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毎回、最期だと思えば



皆様こんにちは🌸ゆとぎです😊

今日もここに来てくださり、
本当にありがとうございます🩷(u_u*)✨


いつも幸せです💓💓( ´ ▽ ` *)✨✨


今日は、

「いつが最後になるか分からないこと」

について考えた時のお話です🌸





お迎えに来てもらえること


私は小学生の頃、

学童へ母がお迎えに来てくれることを、
毎日、奇跡のように感じていました。

母が病気になっていたら。

途中で事故に遭っていたら。

今日は、
来られないかもしれない。

そんなことを考えながら待ち、

母の姿を見つけると、
心からほっとしていたのを覚えています。





娘も同じだった


長女が時々、

「どうしてみんな、死んじゃうかもしれないのに平気なの?」

と言います。


その気持ちが、
とてもよく分かります。

誰にでも明日が来るように見えるけれど、

本当は、誰にも約束されていません。

でも娘には、

「だからこそ、みんな今ある時間を生きているんだよ」

と伝えています。



終わりがあるかもしれないから、
ずっと怯えて過ごすのではなく、

今会えていることを、
精一杯喜ぶために。






いつが最後か分からないから


以前、私は、

終末期の患者様が多い病棟で
管理栄養士をしていました。

今日お話しできても、

次に伺った時には、
もう会えないかもしれない。


だから、

できる限り頻繁に
患者様のお顔を見に行くようにしていました。


「また今度」で終わらせず、

今日伝えられることは、
今日伝えたかったんです。





終末期だけではなくて


でも考えたら、

いつが最後か分からないのは、
終末期の方だけではないんですよね。


朝交わした「いってらっしゃい」が。

何気なくした会話が。

一緒に食べたご飯が。

最後になる可能性は、
誰にでもあります。


それは怖いことでもあるけれど、

同時に、

今という時間を大切にする理由にも
なる
のだと思います。





最後でもいい時間を


毎回を、

本当に最後だと思っていたら、
疲れてしまうかもしれません。

だから、

完璧に過ごさなくてもいい。

喧嘩をする日も。

余裕がない日も。

何もできない日もあります。


それでも、

大切な人と別れる時には顔を見て、

伝えたい言葉は、
できるだけ伝えておく。



今日が最後になったとしても、

「大切に思っていたことは、きっと伝わっている」

そう思える時間を
重ねていきたいのです。






おわりに


いつが最後になるかは、
誰にも分かりません。

だからこそ

最後を怖がり続けるのではなく、


今会えていることを喜びたい。


毎回が最期になってもいいくらい、


目の前の人と、
目の前の時間を大切にしたい。


そうやって過ごせたなら、

別れを怖がらなくなるわけではなくても、

残る後悔は、
少しだけ少なくなるのかもしれません
🌸


今日も会えたこと。

今日も言葉を交わせたこと。

その一つ一つを奇跡のように受け取りながら、
今を生きていきたいと思います🌸


本日も最後まで読んでくださり、
本当にありがとうございました🌸m(_ _)m

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