【紅葉の奈良・吉野】蔵王大権現との対話が開いた扉|御開帳参拝で気づいた魂の変化と内なる導き
@Rico です。
昨日の記事、吉野・金峯山寺御開帳情報からの振り返り巡礼記事となります。
まず、シリーズ1回目は「秋の紅葉タイミング」での参拝です。
この季節、春ほど人も多くなく、また、吉野の力強さを感じる季節でもあります。(暑くないので、徒歩移動も快適!)
※秋のご開帳の時に巡礼した場所は、以下の通り
✔️ 金峯山寺(朝拝)
✔️ 吉野水分神社
✔️ 役行者像
✔️ 牛頭天王社跡
✔️ 閼伽井不動明王
✔️ 修行門
✔️ 金峯神社
✔️ 高城山展望台
✔️ 桜本坊(特別拝観)〜諸堂
✔️ 勝手神社
✔️ 吉水神社
✔️ 金峯山寺(ご開帳・発露の間)〜諸堂
✔️ 脳天大神 龍王院〜諸堂
✔️ 金峯山寺(閉堂の法要)
導かれるように吉野へ|夢に現れた青の蔵王権現
出雲から奈良へ
吉野への旅は、出雲からの移動後からはじまりました。
そして思い返してみれば、この吉野へ誘われるキッカケとなったのは、参拝前年に夢に出てきた「青の蔵王権現さま」でしたね。
究極の後押しになったのが、秘仏本尊特別ご開帳期間の夜間特別拝観のお知らせを目にしたことで、宿を探しているときに、宿の方から連絡がありました。
「そのチケット、今日一枚キャンセルが出たので、良ければとっておきますよ」
出雲からの帰り時間ギリギリで間に合うか間に合わないか、という開始時刻でした。しかし、予約をしないという選択肢は頭にはなく、間に合わなかったら、またそのときに考えればいい。そう思って手配の準備をしたのです。
朝拝という奇跡的なご縁
結論から言うと、夜間拝観には間に合いませんでした。
しかし、夜間拝観の人がほぼほぼ参加するという蔵王堂の朝拝のチケットを、代わりに予約することができたのです。あの朝一番の空気のなか、青の蔵王権現さまとゆっくりとお会いすることができました。
個人的には、この朝拝がめっちゃ良かったのです。
お唱えする準備もいつも以上に万端で向かったのですが、宿のバスが到着して、感激しながらたくさん写真を撮っていたら出遅れてしまい。。。
お堂のなかは8割ぐらい埋まっていました。これはアカン、と思いながらもグイグイ進んでいくと、なんと中央に一席だけ空きを発見したのです。よって、結果的には、とても良い場所でお参りすることができたのです。

梵鐘が響く朝の祈り
いよいよ、朝拝がはじまります。
梵鐘がゴォーーーンと堂内を包み込むように鳴り響いていきます。数珠の準備をして手を合わせました。
この体験は、実際に足を運んで体感していただきたいものです。言葉では伝えきれない堂内の静寂を伴う震えと祈りの波動を感じます。
金峰山寺・導きの稲荷社|後醍醐天皇が辿った道
迷いを照らす三つのともし火
金峯山寺の正面に到着すると、右に見える「後醍醐天皇導稲荷大神」という碑が気になりました。まず、ご挨拶させていただきます。
なにやら、普通の稲荷社とは違う雰囲気があります。

案内板を読むと、興味深い歴史が刻まれていました。
1333年、鎌倉幕府を滅ぼして建武の新政を開始した後醍醐天皇は、足利尊氏と対立します。1336年、花山院に幽閉されていた後醍醐天皇は密に脱出して吉野に行幸しました。
吉野へ向かう道に迷った後醍醐天皇は、ある稲荷社の前でこう詠みました。
「むば玉の暗き闇路に迷うなり 我にかさなむ三つのともし火」
すると、まとまった紅い雲が現れて吉野への道を照らしてくれたのだという。その稲荷社を勧請したのが導きの稲荷社です。
案内板には「人びとに心の迷いがあるとき、この神にお祈りするとおのずから道が開けるという言い伝えがあります」とあります。
吉野水分神社|親子神の慈しみと霧雨の祝福
大峯奥駈道という修行の道
お宿の方のご好意で、吉野水分神社の近くまで車で送っていただきました。
降りた先には、「大峯奥駈道」と刻まれた石碑がありました。これは世界文化遺産の紀伊山地の霊場と参詣道に含まれる道です。奈良の吉野山と熊野三山を結ぶ、修験道の修行場として開かれた道で、熊野古道の中で最も険しいルートとされています。
大峯奥駈道は、修験道の開祖・役の行者によって開かれた1300年の伝統をもつ山岳信仰の聖なる道なのです。

