒーとちょっとしたデザートを頼む。しかし、今はお昼前だ。
「どうする?お昼だし、普通に食べる?」
宇都宮も同意見だったようで、錦はシンプルに同意した。
少ししてテーブルに錦の頼んだ昔ながらのナポリタンとアイスコーヒー、そして宇都宮が頼んだふわとろオムライスとオレンジジュースが運ばれてきた。
メニュー的には喫茶店に来ている感じがする。しかし、この店はお昼からカクテルなどのアルコール類も提供しているようだ。次に彼女が出来たら来よう。
しばらくは腹ごしらえをしつつ先ほどの続きを話した。
途中からは宇都宮と森川美麗の出会いや思い出話を聞かされた。
宇都宮と森川美麗は小中高と全部同じ学校に通っていたらしい。そりゃかなりの仲なのだろうと容易に想像がつく。
そして、高校卒業後、宇都宮は実家の葬儀屋で働き始め、森川美麗は看護師を目指して都内の大学に進学したということだった。
「そういえば、森川さんの葬儀に来ていた老若男女って、看護師つながりとかですか……?」
「うん。そうだよ。美麗は超優しかったし、看護師にピッタリだったよ……。私も葬儀の時に実感した。あんなにたくさん美麗に良くしてもらったっていう人がくるなんてね、」
「天職だったんですね。」
「そうね、でも私も美麗の大学受験の時に初めて聞かされたんだけど、初めは医学部目指してたんだって」
「え、森川さんって頭良かったんですね」
「そりゃ、もう、一時期は私の方が成績良かったから勉強とか教えてたんだけど、とにかく要領がよくて。小学生の時から塾にバレエにピアノに色々と習い事してて凄かったんだから」
宇都宮は暖かそうな目でそう話す。どこか誇らしそうだ。
「両親どっちも医者だから、漠然とずっと医者になるもんだと思ってた節あったみたいだよ」
なんと、森川美麗の両親は医者のようだ。
葬儀場で会った森川美麗の父、森川明憲も医者だったのか……。
「そうだったんですね、でも、なんだか話聞いてると森川さんは看護師の方が合ってる気がします。それに看護師だってなかなか普通にできることじゃないと思いますよ」
錦は純粋にそう思った。
現時点で自分には特に夢も目標もない。小学生の時はなにかしら夢とかはあったと思うが、今は覚えていない。なので、錦はそんな年齢から抱えている目標を見据えて生活する森川を凄いと思っていた。夢を追うことは、きっと大変であったと思う。
「昔っからすごかったよ、美麗は……。」
だんだんと宇都宮の目に涙が浮かんできた。
「ごめんなさい、」
「いえ、どうぞ泣いてください」
「ありがとう……」
錦がそう言うと、宇都宮は声をあげずともしっかりと泣き始めた。
少しして宇都宮が顔を上げる。
「本当にごめんなさい。呼び出したのは私なのに」
「いえ、心中お察しします」
「しっかりしてるね。そろそろ本題に移ろうか」
「はい」
宇都宮が改めて姿勢を正し、口を開く。
「深見錦くん。お願い。」
宇都宮から真剣なまなざしを向けられる。
「私と一緒に美麗の死の真相、動機を突き止めてほしいの。」
錦は驚きのあまり言葉が出て来なかった。
正直なところ、宇都宮が錦と話をしたいと言った理由を森川と錦が本当に何も面識もないのか改めて追及されると考えていたからだ。現にこの店に来るまでに宇都宮は錦に関する色々な情報を聞いてきた。完全にそういうことなのだろうと踏んでいた錦は、宇都宮と自分の意見が一致することに驚いた。
「真相、というのは……?」
一応完全に意見が一致するのか確認する。
「深見くんには今回の件、友人代表としても本当に申し訳なかったと思う。改めて、ごめんなさい。」
そういって宇都宮は頭を下げた。
「だけど、私からすると自分で命を絶つことすらあり得ない美麗が、見ず知らずの人の家で自殺なんて考えられないの!まだ全く信じられない。」
