誰も見ていない時こそ、丁寧で在れるように
皆様こんにちは🌸ゆとぎです😊
今日もここに来てくださり、
本当にありがとうございます🩷(u_u*)✨
皆様、、大好きですっ❤️❤️( ´ ▽ ` *)✨✨
今日は、
「誰も見ていない時」
について考えたお話です。
倒れた自転車
私は毎日、
自転車で通勤しています。
風が強かった翌朝は、
駐輪場の自転車が何台も倒れていることがあります。
通路をふさいでいるものもあれば、
ただ横になっているだけのものも。
多分、そのまま通ることもできますが、
私は時間の許す限り
一台ずつ起こしています。
陰徳
ある日、
そんなことをしていると、
通りかかった掃除のおじちゃんが
一緒に自転車を起こしてくださいました。
そして、
「陰徳だね。」
と声をかけてくださったんです。
「陰徳」
という言葉を、
私はその時初めて知りましたが、
「人知れず、
良いことを積み重ねること。」で、
徳の積み方の一つなのだそうです🌸
誰かのため…だけじゃなくて
でも、
私には「陰徳」という素晴らしい言葉は
あんまりピンとこなくて。
私は誰かに褒められたいわけでもないし、
「ありがとう。」
と言ってほしいわけでもないんです。
むしろ気を遣わせなくないから
誰にも見られたくない。
ただ、
倒れたままなのが気になるし、
自転車可哀想だなって思うから。
だから
起こしてるだけなんです。
誰も見ていなくても
誰も見てなくても
赤信号では止まりたいし。
誰も見てなくてもゴミは分別したい。
さらに言うと、
缶とペットボトルが
同じ場所に落ちるゴミ箱だと分かっていても、
入り口が分かれてたら分別して捨てたい。
全部小さなことだけど、
そんな一つ一つが、
「自分はどう在りたいのか。」
を教えてくれている気がします。
誰も見てない時こそ丁寧に
人は、
人前では無意識に、
良い自分を見せようと頑張るんだと思います。
だから、
誰も見ていない時こそ、
丁寧でありたいなと思うんです。
その積み重ねが、
誰かに見せる自分ではなく、
本当の自分をつくっていくのだと思うのです。
自分が見る自分だから
多分、
誰も見ていない時にする行動こそ、
その人らしさが表れるのでしょう。
だから、
誰も見ていない時の自分は、
自分に見せる自分として。
自分が好きでいられるような
自分の生き方をしたい。
そんなふうに思うんです。
おわりに
誰かに褒められるためではなく、
誰かに評価されるためでもなく、
自分がそう在りたいから。
誰かが見ているから丁寧にするのもいいけれど、
どんな時も
一番近くで、自分が見ているから。
在りたい自分で居ようとする
自分が誇らしく思えるように、
今日も一つ一つを、
丁寧に積み重ねていきたいと思います🌸
本日も最後まで読んでくださり、
本当にありがとうございました🌸m(_ _)m✨