七十二靡に位置する子守宮
吉野水分神社は、この七十二靡に位置します。別称を子守宮といいます。
入り口に立った瞬間に感じる雰囲気が素晴らしく、到着して一番の参拝先にしたのは正解だと、瞬間に感じて勝手にうれしくなりました。
御祭神
正殿:天之水分大神
右殿:天萬栲幡千幡比賣命・玉依姫命・瓊々杵尊
左殿:高皇産霊神・少彦名命・御子神
この右殿、左殿には親子神という関係をみることができます。
楼門は重要文化財に指定されています。入った瞬間に目に飛び込んでくる景色は、とても慈しみ深い感じがしました。この場に来させていただけたことに、自然と「ありがとうございます」の言葉が漏れ出てきます。

豊臣秀吉と本居宣長のご縁
神社略記によれば、豊臣秀吉もこの神に祈願して秀頼を設けたとあります。その縁によりて慶長年中、建部内匠頭光重を奉公として建築再建に当たらしめたものです。
また、国学者として有名な本居宣長翁も、翁の父母がこの神に祈請をこめし霊験により生まれたという事が、和歌に残されています。

あたたかな霧雨という祝福
本殿へと進みます。中央に配される中庭が、自然のなかにある佇まいに不思議と目を惹く美しさを備えています。
この日は曇りの天気で、午前中は雨は降らずにお参りできるだろうと思っていました。
ところが、本殿前で祝詞をお唱えしようと正面に立たせていただいたときに、急にビューーーンと風が勢いよく吹いてきて、さらにサラサラと霧雨が降ってきたのです。
その雨が、ふんわりと、なぜか気温は寒いのに、あたたかな感じがしました。柔らかな霧雨と風に包まれて、本当に安心するひとときを身体に受けることができたのです。

あとから、振り返ってみれば、このあたたかく柔らかな霧雨は、御祭神に現された親子神の愛のようなものだったのかもしれません。
親が子を想う気持ち。ご先祖さまが子孫を慈しみ大事に想う気持ち。人と自然がかつて融合してお互いを想い合いながら暮らしていた安心で安らげる場所を感じられる感謝の気持ち。
そんなあったかな心を身体に受けて教えていただいたような気がします。
不思議なことに、本殿お参りのあとに、霧雨はスッと止んだのです。

閼伽井不動明王との出会い|感動に震える瞬間
奥千本への山道
吉野水分神社から、より山奥のほう、いわゆる奥千本といわれるエリアへ向かいます。
すぐのところにいらっしゃるのが、役行者像です。これから奥千本方面へお参りさせていただきます、とご挨拶。高野山女人堂で教えていただき、お堂の方と一緒にお唱えしたご真言をここでもお唱えしました。


紅葉のグラデーションも弾んでいます。牛頭天王社跡を通り過ぎ、さらに先に進んでいくと、お不動さまが見えてきました。

唯一事前にチェックしていた場所
閼伽井不動明王です。
唯一、今回の吉野ねえさんぽで金峯山寺以外で事前にチェックしていたのが、こちらのお不動さまでした。

もう、かなりの感動です。おそるおそる一歩一歩、近くにいかせていただき、準備をしてからお唱えします。
完全にフルフルで懸命にお祈りをするのですが、ただただこちらにお参りにこれたことに感謝しかなく、ひと息ついてから、いろいろのことをお伝えさせていただきます。
なんや、なんや、と分からぬままにたくさんの想いが溢れ出てきて、自分でも不思議なくらいでした。
一体、何度お礼をしたのでしょうか。
最後に、これからお山の方に行けるとこまでうかがわせていただきます、とひとことお伝えしてから出発です。

金峯神社と高城山|お告げのような七色の虹
変化変容を表す金山彦命
修行門を通って、さらに奥へ進みます。地味に登り坂で、結構な距離をハァハァしながら先に進みます。

この自然の景観に思いっきり深呼吸。
しばらくすると、金峯神社が見えてきました。御祭神は金山彦命です。
「金峯というのは、金の御岳(かねのみたけ)とも呼ばれ、吉野山から大峯山へかけての総称とされています。
蔵王権現を祀る神社は、明治の神仏分離で御嶽神社・金峰神社(金峯神社)・蔵王神社などと改称されました。
興味深かったのが、イザナギ、イザナミから「生める」という表現ではなく「成れる」として物から成ったとされる説があるということです。
つまりは、鉱石が火の力によって金属になることの表現とする説があるのです。
変化変容を表すような感じがして、とても興味深いのです。