先ほどまでの話を聞いていて錦もとても同意出来た。
「最終的にもしかしたら本当に深見くんとは関係がないかもしれないけど、なんで深見くんの部屋を選んだのか、本当に美麗と関係がないのか、調べて、納得したいの。」
ふむ。これは利害が完全に一致していそうだ。
この前はもうあとは時間に任せて記憶を希釈していこうと思っていたが、ある意味で好都合かもしれない。納得したいと思っていた気持ちは俺も同じだ。
一人で考えるだけよりも、協力した方がいいに決まっている。
「どう……?」
錦が考え込んでしまって反応していなかったので、宇都宮が聞いてきた。
まあ、やるだけやってみるか。大学の講義も後期には少なくなるし、就活のことも考えちゃいない。なら、やってみる価値はありそうだ。
「是非とも協力させてください」
「ほんと!? ありがとう!」
「いえ、こちらこそ。自分も納得感が欲しいと思ってたんです」
「そっか、まあ、そうなるよね。じゃあ、協力して、解決しよう。」
「はい。よろしくお願いします」
「と、いうことがあったんだわ。」
錦は相変わらずツカサとチヒロと居酒屋に来ていた。報告会だ。
宇都宮と会って話したことをメッセージアプリにある三人のグループで話すとチヒロが詳しく聞きたいと言い、飲み会が開かれることになったのだが、どうせ飲み会は開催されるし、単純に酒を飲む理由が欲しかっただけなのだと思う。チヒロを見ていると大学生は飲むのが仕事、と言っても過言ではなさそうだ。どうか自分たちの飲み方がマシな方であると信じたい。
「なるほどね、それで、協力しようっていったものの、やるべきことが浮かばなくてそのまま今に至るってことか。」
ツカサが核心を突いてくる。
「そう。まあ、警察の捜査は終わってるし、自分たちで動かない限り理由なんてわからないんだよね」
「いっそこれ、来年の卒論研究にしたら?」
「チヒロ、それは不謹慎が過ぎるぞ。」
「ごめんごめん、でも、手掛かりがないのか―。お手上げじゃん」
「そうなんだよなー。だからとりあえず、次に宇都宮さんと会った時にもっと森川美麗について色々と話しを聞いてみようと思う」
「それでなんか変わるかなー」
チヒロは相変わらず酔うのが早い。
「確かにまずはもっと知った方がいいかもな。俺もさっきの話を聞いた感じ、あまりにも自殺しそうだとは思えない。」
「そうなんだよ、看護師として周りから大層愛されてたみたいだし、死ぬ理由がないと思うんだよな。それに、幼馴染の宇都宮さんがそういうくらいだからね……」
「だけど、まあ人には言えないことって誰にもあるだろうね……」
チヒロが席を立ちながらそう呟き、トイレに行った。
「チヒロの言うとおり、もしかしたら誰にも言えない何かがあるっていう可能性もあるのかもしれないな」
「でも、幼馴染にも言えず察されずなことあるかね?」
「うーん、難しいかー」
「とりあえず次に宇都宮さんと会った時には森川美麗のことをもっと詳しく聞いてみるわ」
「おう。それがいい。」
チヒロが戻って来てからはいつも通りの大学の話、最近あった知人の痴話喧嘩の噂、微々たる前進をみせる就活の話をした。ちなみに錦の就活はというと相変わらずまるで進展がない。まあ、仕方がない。
そしていつもの流れで酔いつぶれたチヒロを錦とツカサがチヒロの家に運んだ。
今日はまだ時間が早かったので錦とツカサは帰ろうとした。
このようなことが多すぎた結果、ツカサはチヒロの家のスペアキーを確保している。なのでチヒロを送り届けさえすれば鍵を閉めて帰ることは可能だ。
「じゃあ、俺たちは帰るか。」
ツカサがカギを指でくるくると回しながら言う。
「おう。そうだな」
