門番レイン 第二十六話 春キャベツの温かさ
※🎯第二十五話「はいよ、息子」から続くお話です。(note内リンク)
未読の方は、ひとつ前のお話からどうぞ。
第二十六話 「春キャベツの温かさ」

じゃら。
背中で、鍵束の音がした。
レインは、春キャベツの切り口を見たまま、少しだけ固まった。
後ろは、ふり向かない。
「……いまのは」
「聞こえた」
午前担当、元・盗賊の声だった。
「持ちやすいようにしとくよ、レイン」
八百屋の女主人は、春キャベツをそっと包み紙にのせた。
レインは小さくうなずき、銅貨を皿に置く。
ことり。
女主人はそれを受け取り、包み紙の端をきゅっと折った。
「はい。落とさないようにね」
「ありがとうございます」
レインは包みを受け取った。
耳の先だけ、少し紅い。
そこでようやく、盗賊のほうを振り向く。
「……ちょっと、あそこの空いてる場所に行きましょう」
少し離れたところに、店の並びが途切れた小さな空き場所があった。
人の流れも、そこだけ少し薄い。
レインは包みを両手で持ったまま、そこへ歩いた。
盗賊も、何も言わずについてきた。
「あの、あるじゃないですか。えっとですねぇ」
「皆まで言うな」
「まだ何も言ってません」
「だいたいわかる」
「……で、どうすれば」
盗賊はポケットから小枝を三本取り出した。
準備がよすぎる。
「手順だ」
「作らないでください」
盗賊は言いながら、小枝を一本ずつ、するりと地面に刺した。
(なぜ、簡単に刺さる。)
一、笑い飛ばせ。
二、スルーしろ。
三、親愛に変えろ。
盗賊は一本目を指した。
「まず、笑い飛ばせ。場が軽くなる」
「……無理です」
「だろうな。タイミングもある。次はできる」
「……次がある前提なんですね」
「スルーだ」
盗賊は二本目を指した。
「買い物なら、支払い。食堂なら、注文。用件を素早く済ませろ」
「……それなりには、できていたはずです」
「照れがある」
「ぐっ。……はい。で、次は」
「親愛に変えろ」
「なんですか、それは」
盗賊は三本目を軽く叩いた。
「後から、へこむな」
「へこみますよ」
「だが、そのままにするな。呼び間違いは、親愛の重なりだ」
「重なり」
「思い出せ」
レインは黙った。
八百屋の女主人の温かさと、母ちゃんの温かさが、胸の奥で少しだけ重なった。
「間違いだけで終えるな」
レインは腑に落ちた。
でも、気になった。
「……やっぱり、貼るんですか」
「貼る。村のためだ」
「……はい」
盗賊は、あっという間に紙へ手順を書き上げていた。
「行くぞ、プレイン。門はすぐそこだ」
「レインです」
包みを抱え直し、ついていく。
午後。
「後は頼んだぞ、アル」
すでに門の横の掲示板に、白い紙が貼られている。
(いつのまに。)
盗賊は人混みに消えた。
魔導師アルは貼り紙の前で足を止め、次にレインの包みを見た。
「キャベツか。女主人と母を、間違えたのか」
「なぜわかるんですか。キャベツまで」
魔導師は掲示板をもう一度見た。
「よきよき、押さえておる。そのままでよい」
「そうなんですか」
「呼び名は間違えた。だが、向いた先は悪くない」
「向いた先」
「二つに向いておる。女主人と、母にな」
「……言わなくていいです」
「誤称、親愛。言ってみよ」
「……誤称、親愛」
そのとき、春キャベツの包みが、ほんのり淡い黄緑を帯びた、ような気がした。
「いま、光った?」
「温かさに触れただけだ」
(……しょうもないとは、言いきれない)
レインと魔導師のあいだを、やわらかい空気が流れた。
その温かい風とともに、そばの門が鳴った。
ギィ。
第二十七話 「よう、ブラザー」
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