門番レイン 第十三話 村長は、無視した

第十三話 「村長は、無視した」

翌朝、レインは巡回に出ていた。


昨夜の弦が、まだ耳の奥でほどけない。

(昨日の煮込み、旨かったなあ。)

煮込みの旨味を思い出しながら歩いているうちに、畑沿いの小道に出た。


何やら見覚えがある。


ころん、といちごが一つ。もう一つ。ぽつ、ぽつ。

土が甘く匂ってくる。


レインは歩くスピードを緩めた。

ふと、手順の文字が浮かんだ。


『二、見上げるな』


レインは反射的に、首は上げずに、目だけで遠くを探った。


鳥はいないし、声もしない。


それでも、足元には赤い粒が残っている。

昨日の名残りは、地面のほうに転がっていた。


口もとがむずむずする。


(今日は食べないぞ)


レインは仕事優先で、歩を進めることにした。


しばらく歩くと、風の向こうで、かすかな声が聞こえた。

「落果、無害」

レインは足を止めて、振り向いた。


離れた畑沿いの小道の端に、村人の影が二つあった。

二人はかがんで、何かを拾い、口に運んだ。


静かな一幕だった。


朝の作業みたいに淡々としている――そう見えた。

レインは何かを言いかけたが、
――とりあえず見なかったことにした。


――


この日のレインは巡回の途中、役場に用事があり、広場へ向かう予定だった。

歩くほど、音が変わっていく。

畑の静けさが薄れ、石の上に靴音が乗ってくる。


広場にはそれなりに人がいた。


その中心だけ、空気が詰まっているみたいに、人が寄らない場所があった。



その場所に、村長が立っていた。


何度か見かけて、顔は知っている。

だが、対面で挨拶するのは――はじめてだ。

レインは近づいて、できるだけ普通に、少し張り気味の声で言った。


「おはようございます、村長さん」

村長は、動かなかった。


顔も、目線も、変わらない。

(あれ、聞こえてなかったかな。)

レインは一拍置いて、もう一度だけ言った。


「……レインです」


村長は、無視した。


第十四話 「挨拶のゆくえ」
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