怪しすぎる引き寄せの法則
その本は、あまりに怪しかった。
二十代のはじめ。「引き寄せの法則」と書かれた本と書店で目が合い、どうしても無視できずに手に取った。通勤電車のなか、周囲に見られないようにしてページを開いた。
……怪しい。怪しすぎる。
それは、見えないスピリチュアルガイドと交信できるようになった夫妻による、しあわせな人生の攻略本。「チャネリング」だの「ソースエネルギー」だの、いかにもな用語が躍っている。うむ、非常に怪しい。しかし、ページをめくる手がとまらない。書いてあることが、やけに腑に落ちるのだ。
「自分の感情を大切にし、よい気分でいることが、人生を好転させる一番の近道」……だと?
親や先生の顔色をうかがい、他人の期待に応えることに必死だった私にとって、それは思いもよらない新発想。その上、瞑想の重要性についても説かれていた。望む未来を早く手に入れるためには、瞑想が一番の近道なのだという。それを続けると、見えない存在との交信が始まり、鼻や手が勝手に文字を書きはじめる(!)なんてこともあるらしい。
高次元のガイドとつながるなんて、冷静に考えればファンタジーだ。瞑想ひとつで簡単にガイドと繋がれるのなら、巷には「高次元からの助言で株当てました!」という成金が溢れかえっているはずだ。
けれど、私はチャンスを逃さない女である。
念のため、実験だけはしておこう。その夜、私はお風呂で清めた身を布団の上に鎮座させた。万が一、見えない存在が「もしもし……」と話しかけてきたときに、慌てふためきアドバイスを聞き逃したら一生の不覚。枕元に新品のノートとペンを配備した。
どうすれば大金を引き寄せられます?次回の宝くじの当選番号は?人はなぜ生きてるの?有名人と友達になるには?最低でもこの辺りは押さえておきたい。本では十五分の瞑想が推奨されていたが、私はタイマーを三十分にセットし、静かに目を閉じた。
さぁ来い、スッピリチュアルガイドよ!
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しかし、降りてきたのは高次元の啓示ではなく、雑念の濁流だった。
昨日の書類、あの言い回しはマズかったかな。お風呂の追いだき消したっけ?そういえば、冷蔵庫の豆腐、今日までだった気がする。今日のランチのカルボナーラセット、絶対千キロカロリー超えてたよね。明日の会議いやだな。っていうか、さっきから鼻の頭が猛烈に痒い。かきたい。でも動けば交信が途絶えちゃうかも……いや、そもそもまだ繋がってないけど。なんか私、瞑想に向いていないみたいだわ。もう寝ようかな……。
そう諦めかけた、開始二十分すぎ。その瞬間が訪れた。煩悩に追い回されていた意識が、すぽんっと頭上へ突き抜けた気がした。頭の中がふわふわしているけれど、意識はハッキリとしていて、体の力は抜けている。
なんだこれ……めちゃくちゃ心地いい。胸のあたりからじんわりと痺れるような温かさが広がり、それが肩へ、指先へと伝っていく。まるで、脳の芯まで極上の源泉かけ流し温泉に浸かっているようだ。どこまでが私で、どこからが布団の感触なのか……。闇の中にぽっかりと浮いていた。
ピピピッ、と三十分のタイマーが鳴った。高次元のガイドは降臨せず、ノートは真っ白のままだ。けれど、胸の奥にあった重みはいつの間にか薄れていて、そのまま眠りについた。
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あの心地よい静寂を、もう一度味わいたい……!それから毎晩、寝る前の三十分、布団の上で座禅を組むようになった。毎回あの境地にたどり着けるわけではなかったが、それがかえって私を夢中にさせた。
もちろん、このことは誰にも言えなかった。職場のランチタイムに「最近、高次元のスッピリチュアルガイドと交信を試みてまして。脳がとろける感覚が最高なんですよねェ〜」なんて口走ろうものなら、明日からどんな目で見られるか分かったものではない。
当時の私は、新卒で入った金融機関に馴染めずにいた。満員電車に揺られ、決まった時間に出勤し、決まった手順で書類をさばく。上司の顔色を読み、その日の空気に合わせて自分を殺す。同じ部署の女性十人での強制ランチでは、早く行って食堂の席取りをするように言われていた。
入社して数ヶ月もすると、頭の中は仕事の段取りと職場の人間関係で埋め尽くされた。疲れていても、その日の出来事がリフレインして眠れない。胡散臭いと思いながら始めた瞑想だったが、あの三十分だけが、すり減っていく自分をかろうじてつなぎとめていた。
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瞑想を始めて一年半が経った頃、転機は立て続けにやってきた。四年付き合った彼と別れ、そのわずか一ヶ月半後に、今の夫と出会った。
覚えているのは、別れて間もないある夜のこと。瞑想を終えて目を開けた瞬間、近々出会う人と結婚するという確信が、ふっと湧いた。根拠はゼロ。だが、本当に出会ってしまった。確信の通りトントン拍子に結婚が決まり、引っ越した先では、やってみたかった仕事にも就けた。
瞑想の恩恵なのか、ただの偶然なのか。それは今もわからない。高次元からのメッセージは相変わらず届かなかったけれど、直感だけが、やけに鋭くなっていた。
しかし、子どもが生まれると、そんな習慣は記憶の隅へと追いやられた。二人育児の日々。子どもの癇癪、お漏らしの片付け、皿ごとひっくり返される離乳食。幸せなはずの光景は、なぜか次第に逃げ場のない檻のように感じられた。鏡を見るたび、自分の顔が別人のように険しくなっていく。
このままではいけない。すがる思いで、数年ぶりに布団の上で目を閉じた。脳内源泉かけ流し温泉よ、どうかもう一度……!集中しますんで!
