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​揚げたての刹那を食らう天ぷらひとりご飯(改訂版)

(※過去の記事に加筆・改訂したものです)

 天ぷらはカウンターに座って、揚げたてを出されたら塩を軽く付けてね、少しでも早くかぶりつくのがいい。

    御膳が悪いわけじゃないけれど、あれは会話をしながら食べるもので、熱さを気にしない人向けだ。特段の理由がないのなら、誰もが熱々の揚げたてをハフハフと言わせたいじゃないか。

​ 寿司が板前の手業に客が呼吸を合わせる食事なら、天ぷらは大将と客が互いにテンポを競うようにして食べる真剣勝負なんですよ。



塩は通ぶるための道具じゃない



 天ぷらを塩で食べるのは通だとか、小洒落てるなんて誤解が今でもあるけれど、ありゃあ言いがかりだ。本物の店の美味い天ぷらをカウンターで食すなら、まずは塩で始めるのが美味しんだよ。

​ からからと小気味いい音を立てて揚がる海老を待ちながら、辛口の酒をちびりとやる。つまみはこの音と油の芳醇な匂いだけで十分だ。天ぷらは揚げたてをテンポよく食べきらなきゃいけないから、うんと腹を空かせて、万全の態勢で臨まなきゃいけないよ。引き戸を引いてね、外に流れる空気の中に感じる油の香りで先制攻撃をされているから、ここは我慢比べだ。

​ 真っさらな天紙に置かれたそれは、熱々で衣はふわりとしている。それを大将が次のタネを揚げるまでに平らげる。これが天ぷら屋の流儀。美味い店の天ぷらは、衣をべしゃりと付けないから花も開いていないし、からりとしているが、その食感は驚くほどふわりと軽い。

​ それをいきなり、つゆにどっぷり浸してしまっては、職人の心意気がもったいないじゃないですか。


​海老二尾、それぞれの表情



   まずはね、ぷりっとした海老が二尾に、からっと揚がった頭が目の前に置かれる。最初は少しだけ塩を付けてがぶりと食らいつく。一口で収まるその大きさが丁度いい。油のほんのりした甘さと海老の香ばしさ。その香ばしさを味わうためにまずは塩で食べるんだ。身が引き締まっているから、プリッとした食感と、噛むほどに海の匂いと旨味が格別に押し寄せてくる。

ちゃんとしたてんぷら屋の海老天はね、海老に仕事をして真っ直ぐにしてあるから、曲がったものより小ぶりに見える。でもね、いい加減な店だと身を押し潰すように伸ばすから、大きく見えても食感は最悪ですよ。

​ 頭はバリっとしているから、これも瞬く間に口の中で溶けてしまう。でも、この儚さがいい。最後は「ああ、また食べたいな」と後ろ髪を引かれる思いで帰ることになるんだよ。


​ 一尾を塩で堪能したら、次は抹茶塩か。いや、つゆでもいいな。せっかく二尾あるんだからね。揚げたてなら、つゆに潜らせても衣が負けることはない。皿のふちでとんとんとつゆを切って味わう。海老が衣をまとい、その衣がつゆを抱擁しているような。こちらはつゆの出汁と大根おろしのさっぱりとした調和が愉しめる。塩は素材そのものの香りを味わうものだとしたら、つゆは「料理」としての天ぷらを食べている、という心地になるんだよ。

行儀を超えた「欲張り」な愉しみ


 ちょっと行儀が悪いが、一尾の海老を塩とつゆの両方で味わうという妙案もある。海老の頭側は濃厚な旨味があるから、塩で食べるとそのコクがより一層際立つ。反対に、尻尾側は身が締まっていて甘みが強い。ここをつゆに通すと、出汁の香りが身の甘みを引き立て、ふくよかな味わいへと変化するんだ。だから、ひと口目は塩、二口目はつゆで堪能してもいいね。

​ ひと口食べてからつゆに入れるのは不作法に見えるかもしれないが、これは決して職人に嫌がられる食べ方じゃないんだよ。

​ さらに二尾あるなら、今度は塩とつゆをあべこべにしてもいいしね。まあ、そこまで凝っていると次のタネが揚がってしまうから、お任せを終えてから追加したときにでも試せばいいと思うけどね。  


​初夏の足音



    そこからはお任せで、旬の役者が次々と登場する。

​ 初夏にはアスパラガスなんて最高だね。穂先は香ばしさが立ち、根元は瑞々しさを湛えた歯ごたえがある。油の高音にさらされても、誰もが生唾を飲むほど馴染みのあるあの味は、損なわれていない。

    ナスも外せないよ。水分をたっぷり蓄えたナスは衣の食感の先で旨みと共にその水分もナスの独特な香りが溢れ出して止まらない。これはちょいとつゆにつけて食べると味が単調にならなくていいんだ。

​​ 稚鮎の姿揚げは、そのほろ苦さと淡い甘みが酒に実によく合う。あとは駿河湾の宝、桜海老のかき揚げなんてのもいい。油の香りに一歩も引かない、力強い香気がある。これもやはり、塩とつゆの両方で追いかけたい。


​油を味わい、酒を抑える


    これだけ美味いものを並べられては、酒が進むのも分かるんだけど、あまり飲んでばかりいてはいけないよ。大将とのテンポが肝要だ。職人は絶妙な間合いで揚げてくるのだから、こちらもそのリズムを崩さぬよう、呼吸を整えて待ち構えていたい。

​ それに、美味い店の天ぷらは油へのこだわりが違う。食べ進めても口に重さが残らないし、胃がもたれることもない。わざわざ酒で口を濯ぐ必要がないんだよ。だからね、カウンターでビールをガブガブと煽るのは少し無粋というものだ。油そのものが香しく、キレのある旨味を秘めているんです。

    せいぜい酒は二合までにしたいね。

​ 私が長年通っている店で、誰を連れて行っても間違いないのが新宿三丁目の「つな八」だ。新宿通りの喧騒から一本裏へ入った、あの静かな佇まいがいい。名だたる老舗でありながら価格は良心的で、カウンターに慣れていない客をも緊張させない気配りが隅々まで行き届いている。


    寿司は魚で季節を綴るけれど、天ぷらは野菜でも四季を鮮やかに映し出す。実に贅沢なことじゃないか。初夏になれば、上品な甘みを蓄えたキスも出てくる。「いよいよ夏が来るな」――そんな予感に胸を躍らせるのも、また天ぷら屋の醍醐味ですから。


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山下静希 自分の記事の価値を知りたいと思っています。 いただいたチップで一杯の美味しいコーヒーを飲ませていただきますので、応援よろしくお願いします。