展望台へのお告げ
御朱印を書いてくださった方に、この先に向かう行き方をうかがいます。すると、紅葉を見にきたのだと思われたようで、西行庵のあたりはまだ赤くないのではないか、とおっしゃいます。
そこに地図があるけど、ちょっと聞いたるわ、とちょうど西行庵から戻ってこられた方に紅葉の様子を確認してくださいました。
高城山の展望台とか、花矢倉のあたりのほうがキレイちがうんかな、といろいろ教えてくださいます。ちょうど雨のあとやからぬかるんでて登るのは大変ちゃうかなぁ、と。
まだ、金峯山寺にもゆっくりお参りしてないし、ほかにもうかがいたいところはあるし、この地図をみるとだいぶ歩くし時間がかかります。この時点で10時15分。
ここで、山道奥まで行って修行はしなくていいやんね、と。そんな流れで西行庵は取り止め。

その金峯神社の方(?)が推しで言っていたのが高城山展望台です。こっちから行くとしたら上っていったらいいとか、下りる場所は先にあるとか、めっちゃコト細かに教えてくださいます。
これって絶対にこの展望台に行け、ってお告げみたいなもんだよね、と捉えたのです。

過去最大級の七色の虹
来た道を戻って、高城山展望台へ向かいます。
素晴らしい紅葉が目の前に広がっています。本当に息を呑むぐらい・・・。お告げの通り、一番紅葉が見事だったのです。
苔ちゃんとのコラボも素晴らしい。


いろんな方々のおかげさまです。
そんな想いといつもお世話になっている方へ向けて、
ハートを作ってみました!

やっとこ、展望台のうえまで到着しました。高城山702m。もちろん、だぁれもいません。
せっかくやから休憩がてら、展望台方面から景色を拝見すると...。
え。ええええ。
まさか、まさかの虹が出ているのです。

しかも、ずっと見ていたら虹がデッカくなってきています。
雲の切れ間からちろっとだけ光が射してきていて、天使の梯子みたいに見えるのです。
遠目から見ても、めっちゃ七色のプリズムがハッキリと見えます。
こんなに長い間、虹の生成を見たことはありません。まさに過去最大級の七色の美しさを感じる虹で、めちゃくちゃ感動です。
まさに、お告げやと思った瞬間でした。

再び閼伽井不動明王へ
実際に、この景色の眼下には吉野の数々の由緒ある場所があり、それを一望できる場所なのです。
しっかり休憩もできて、さらに先に向かって下りる道があると金峯神社の御朱印の方に教えていただいたので、その通りに進んでいきます。
すると山から下りた場所の近くは、あの感動した閼伽井不動明王のいらっしゃる場所です。
このありがたい奇跡みたいな虹に出会えたこと。また、お不動さまにお会いできたこと。やっぱり、またまたご挨拶とお唱えで御礼をいたします。
この時、あらためてしっかりとお伝えすることができた気がします。

歩いていくと、なんやら後ろがめっちゃ気になって振り返ってみると、決して天気はよくなくて曇やったのやけど、雲の間からめっちゃいいタイミングでお日さまに出会うことができて、頑張っていけよーーー、とまさに背中から後押しいただいたような感じになったのです。
ちゃんと信じる先に光はある。よし、いきますぞ。

桜本坊|天武天皇の圧と新たな気づき
たくさんの驚きと発見
背中にあったかな光を受けて、足取りは一層軽くなりました。次はどちらにうかがおうかな、と考えながら進みます。
お宿でいただいた地図をみて、目に入ってきたのが桜本坊です。ピンクの道を下っていくと、一番近い桜本坊に向かいましょう。
吉野水分神社を通過します。なぜか、水分神社のお隣にあるお社が気になってご挨拶します。普段やったら、お参りしないのですが。

花矢倉展望台を通り過ぎると、世尊寺跡がありました。こちらも金峯山寺の塔頭で、ご本尊の釈迦如来は現在金峯山寺蔵王堂にいらっしゃるのだそうです。ぜんそく地蔵尊さまにお参りします。

