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エッセイ「手紙の封」

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 最近はめっきり書くこともなくなったけどね、私が知人に手紙を書くときというのはね、その人が目の前にいるかのように、話しかける姿を思い浮かべながら書いたものだったよ。厄介なメッセージアプリのようにね、相手のリアルタイムの顔色や機嫌を伺うなんてこともしなくて良かったから、実に気楽で心地が良かった。昔の手紙、それも個人同士の手紙というものは、大抵が自分の近況を知らせるような、穏やかなものだったからね。

​ それでも、ある程度の歳になって万年筆を手にするようになるとね、もうボールペンなんか使えなくなってしまうんだよ。ボールペンだと細い文字や繊細なニュアンスがうまく出せないでしょう。万年筆のさらさらとした滑らかな書き心地もさることながら、日本語独特の「はね」や「はらい」が実に細く美しく書けるのがいいんです。

​ それに比べると、ボールペンは英語で「ボールポイントペン」と言うくらいだからね、先端に極小の金属球が埋まっているでしょう。だから線の太さを最後まで変えられないんだ。これではいささか風情に欠けるし、決まりが悪いんだ。

​ そうして丁寧に書いた便箋を、あれこれ楽しみながら吟味した封筒に納める。それから封をするときには、糊なんてものは使わなかったね。代わりに「蝋封」で留めるんだ。別に気取っているわけじゃあなくてね、そのほうが相手にとっても、どこか特別感があって嬉しいじゃないか。

​ 蝋封――今でいうシーリングスタンプというやつだね。棒状のワックスをライターの火で炙り、便箋の合わせ目にトロリと垂らす。そこに金属製のスタンプを上からそっと押し当ててね、固まるのを少し待つだけの簡単なものですよ。

 昔のことだから、そのスタンプの印にしても文具店へ足を運んでね、自分のおあつらえ向きの柄を探すわけだ。そんな手間すら、わざわざ店へ行きたくなるほど楽しかったんだよ。やはり文具というものは、自分の嗜好にピタリと嵌まる道具を探し出すことこそが醍醐味なんだね。時間と手間をかけて工夫してこそ、趣味というものは面白いんだから。

​ 今はそのスタンプもワックスも、家のどこへしまい込んでしまったかさっぱり分からないけれど、機会があれば久しぶりに探してみようかと思っている。

​ 今さら引っ張り出して何に使うのかと問われれば困ってしまうんだけどね。役所へ提出する診断書が入った封筒にでも試しに捺してみたら、さぞ意味深な文書に見えて、扱いがずいぶんと丁重になるかもしれませんよ。


​了


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山下静希 自分の記事の価値を知りたいと思っています。 いただいたチップで一杯の美味しいコーヒーを飲ませていただきますので、応援よろしくお願いします。