門番レイン 第二十一話 土鍋セッション
第二十一話「土鍋セッション」

夜。
なんとか亭は、いつもより賑わっていた。
レインはもう店について、料理を待っていた。
端の席。背中が壁につく場所。
客が多い。
盗賊の言葉を、思い出す。
(……客が増えてる。ほんとに。)
亭主のおばさんが、小さな土鍋を置いた。
下には、小さな火――いずれ消える火。青く揺れている。
「今日は土鍋の炊き込み。」
「火はいじらない。ふたも開けない」
「火が消えたら蒸らし。合図まで待って」
土鍋は火にかかっている。
ふたの縁から細い湯気。小さく鳴る。
ことこと。
(……待つだけ。)
レインは席に座り、聞く側の顔をしていた。
笑い声。器の音。
そこに、土鍋のことことが混ざる。
ことこと。
ことこと。
そのリズムが、なぜか耳に残った。
気づくと、喉がそれに合わせて動いていた。
ふふ、ふーん。
最初は小さかった。
鼻の奥だけで鳴って、外に出ないはずの音だった。
炊き込みの匂いが先に来る。
腹のほうがほどけて、喉が軽くなる。
ふふ、ふーん。
レインは目をつむった。
聞いて、音を追うだけのつもりで。
思ったより声が出ていた。
ふふ、ふーん。
それを、向かいの客がすぐ追う。
ふふ、ふーん。
別の席も重ねる。
ふふ、ふーん。
気づけば、同じ間が店に増えていた。
こちらを、うかがっていた。
レインは目を開けた。
客の目が集まる。
(しまった!)
レインの顔は、ほんのり赤くなる。
その上に、弦の音が重なった。
レインのハミングに、弦が寄り添う。
ポロン、ポロン。
吟遊詩人、オルが笑っている。
客の手が、同じところで叩かれた。
拍手が揃う。
もう起きている。止められない。
止まらない。
レインは観念して、手を挙げた。
(しょうがない。)
拍手もハミングも、同じ間に寄ってくる。
弦も揃う。
レインの喉が、途中から同じ旋律へ戻りそうになる。
(まずい、まずい、まずい!)
昼の紙が頭に浮かぶ。
――止めるな。
(『区切り』の言葉を言うタイミングがない。)
言った瞬間、そこだけが目立つ。
(……詰んでしまう。)
その時。
ポロロロン。
オルが拍をずらした。
わざとだ。
音の空間が、一度切れる。
余韻だけ。全員の息が、次を待つ。
レインの喉が戻る前に、その“余韻”が割り込んだ。
息が通る。
ポロロン。
オルが、ずれた拍を新しい拍にしてしまう。
手拍子が一瞬迷って――ずれる。
ずれた拍が、そのまま新しい拍になる。
レインの旋律も、戻りかけたところで切り替わった。
ふふ、ふふーん。
音の流れは、戻らない。変わる。
オルは、その旋律の上に言葉を落とし続ける。
♪「村の楽しみー」
♪「喉に乗るー」
♪「ずらしてー 止まるなー」
♪「拍を足せー」
客が拾って返す。声が増える。
レインはハミングだけを渡し続ける。
オルが歌をつける。
客がそれに乗る。
セッションだ。
オルが言った。
「旋律、共鳴」
客が、反射で返す。
「旋律、共鳴」
ふふ、ふーん。
その瞬間、店の中は、笑いと拍手に包まれた。
「はい!お待ちー!」
知らぬ間に、隣に立っていた亭主のおばさんが、微笑みながら土鍋の蓋をひらいた。
しゅわっ、と湯気が噴いて、視界が白いもやに染まる。
鼻の奥に、醤油とだしの匂い。具の甘い匂い。
もやの向こうで、米がつやつや光っている。
炊き込み御飯は、ちゃんと炊けていた。
レインは、白いもやがまだ残る中、微笑みながら手を合わせた。
「いただきます」
――と共に、遠くで門も鳴った。
ギィ。
第二十二話 「ないがある」
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