門番レイン 第五話 なんとか亭

第五話 「なんとか亭」

日報を書き終えたとき、盗賊はもういなかった。


さっきまで、そこにいたはずなのに。

詰め所の空気だけが、いつものように整っている。

レインは資料の記憶をたどって、仮眠室へ行った。


廊下の奥。小さな扉。中は簡素。


毛布が一枚、きっちり畳まれている。
横になると、体はすぐに落ちた。

働いてないのに。

夢はない。
ただ、睡眠だけが実行された。


――


目を覚ますと、あたりが少し暗くなっていた。

(……もう夕方か。)

腹が減っている。
その事実が、なぜか安心だった。

起き上がった、そのとき。


じゃら、じゃら。


金属がこすれる音が、扉の向こうから先に入ってきた。


「起きたか」

盗賊の声だった。


「腹、減ったか」

「はい」

「ついてこい。いくぞ」

「……あの」

言い切る前に、盗賊がかぶせた。

「なんとか亭だろ」

(なんで分かるんだよ。)

外へ出ると、門はすぐそこにある。

その少し先に、飯どころが見える。

少し大きめで、人の気配が集まっている。

看板には、そのまま書いてあった。

――なんとか亭。

晩飯どきの暗さが、道の端からゆっくり染みてきていた。
のれんをくぐる。


「おーい。来たぞー」


盗賊が言うと、奥から声が返ってきた。

「はーい」

店主のおばさんが出てきて、手を拭きながら笑った。


盗賊は、当たり前みたいに言う。


「前に言ってた三年目だ。プレイン」

「レインです」

「まあ、あなたが――」

「レインです」

すかさず、もう一回。


おばさんは一拍だけ止まって、それから頷いた。

「頑張ってね。今日はただだから、たくさん食べな」

(何を?)

疑問と感謝が同時に湧く。

「ありがとうございます」


そのとき、角のカウンターで、ぽろん、と音がした。


緑の羽根飾りの帽子。楽器を抱えて、指だけが動いている。

(……吟遊詩人っぽいよな。たぶん、そうだろ。)


緑の羽根飾りが近づいてきた。
帽子が、思ったより目立つ。

「やあ。俺はオル。吟遊詩人だ。君が三年目の――」

「レインです」

ぽろん。「プレーンか」

(ぐぬぬ。強い。)

「よろしく」

手が差し出されて、レインは反射で握った。

握手って、ここでも仕事なのか。

(で、俺は何を?)

オルは、空いている手を横に振った。


「聞いてもらうだけさ」


「それだけで……?」


「いいさ。いやならやめるさ」


「……べつに、聞くだけなら」


おばさんが奥を指した。


「さあ、あんたは奥のテーブル席で待ってな、
料理ができたら、持っていってやるよ」



「ありがとうございます」


レインが振り向いて、盗賊に声をかけようとしたときには――


もう、いなかった。

(はや!)


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