桜本坊の石仏のお山
地図の通りに向かったつもりが、お山に入り込んでしまったようです。
階段を上がっていくと、神変大菩薩の報恩塔があります。さらには出迎不動尊です。もちろん、お参りさせていただきます。
(関東三十六不動霊場巡礼の成果が発揮されていますね)


さらに上ると、相当大きな錫杖があります。また、階段を上りきった場所には、石仏のお山です。
さらに、さらにお不動さま。なんや、なんや。めっちゃスゴいことになっとりますよ!と感じます。
確認すると、役行者像、重要文化財の地蔵大菩薩が御開帳されているタイミングです。あまりの威力とたくさんの仏さまにビックリの連続でした。

特別拝観で知る夫婦神の関係
桜本坊の本堂には、役行者、天武天皇神像、不動明王、大天狗などがお祀りされています。足元には鉄下駄があります。厄除健脚下駄です。これって乗らないワケないよね、と。はい、乗りまして、手を合わせます。

吉野辨財天、宝篋印塔、そして聖天堂。
吉野聖天尊は、今から約1350年前に役行者が大峰山の最奥、深仙宿の近く聖天の森で勧請し、まつられた日本最古の聖天さまです。
大師堂には平安時代のお大師さまの漢詩文集「性霊集」によれば、「空海は少年の日、吉野山から一日南行し、さらに西に二日歩いて高野山に至った」という内容の記述があります。
おおっ、まさに空海さんのテクテクを辿っているのですね!
外からやとお大師さまのお顔が見えないのです。ぐるっとまわって寺務所方面に向かうと、拝観案内があります。時間はないのやけど、なんやら心残りになりそうやから拝観させていただきます。

勝手明神と子守明神は夫婦
拝観の内部では、大峯弥山曼陀羅、蔵王権現鏡像、理源大師の法螺・錫杖・如意宝珠、暁不動明王、天武天皇神霊など、さまざまなものを拝見しました。
資料によれば、子守明神は子授かりの女神で吉野水分神社のこと、勝手明神は毘沙門天を本地仏とする、と書かれています。
さらに、勝手明神と子守明神は夫婦ということがわかりました。
この拝観から得た情報から、この先、勝手神社に参拝しないとならない流れよね、と感じます。
天武天皇の前で”ひれ伏し”を初体験
拝観のときに一番衝撃的やったのが、本堂にいらっしゃる天武天皇さまです。
中央にいらっしゃる手前までうかがい、その前で手を合わせると、ものスゴい圧が...。ひれ伏しを初体験です。
と同時に、しっかりお参りしないとアカンやつやんと感じ、なぜかこちらでは祝詞と般若心経でお参りさせていただきます。
いつぞや、このご神事に参加してみたい、と感じるぐらいで、いままで天皇さまのところでこういう感じになったことがないので、不思議な不思議な体験となりました。
桜本坊には夢見の櫻と呼ばれる、ご縁起にも繋がる桜があって、この木に桜の咲くころにまたお参りしたいなぁ、と思ったのです。

勝手神社と吉水神社|五節の舞の発祥地
勝運の神・芸能の神
桜本坊の拝観で勝手明神と子守明神が夫婦だと知ったので、ならば勝手明神へ、という流れです。
グングン下っていくと、ほどなく到着です。
(バス停も近くにありました)

御祭神
天之忍穂耳命、大山祇命、久々能智命、木花咲耶姫命、苔虫命、葉野姫命
の六柱の神
御名のとおり「勝運の神」「必勝の神」「芸能の神」、また「山の神」「桜の神」として信仰されています。
大海人皇子(天武天皇)が琴を奏でられ、天女が舞い降りて、五度袖を振りながら舞ったと伝えられ、「五節の舞」の発祥地とされています。

実は、参拝した際には、勝手神社の御神体は、復興まで吉水神社に仮遷座されていることが判明します。
ということは、吉水神社に向かう流れですね。
吉水神社で問われた言葉
勝手神社に向かったら、吉水神社に向かうことになりました。
※予定しないで向かうとこんな事がよくあります・・・
正面に立つと、向こう側からなんやら吹いてくる感じがします。なかに入らせていただくと、一目千本と呼ばれる場所があり、眼下の景色は重要文化財となっています。


吉水神社には参拝の作法が記載されています。十七神、それぞれにご挨拶やから十七拍手です。
御祭神
後醍醐天皇・楠木正成公・吉水宗信法印公
白鳳年間に役行者が金峯山寺の僧坊として建立した吉水院が始まりだといわれます。もとは吉水院という、金峯山寺の格式高い僧坊でしたが、明治のはじめ、神社に改められました。