だが、焦るほど脳内はかえって騒がしくなった。雑念をただ放置したとき、ようやくあの心地よい静寂がふわっと戻ってきた。以前のような劇的な変化はない。けれど、イライラの渦には飲み込まれにくくなった。
相変わらず、期待していたようなメッセージは届かない。でも、自分の感覚や勘はわりと当てになる、と知った。
🌠
先日、腰を痛め、整形外科にお世話になった。リハビリ担当の理学療法士さんは、私の動きを見るなり目を丸くした。
「普通、この動かし方を覚えるだけで一ヶ月くらいかかるんですけど……」
体のどこをどう動かせばいいか、最初の説明で感覚がつかめてしまったらしかった。
「アスリート並みの身体感覚だと思いますよ。何かされてますか?」
お世辞かもしれない。
けれど、なぜかすとんと腑に落ちた。体の内側に意識を向ける感覚が、私には最初からあったのだ。それはなぜだろう。
……そういえば。
小学三年生の夏、私は四畳半の和室で、毎日じっと目を閉じていた。
「時間あてゲーム」と名付けていたそれは、目をつむって座ったまま、設定した時間ちょうどに目を開けるという、それだけの遊びだった。十秒から始めて、最後には三十分を、数秒の誤差で当てられるようになっていた。三十分を初めて当てた日、私は興奮して祖母に報告した。
「私、時間を当てられるんだよ!」
返ってきたのは「ふうん」だった。それからは、誰にも言わなくなった。
当時、アニメ『ドラゴンボールZ』の孫悟空に憧れていた私は、四畳半の部屋を「精神と時の部屋」という修行部屋に見立て、毎日戦闘練習と座禅に励んでいたのだ。
ふすまを閉め、時計を目の前に置く。静寂のなか目を閉じ、時間の流れだけに全神経を集中させる。呼吸がだんだんと深くゆっくりになり、空気の中に自分の輪郭がほどけていく……。
あっ、あの感覚……!
毎晩布団の上で悶々と目を閉じていた二十代の私と、暇すぎる四畳半でひとり目を閉じていた九歳の私が、頭の中でばちんと重なった。
私、九歳から瞑想してたじゃないか。
高次元の存在と繋がろうとしていた私より、ずっと純粋で、そして本格的に、怪しい。
あれほど引き寄せの法則や瞑想を「胡散臭い」と警戒していた私が、実はその道のベテランだったなんて。しかも、九歳から。
「ふっふっふ……実は九歳の頃から、精神と時の部屋で修行を積んでおりましてねぇ……」そんな答えが喉元まで出かかったけれど、ぐっとこらえて「いえ、特には……」と、いかにも修行とは無縁そうな顔で微笑んだ。人から怪しいと思われるのは、やはりまっぴらごめんなのだ。
でも、その帰り道。少しだけうれしかった。九歳のときに話すのをやめたあの修行に、三十年越しで気づいてくれた人がいた。
九歳にして精神と時の部屋で宇宙の真理(?)に触れ、二十代で脳内源泉かけ流し温泉を掘り当てた、瞑想歴三十年の大ベテラン。
その修行の成果が、アラフォーになって、腰痛のリハビリが人よりちょっと上手いという、こんなにも地味な形で結実するとは……。
孫悟空は地球を救い、私は腰を救ったのだ。
