門番レイン 第十五話 笑みフライ

第十五話 「笑みフライ」

夜。なんとか亭の食堂。レインはいつもの席にいた。

昼の引き継ぎで、胸は少しだけ軽くなっている。

それでも村長の背中だけは、まだ頭の端に残っていた。

「はいよー。牛すじカレーだよ」

湯気の匂いが、先に来る。

店主のおばさんが、皿の上を指さした。


「ほら、トッピングのエビフライよ。サービスだよ、元気だしな」



レインは小さく息を吐いた。

(ありがたい。)

スプーンを持つ手に、ちゃんと力が戻る。

ふと顔を上げる。

客の数が、じわじわ増えていた。

カレーを頼んでる客も多い。

湯気があちこちで立っている。


ポロン。

ポロン。ポロン。

弦の音が、店の空気を撫でた。


客の声が、だんだん小さくなる。

笑い声が引っ込み、椅子のきしみが止まっていく。

空気が、ひとつに寄っていく。


「きた」


レインは作法を思い出した。

手を挙げる。

胸のあたりまで。

村長に挨拶した格好だと――ふと、よぎる。


拍手の気配を聞いてから、もう一段だけ上げた。



吟遊詩人の口上が始まる。

「さぁさぁ皆さま〜!夜の門番、吟遊詩人オル」


ひと呼吸おいて、客席を見回した。


わずかな余白に、スプーンの音だけが響いた。


「本日の新曲は――『村長、無視』!」

店の音が一斉に飛んだ!


「ダッハハー!あるある!」

「ぎゃははー!経験済み!」

「ハハッハー!いつもどおり!」


「クックッ、くわぁーくわぁー」

鳥みたいに笑う人もいる。


「ヒッヒッー!」

「変な笑い声やめてくれー!」

誰かがテーブルを叩いて笑っている。


ダンッ、ダンッ、ダガシャン。


そのテーブルの皿に乗っていたエビフライが、宙にはねた。


天井に当たりそうで、当たらない。


エビフライは放物線を描いて、
レインの目の前を横切り――

別のテーブルのカレーの中に落ちた。


ぼすっ。


「あーっ、俺の……ヒッヒッ、エビフライがーっ!ヒッヒッヒー!」


他の客も、つられて笑いが重なった。



ひと回りして、ようやく落ち着いてきた。

店の空気が、少しずつ息を整えていった。


弦が、すっと止まった。


吟遊詩人が、指を一本立てる。

ふざけてるみたいで、空気だけはきちんと集まる。


「すまないねぇ。レイン、村長は挨拶疲れなんだよ。……また後日、詳しく言うよ」


客の何人かが、当たり前みたいにうなずいた。


「先輩門番たちは、言わなかったみたいだね。どうするか、知りたかったのかもね」


盗賊と魔道士の顔が浮かぶ。


盗賊の声。「こういう場合もあるだろ」

魔道士の声。「現象である」

(だろうな。)


吟遊詩人は、ふっと肩をすくめた。

「今日は出落ちだね。」


弦が、もう一度だけ鳴る。


ポロン。


吟遊詩人は一節だけ歌った。

「♪返事は追うな
 声を置け
 置いたら終わり
 〜♪ハイっ、レイン」

すっと渡されて、
レインは受け取った。

「……応答、設置」


客が、すぐ返す。

「応答、設置!」
「応答、設置〜!」

笑いと拍手が重なって、食堂があたたまる。


レインは、向かいのテーブルのカレーに落ちたエビフライを見つめて、
つい、笑っていた。


なんとか亭の店内は、湯気とスパイスの温かい匂いに満ちていた。


遠くで、門が――挨拶をするみたいに、音を立てた。

ギィ。


第十六話「村長 噴水前ボルテックス」
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