錦とツカサはチヒロの部屋を後にしようとした。すると。
「行かないでくれ……」
多分半分以上寝言でチヒロがそう言い、錦の服の端をつまんできた。
「っと。……どうする?ツカサ」
まあ、このまま放置しても問題はなさそうだ。ひどい二日酔いには襲われるだろうが、一人で何とかしてくれと思う。
「どうしよ。まあ、ほとんど寝てるし、帰ろうぜ。風呂入りてえ。」
「ああ、そうするか」
チヒロには悪いが自分の家のベッドで安らかに寝たいというのは全人類共通の考えだと思うので、今日は帰ることにした。
数日後の日曜日、錦は再び宇都宮と会うことになった。
この前の飲み会のあと、改めて現状で自分と森川に関係しそうなことを自分なり考え、次、宇都宮と会った際に聞くべきことを整理しておいた。
連絡を入れた際、初めは錦が宇都宮のいる県、すなわちこの前の葬儀場辺り、つまり同時に錦の故郷である場所に行くことを提案したのだが、あっさり断られて宇都宮が再び東京にやって来ることになった。
ただし、今回はこの前のように都心ではなく、森川美麗が住んでいたという東京郊外で会うことになった。
宇都宮が示した森川が住んでいたというところは錦の住んでいるところから電車を乗り継ぎ1時間ほどの場所であった。錦はここら辺にラーメンを食べに来たり遊びに来たりと何回か訪れたことがある。
予定通りに宇都宮と合流。
「お待たせ―」
そう言いながら控えめな色のワンピース姿の宇都宮が現れた。
今日は少し肌寒く、宇都宮はその上に薄手のカーディガンを羽織っている。
「お久しぶりです。またわざわざこっちに来てもらってすみません」
「本当にそれは大丈夫って言ってるでしょ?それに、来てみたかったんだ。美麗が生きてたところに」
「なるほどっす」
「じゃあ、行こうか」
そして二人は歩き出した。
今日は事前に宇都宮の方から「行きたい」というカフェを示されていた。その場所は森川美麗が休日に度々行っていた場所だそうで、よく写真が送られてきていた良い感じのカフェらしい。
駅から少し歩くとすぐに店に到着した。
「うん、ここだ」
宇都宮が森川美麗のSNSに上がっている写真と見比べてそう呟く。
「入ろっか」
「はい」
店内は光が適度に差し込みいい感じの落ち着きを持っていた。
今日もお昼前なので前と同様に適度なものをそれぞれが注文した。
「それで、聞きたいことって?」
店内に人が少ないからか、食べているものがカヌレだからかはわからないが、前回とは違い、さっそく宇都宮が聞いてきた。
「はい。色々考えたんですけど、自分はまだ森川さんについて全然知らないので、もっと森川さんの話を聞かせてもらいたいなと思いまして」
「なるほどね、私も君のこともっと聞かせて欲しいって思ってたんだ、ちょうどよかった」
「具体的には、言いにくいんですけど性格であったり周りからの評価であったり、私生活のこと、とか」
聞きにくいがより詳細なことを聞きたかった。これは人のことを細かく見れるツカサから言われたことだった。
「うーん、それなら、美麗のSNS教えようか?」
「え、大丈夫ですかね?それ」
「元々全世界に公開してたアカウントだし、問題ないと思うよ」
そして錦は宇都宮から森川美麗SNSアカウントを教えてもらった。
詳しく見るのは後にして、今は宇都宮から話を聞くことにする。
「それで、森川さんと宇都宮さんって幼馴染なんでしたよね?」
「そうだよ、言葉を覚えるよりも前からの付き合いになるね。じゃあ、私と美麗の関係を詳しく話すね……」
宇都宮はそこから二人の思い出を一ページずつめくるように、温かく丁寧に二人の過去を語り出した。
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