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エッセイ「ところてんの洗礼」

 これまで何度も上方へ旅をしたけどね、やはり食文化の違いには毎度驚かされるんだよ。自分で焼かないでね、厨房から鉄のチリトリに乗せられて運ばれてくるお好み焼きや、紅生姜の天ぷらのあまりの美味しさに脳天を貫かれたときなんかもそうだけど、奈良の信貴山で食べた「ところてん」には、本当に恐れ入ったね。

​ 信貴山朝護孫子寺へ足を伸ばした帰りのことですよ。帰りにバス停までのそこそこの距離を残暑厳しいなか歩いていたんだけど、少しばかり標高が高いからといって涼しいわけじゃあない。身体中から汗が吹き出して参っていたところに、一軒の茶屋があるものだから、吸い寄せられるように腰を下ろしたんだ。

​ メニューを見ると、よく冷えた緑茶とところてんがあるじゃないか。体は実に正直なものでね、あのキュッとすっぱい酢醤油に黄辛子を溶かして、つるっと喉に滑り込ませる情景が頭に浮かんだ。これで一気に汗を引かせたいに決まっている。迷わず頼んだんだよ。

​ ところがね、暑気払いにうってつけじゃないかとばかりに口へ運んだら、つゆが甘いじゃないか。そりゃあないよと思いましたよ。甘い黒蜜がたっぷりとかかっているんだから。まあ、でも、地域の違いを知らなかった私が悪いんだけどね。

​ 調べてみると、ところてんの食べ方は見事に東西で分かれている。関西では黒蜜をかけて甘味として食べるのが主流で、これは京都の葛きりや和菓子文化の流れを汲んでいるようだ。対して関東を中心とする東日本で酢醤油に辛子が定番になったのは、江戸の街並みと働く町人たちの暮らしに理由があった。

​ 江戸の夏は湿気も多くて蒸し暑いからね。汗水垂らして働く職人や商人にとって、酢の酸味によるクエン酸と醤油の塩分は、とっておきの夏バテ予防食だったわけ。

​ 当時のところてん屋はね、天秤棒の両端に水槽を担いで、井戸水で冷やしたところてんを売り歩いていた。客からお声がかかると、その場で大きな塊を「天突き」と呼ばれる木型に入れ、押し棒で一気に突いて線状に押し出すんだ。にゅっと出てきた半透明の肉身に、酢醤油と辛子をさっと回しかけて手渡す。ひんやりとした井戸水の冷たさと酢醤油の酸っぱさが、疲れ切った体にしみわたる。これが、汗を流して働く江戸っ子の格好の楽しみだったんです。

​ ところてん一つとっても、東では汗をかく労働者のための塩分補給であり、西では涼を楽しむための甘味として親しまれてきた。文化の背景を知れば、なるほどと頷けるものがある。

​ 信貴山の茶屋で黒蜜のところてんを前に首をかしげた私だったけれど、冷たいお茶を飲みながら、結局最後まできれいに平らげた。郷に入れば郷に従えというけれど、これはこれで、この土地の人々を長年癒やしてきた味なんだろう。

​ ただね、次に夏の関西でところてんの文字を見かけたときは、注文する前に「つゆは酢醤油かい?」と一言確かめようと、心の中で静かに誓ったんだけどね。


​了

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山下静希 自分の記事の価値を知りたいと思っています。 いただいたチップで一杯の美味しいコーヒーを飲ませていただきますので、応援よろしくお願いします。

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