うつ病患者という夜光虫
かすかな明るさの変化に、ふとカーテンを見る。さっきまで白地に擬態していた模様が、ゆっくりと姿を現し始めた。外が白んできたことを知らせる「赤い封筒」を受け取ったような気分だ。
わずかばかりの静寂と心の平穏を与えてくれた夜が明け、今日もまた、病の奴隷としての一日が始まる。
※ここに記す内容は、あくまで私個人の経験に基づくものであり、医学的根拠や正規の医療的見解を示すものではありません。治療や判断にあたっては、必ず専門の医療機関の指示を優先してください。
ノイズの止む時間

重度の鬱症状を抱えるとき、人は夜行性になる。いや、ならざるを得ないと言ったほうが正しいだろう。家族が寝静まり、張り詰めていた神経がようやく休まる時間。
当時の私のような一人暮らしでも、本質は同じだ。『世間が動きを止めている時間だけが安心できた』という感覚。昼間、どれほど布団の中で身を守っても、外から聞こえる人の声や騒音は、ノイズの針となって無数に神経を刺してくる。もし同居人がいれば、その状況はさらに過酷なものだっただろう。夜だけは、そんな痛みがいくらか軽減された。
消去法で選ぶ眠れぬ夜
「睡眠薬で眠ればいい」と言う人もいるが、自分に最適な薬などそう簡単に見つかるものではない。かつては強制的に眠らせるような強力な薬も存在したが、身体的なリスクから姿を消した。それは一つの正解だと思う。しかし、眠れないまま過ごす夜もまた、キリキリと心と脳を蝕んでいく。
静寂に浸るほどに、己の欠陥や脆さに嫌気がさす妄想が浮かんでくる。前日の出来事への後悔もあれば、自分の存在価値を問うような長期的な絶望もあり、空が早朝の気配を纏うまで、そんな思考のループが続く。昼と夜、どちらが良いかという話ではない。どちらが楽かでもない。ただ、夜のほうが『いくらかマシ』という程度の、消去法的な選択なのだ。
悪循環の袋小路

当時の私の暮らしは、控え目に言っても他人には見せられない最低の有様だった。会社を退職し、貯えを切り崩しながら、遮光カーテンで外界を断絶した部屋に閉じこもる。早朝に浅い眠りにつき、昼過ぎに近所のスーパーで大量の酒とわずかな食料を買い込む。深夜までひたすら酒を煽っていたのは、酔っている間だけは心の平穏を保てたからだ。酔いが覚めるのが怖くて、また飲んでしまう。
部屋がどれほど荒れていても、気力は湧かない。早朝の情報番組が始まるのを合図に眠りにつく。生活が乱れれば鬱は悪化し、鬱が悪化すればさらに生活が乱れる。これほど明快な悪循環もなかった。
友情という名のふるい

精神状態が悪化すれば、友人との連絡も途絶えていく。最初は心配のメールが届くが、返信する気力がなければ、自然と音沙汰はなくなる。鬱は、人間関係をいとも容易く壊す病だ。
しかし、本当の友人とは、その状況を察して適切な距離を置き、最悪の時期を過ぎたあたりでふと連絡を寄越してくれるものだ。そんな数少ない友人とは、今でも良い関係が続いている。病はある種、人間関係のフィルターのような役割を果たす。ただ、少し回復して周囲を見渡したとき、繋がっている手が数えるほどしか残っていない現実は、覚悟しておかなければならない。
傷跡を、誰かの灯火に

今はこうして、ネットを通じて新たな繋がりを広げている。病の経験は、経験者同士でなければ共感を得にくいし、なかなか人生の糧にはなりにくいものだ。たとえ匿名で顔も知らなくても、共に励まし合うことは、現代社会において重要な救いとなる。
私のように「最低」だと思える過去があっても、今は前向きに生きている。この記事は、単なる経験談の披露ではない。周囲の人々に向けた「鬱のリアル」であり、今苦しんでいる誰かにとっての、何かしらのヒントになればと願っている。
了
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