源義経が静御前や供のものと逃げのびてきたのも、太閤秀吉の花見の本陣となったのもここです。
参拝の作法とおりに、二礼十七拍手一拝です。
後ろが気になって振り返ると、めっちゃ光が射してきていて、あー、なんか立ち寄らせていただいて良かったなぁと。とても、あたたかい気持ちになります。

さて、御朱印を授かろうとしたら、こちらの宮司さまにいきなり質問されます。
「あなたはなにものですか」
このあと、さまざまなやりとりが繰り広げられたのですよ。この後の諸々の話は割愛します。どこかで直接お会いすることがあれば聞いてくださいな。

金峯山寺御開帳|三世の祈りと発露の間
青の蔵王権現との対話
いよいよ、終盤になってきました。今回の奈良行きのトリガーとなった金峯山寺、蔵王権現さま御開帳です。
まずは、最初に気になっていてお参りをさせていただいた導之稲荷社です。こちらの稲荷社さんは、このねえさんぽで三回お参りしています。
気になったのは、左側手前の威徳天満宮です。
ご由緒を拝見すると、以下のように記されています。
醍醐天皇が菅原道真を太宰府に流してしまった罪のために、冥土でその罪を償うべく大変な苦しみに遭っている。それを贖うために、菅原道真の霊をお祀りしてほしい、と如意輪寺の開基である日蔵道賢に依頼したのです。

愛染堂、観音堂にもご挨拶してから、いよいよ蔵王堂へ。


発露の間という奇跡の空間
ここからは、一切写真なしです。
外陣のエリアへ行くと、目の前にいくつかの白い囲いで仕切られたブースのようなものがあります。手前のお像を拝観したあとに、そこに案内されます。(いったい、なんなんやろか。。。)
案内されるままに入っていくと、その白の囲いのなかで、正面にいらっしゃる御開帳の青の蔵王大権現と、ゆっくりと一対一でお話ができる場所になっているのです。
このご配慮というか、この仕組みにビックリしました。
いつも、お参りのときに混んでいたりすると後ろが気になってしまって集中できなかったりするので、有り難い状況に手を合わせます。
この白の囲いは、発露の間といって、金剛蔵王大権現の一番お近くで心の内を打ち明け懺悔することのできる場所とされているそうです。
三世という気づき
ありがたく、タイミングで案内された場所は、三世のうちの現在でした。
つまりは、千手観世音菩薩さまの前やったです。ということは、現在の懺悔ってコト。むむむ。
金峯山寺さんは、いまからおよそ1300年前、役行者によって創建された修験道の根本道場です。内陣には我が国第一とされる巨大な厨子があり、そこに三体の御本尊、金剛蔵王大権現が安置されています。
中央が釈迦如来、右が千手観世音菩薩、左が弥勒菩薩の権化で、釈迦如来は過去、千手観世音菩薩は現在、弥勒菩薩は未来を表し、過去現在未来の三世にわたり、民衆を救済するために仮の御姿となって現れたのが金剛蔵王大権現であります。
発露の間でのお参りを終えてから、堂内のたくさんの仏さまに一尊一尊、手を合わせていきます。
出雲から奈良までやってきて、たくさんのご縁と気づきがあり、いまの自分にとって、なにを大事とするのか、これから何を伝え、何を生み出していくのか、感じることを心のままにお伝えいたします。
きっと、まだまだ目標には届かないけど、ひとつひとつの積み重ねと信じる気持ちだけは忘れないように。
この三世を見護り、お救いになられるために現れてくださった蔵王大権現さまの御姿をしっかりと自分に刻みながら、この「三世」というキーワードがこれから先のご縁の繋がりにとってとても大切で、かつ現在という部分がいま焦点を当てて進んでいく場所なんやと、あらためて教えていただいた気がします。
二回目の発露の間で過去と向き合う
本地堂を出て、なぜか、またまた発露の間に案内されます。あれ、これって、二回入れるのかな、と心のなかで感じたのですが、堂内に案内されたので、素直に「ありがとうございます」、とまたまた蔵王大権現さまの前へ。
今度は、三つの場所、すべて空いているけどどちらがいいですか、と係の方に聞かれます。あらま、選べるってステキやわ、と迷いなく釈迦如来さまの前に案内していただきます。
あらためてのご挨拶とお唱え。ということで、過去という視点でいろいろとお話しさせていただきます。

