門番レイン 第十四話 挨拶のゆくえ
第十四話「挨拶のゆくえ」

役場前の広場。
レインは村長に“挨拶した人”の姿勢のまま固まっていた。
レインの声が村長に聞こえていないのか、聞こえているのかが分からない無視だった。
返事がないだけじゃない。
“ここにいないみたいな無視”だ。
レインの頬が、遅れて熱くなった。
(え。いま、俺、空気になった?)
――じゃらじゃら。
背中から鍵束の音が来た。
「無視されたな」
振り向くと、午前担当の男――元・盗賊が立っていた。
目が細い。今日も笑っていない。
「……されました」
「されただけじゃない。された“まま”にした」
盗賊は村長を見たまま言った。
「まず、村長とは距離をとれ」
レインは盗賊の言うとおりにした。
盗賊の後に続いて歩き、噴水の前まで来た。
噴水の水の向こうに、役場前の村長の背中が透けて見えていた。
「十分、距離はあります」
レインは離れた場所から村長を見た。
村長は全然気にしていない。
「手順がある。三つだ」
盗賊はいつものように石を三つ置いた。
ころん。ころん。ころん。
「一、斜め後ろ三歩」
「二、叫ぶな。普通に言え」
「三、返事を待つな。声を置け」
盗賊はレインの立ち位置を指先で示した。
勝手に。自然。息をするみたいに。
「正面だけは避けろ。斜め後ろ三歩がベスト。これが安全」
「安全ってなんですか」
「無視されても死なない角度だ」
「死ぬんですか」
「社会的に」
やめてほしい。
盗賊は手順の石とは別に、噴水付近の平石を二つ拾って、地面に器用に立てた。
「ここが村長。ここがお前。距離はこれ」
指を二本立てて、石と石のあいだの空中をなぞる。
「声を置け。この距離分だけだ。広場にばらまくな」
レインは口を開けて、閉じた。
(待つなって言われても……話しかけたら待つだろ。)
盗賊は見透かすように、うなずいた。
「無視を無視のままにすると荒れる。だから、返事は取りに行くな。声を置け」
「荒れるってなんですか」
「空気が勝手に物語になる」
(……なるほど。待つと心配事になる。だから、置く。)
盗賊は歩き出した。
「門へ。午後は魔道士だ。門前で引き継ぐ」
レインはもう一度だけ村長を見た。
背中は一ミリも動かない。
自分が透明になったみたいで、息が浅くなる。
(まだ気になる。でも、置いていく。)
――門前。
風の通りが広い。
黒い外套の男が、音もなくそこに立った。
「午後の門番。魔道士である」
盗賊が言う。
「アル、引き継ぎだ。以上」
ぱしっ。
盗賊が掲示板に紙を張った音と重なるように、
レインは魔道士に言ってしまった。
「村長に無視されました」
魔道士は掲示板に目をやり、一拍置いて言った。
「応答、置きである」
「……返事を“置き”って、そんな都合よくでいいんですか?」
「都合ではない。区切るのである」
魔道士は門の柱を指で軽く叩いた。
「待てばパスが継続する。置けば、終わる」
魔道士は淡々と言った。
「声を置く。応答を置く」
一拍置いて、言い換える。
「すなわち、設置」
「唱えよ。『応答、設置』」
レインは安堵の気持ちを込めて、息を吸った。
吐き出すような声で言った。
「……応答、設置」
その瞬間。
風が、一拍だけ止まった。
空気が薄い膜になって、門前の音が一段だけ遠くなる。
「現象である。」
(置いた気分になった?)
魔道士は素のままだった。盗賊はもういない。
門の音が、いつもより高く聞こえた気がした。
ギィ。
第十五話 「笑みフライ」
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