門番レイン 第一話 乗り合い馬車
第一話 「乗り合い馬車」

今日は出発の日だ。
「え、誰もいない?」
御者は前を見ながら言った。
「そうだ、たまたまだ」
馬が、ゆっくり進み始めた。
車輪が石を踏むたび、腹の底が少しだけ揺れた。
レインは膝の上で、書類をひらいた。
紙は新しい。
指先が角で切れそうだ。
詰所の匂いが、まだ残っている気がした。
『公開契約【解除自由】』
解除自由。
レインは、そこを指でなぞった。
一度なぞって、またなぞった。
解除自由。
(いつでも、やめられる。)
それが、変に落ち着かない。
落ち着かないから、もう一度見る。
また同じ文字だった。
『イントロが鳴ったら、手を挙げる=許可』
『手で拒否を表す=停止』
『人を笑うな。現象を扱え』
レインは、手を挙げてみた。
馬車の揺れで、腕が少しぶれる。
すぐ下ろしてみた。
(これが仕事か。)
いや、聞くのが仕事か。
聞くだけで飯が食えるのか。
書類をめくると、丸が付いている。
□ OFF
□ ON
ONに丸。
まるさんの丸だ。
丸がやけにきれいで、腹が立つ。
「広報のやつが仕事を取ってきたらしいぞ」
声が、勝手によみがえった。
(広報って、何を取ってくるんだ。)
仕事風景。
俺の仕事風景。
(門の前で立ってるところを?)
歌にするほど、何かあるのか。
レインは、また指でなぞった。
解除自由。
こんなに有利な契約でいいんだろうか。
有利すぎて、逆に怖い。
でも、次の行が目に入ってしまう。
『協賛:なんとか亭【ONの日のみ】 まかない一品』
まかない一品。
喉が鳴った。
恥ずかしい。
空腹が先に反応するのが、恥ずかしい。
(いや、命が大事だからな。)
まるさんの言い方まで、思い出した。
命が大事。
だから、攻められない門番。
(そんな門、あるのかよ。)
馬車は、ゆっくり坂を下る。
窓の外に、畑が流れていく。
レインは空を見た。
遠くに、鳥の群れが見えた。
のどかだなあ。
『適性:プラスA』
レインは、その文字を見て、いったん目を閉じた。
「何もない私が……」
そう言った自分の声が、まだ耳の奥に残っている。
(プラスAって、何だ。)
俺の何が、プラスなんだ。
レインは、ため息をついた。
こんなんで、いいんだろうか。
兵士三年目で、初めての門番で。
書類を畳んで、膝の上に置く。
それでも、指だけが動いてしまう。
角を、そっと押さえる。
切れそうなところを、先に守る。
馬車が、少しだけ速度を落とした。
車輪の音が変わる。
石が、細かくなる。
道が、固くなる。
レインは顔を上げた。
「着いたぜー!」
門がそこにあった。
第二話 「資料の読み込み」
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