【骨髄移植ドナーになった話】文章の中で出会った25歳の青年が私に遺したもの
いつだろう。いつ、彼に出会ったのだろう。
正確な時期は忘れてしまった。
とにかく私は文章の中で彼に出会って、その決断に、意思に、苦悩に、感性に感化されたのだろう。気づいたら、大学生になってから通うようになった献血会場で、骨髄移植のドナー登録をしていた。
そして26歳になった今年、突然通知が届いた。
【日本骨髄バンクからのお知らせ】
あなたと患者さんのHLA型が一致し、ドナー候補者に選ばれました。
選択を迷うことはなかった。
彼、洋二郎さんの意志が、私の中で生き続けていたから。
『犠牲(サクリファイス)わが息子・脳死の11日』柳田邦男 著
ジャーナリストである柳田邦男氏が記した本書では、その次男・洋二郎さんが25歳で自ら死を選ぶまでの心の葛藤の経緯と、その後に邦男氏家族が直面した脳死状態の洋二郎さんと過ごした日々が綴られている。
私は大学生の頃、実存的な問いばかりを自らにも世界に対しても投げかけていたから、その興味のベクトルは常に「生」とか「死」とかという概念に向けられていた。(暗い人間だということは大いに自覚していたので、何とか世間一般から離れていかないように取り繕ってはいた)
大学の授業を受けるにも、映画を観るにも、本を読むにも、人の生死を巡るテーマにばかり目が行くようになり、それ以外の生きる上で役に立つであろう実践的な知識は全く頭に取り込もうとしなかった。それを知ったことで何になるのだろうと、本気で思っていた。
この本に出会ったのは、そんな時だった。
著者の柳田邦男氏は、この『犠牲(サクリファイス)わが息子・脳死の11日』において、25歳の若さで自死を選んだ息子の洋二郎さんが脳死状態になった11日間の経過を綴っている。
かけがえのない息子が死に向かっていくという現実をプロセスしていくのは容易ではない。だからこそ、もはや言葉で語ることはないが、それでもなお温かさを保って全身で語りかけてくる洋二郎さんの身体との「対話」の時間に、柳田氏はかけがえのなさを見出した。そして、脳死患者とその家族が直面し得る、臓器移植の冷たい要請に警鐘を鳴らした。
なぜなら、死にゆく者の命も、臓器移植を待つ者の命も、等価であるはずなのに、脳死・臓器移植論のなかでは、死にゆく者の命=患者・家族全体を包む精神的ないのちのかけがえのない大切さに対しては、臓器移植を待つ者の命の千分の一の顧慮も払われていないからだ。
犠牲(サクリファイス)―わが息子・脳死の11日
さて、では何故本書を読んで、私が骨髄移植のドナー登録に至ったかというと、それは本書のタイトルにも関係しているが、洋二郎さんが遺した意志に共鳴したからだ。
白血病患者は骨髄細胞が病気になって正常な血液を作れなくなっているので、病気の骨髄細胞を放射線で死滅させ、代わりに白血球の血液型の合う他人から正常な骨髄の一部をもらって移植するのである。骨髄提供者は入院して全身麻酔をかけらえた上で、骨盤に注射針を刺されて骨髄を抜き取られるのだが、何日間か痛みが残ることが多く、一万人に一人くらいの確率で麻酔事故が起こる可能性もある。しかし、洋二郎はそのリスクを喜んで背負いたいと言って、骨髄ドナーの登録をしたのだった。
犠牲(サクリファイス)―わが息子・脳死の11日
洋二郎さんは、対人恐怖・対人緊張が強く、社会に上手く溶け込んでいけない自分自身に対して「誰の役にも立てず、誰からも必要とされない」とひどく悩んでいた。
そんな彼が骨髄移植のドナー登録をしたのは、本書のタイトルにもなっているが、『サクリファイス(犠牲)』という旧ソ連の亡命映画監督・アンドレイ・タルコフスキーの映画作品がきっかけだった。
こちらの作品の詳細には言及しないが、洋二郎さんは、この作品の「われわれが一日一日を平穏に過ごしていられるのは、この広い空の下のどこかで名も知れぬ人間が密に自己犠牲を捧げているのではないか」というコンセプトに共鳴し、その意志表明の一つの方法として、骨髄移植のドナー登録を選択したのだ。
言葉を話せなかった少年が再び言葉を話せるようになるまでの1日。少年の父である主人公アレクサンデルは生命の樹を植える誕生日に、核戦争勃発の声をテレビで聞き、自らの狂気を賭けて、信じていなかった神と対決し、愛する人々を救うために自らを犠牲にささげるサクリファィス(犠牲、献身)を実行する──。
https://www.imageforum.co.jp/tarkovsky/scrfc.html
柳田氏は洋二郎さんが脳死状態となった11日の間に、彼の意志を思い出し、骨髄移植の可能性を医師に打診した。そして、骨髄移植のドナーの適合はなかったが、その遺された意志を尊重して腎移植のドナーとなることを、家族として承諾したのである。
繊細で感性の豊かな青年が生きた25年は、辛く苦しく短いものだったと捉えることもできるかもしれない。
だが、私は本書の中で出会った彼の言葉の数々に、感受性に、そして遺志に深く共鳴したのだ。そういう意味で、彼のいのちは有限ではなくなり、私の中や同じように彼の言葉に出会った人々の中に小さくない変化をもたらしているのだろう。
彼の遺稿にこのような言葉がある。
・・・理屈を越えて、死は抹消されないという。そして、さらにその死は有意義なものとなって価値を帯びる。生命の連続性において、いかなる死もそれに関与し、貢献したのだ。自分の現在の生は、数限りなき名もなき兵士の犠牲の上に成り立っている・・・
突然、本棚の左上段に十年間保存していたカブトムシの遺骸をみて、ぼくは、今だと何かを悟った。つまり、indestructibilityを、この瞬間確信した。その存在の破壊し得ないことを確信した・・・
犠牲(サクリファイス)―わが息子・脳死の11日
私自身、自分の実存に苦しんだ時代、自分が生まれる前に既にこの世からは旅立っていた青年と文章の中で出会い、突き動かされ、そして気づいたら洋二郎さんが生きた歳を超えていた今、骨髄移植のドナーになった。
今回の決断の裏に、このような想いがあることを正確にはなかなか表明する機会がなかった。
家族が色々な病気で苦しんできた様子を側で見て、健康な自分が何かしら力になれたらという気持ちがあったというのも、確かに動機の一つだし、それで十分私の行動の説明は足りていた。
ただ、私の中では、洋二郎さんとの出会いが今の自分の行動をもたらした確かな理由だし、彼は私の意志の中に、そして旅立っていった私の細胞たちの中に生きている。
いつか、私も役目を終えてこの世を去る時には、あなたと何かを語り合えたらいいな。私も精神状態が悪いとドアーズを流すから、あなたと少しは似ているだろうか。