脳天大神|頭脳の守護神との出会い
ギリギリの到着
ゆっくりと蔵王堂、そして本地堂を拝観させていただき、時計をみたら15時30分ちょいすぎ。うわ、ヤバっ。
うかがいたかった脳天大神さまのところへ急ぎます。


相当にダッシュしまして、かなり息が切れていますが、階段をグングンと下っていきます。
向かっていくと、ガーーーン。祖師堂は閉まっています。

これはまた、再びの機会が必ずある!という事ですな、と、手前のお参りできる場所を探し、本宮と書いてある場所に参拝させていただきます。

白玉大神、倶利伽羅龍、波切不動明王、白龍大神に一礼にて失礼いたします。そして、お堂のなかでギリギリ間に合ったかな、とお線香でお参りいたします。
脳天タオルという御守り
今回の一番の目的はこちら、脳天大神の霊験あらたかな脳天タオルです。タオルとは書いてあるけど、御守りですね。
今回は、このタオルをお渡ししたい方を頭に思い描いたので、必ず授からないと、と思っていました。
今回はこちらの御守りを無事に授かることができたので、ミッションクリアです!
脳天大神様は、金峯山寺初代管長・故五條覚澄大僧正が霊威感得された頭脳の守護神であります。
覚澄大僧正は行場の開発に取り組まれる中、頭を割られた蛇に遭遇され、それを哀れに思われて丁寧に経文を唱えられ葬られました。その後、その蛇が何度も夢枕に立たれお礼を言われます。最期には「頭の守護神として祀られたし」という霊言を聞かれます。
実際に形として現れてこられたのは頭を割られた蛇でありますが、蔵王堂のご本尊・蔵王権現が姿を変えて出現されたのであります。
お参りのあと、ダッシュで汗が止まらずにいたら、寺務所の方にこちらで休憩できますよ、とお声掛けいただきます。
いただいたお下がりのたまごをいただき、有り難くエネルギー補給できました。
寺務所が閉まるのが16時30分で、現在の時刻16時07分。ギリギリですね。

吉野が示した三つの人生の視点
吉野山から山上ヶ岳は龍体
脳天大神から蔵王堂へ戻りながら、行きでお参りできなかった場所に手を合わせていきます。
岩峯大神。脳天大神御真言の碑。
あれっ、って一瞬思ったのは、おんそらそばていゑいそわか、って一般的にみたら弁財天の御真言だよねぇ、と。もちろん、気になって調べてみます。

この御真言は弁財天の御真言と同じであります。
弁財天はインド伝来の神であり、サラスバティーは古代インドの代表的河神であります。
水には諸龍が住むと言われており、また、吉野山から大峯山山上ヶ岳までは一つの龍体であると説かれております。脳天大神様もこの龍体に密接な関係がありますので、このご真言とされたのであります、と記されています。
おおっ、なるほど。
吉野山から山上ヶ岳までがひとつの龍体やったのですな。
しかしながら、吉野山から山上ヶ岳が龍体ならば、その先の熊野本宮大社まできっと繋がっているはずです。山上ヶ岳、弥山、釈迦ヶ岳のさらに先の玉置神社、して、その先の熊野本宮大社。

2020年の熊野ねえさんぽから2021年の吉野ねえさんぽまで、きっときっと見えない何かで繋がっているのでしょう。
最後に金峯山寺読経に手を合わせる
閉堂の金峯山寺の読経に手を合わせて、今回の初吉野を振り返ります。

一日という短い時間でしたが、さまざまな応援をいただいたように感じます。
しっかりと手を合わせ、今回の旅で気づかせていただいたたくさんのこと。さらには、出雲から吉野へ、参拝の旅というものに自分がどういうカタチで臨みたいのかという、在りたい旅のスタイルをハッキリと感じることができたこと。
神さま仏さまが、そこはかとなく自然の香りや景色のなかで、必要なことはそこにあると、あらためて教えてくださった、そんな「吉野ねえさんぽ」やったのです。
きっと、吉野の神仏さまとこの土地を包み込んで、なお、はるか昔からの祈りが続けられるように。さらには絶えない美しさを放つ山々と空気と自然の力が生き生きと居られますように。
手を合わせるごとに、更なる想いが通じていくことを願って。
また、おうかがいしますね!と一礼します。


まとめ:御開帳が教えてくれた人生への示唆
過去・現在・未来という三世の視点
吉野の御開帳参拝で最も大きな気づきは、「三世」という視点でした。
金剛蔵王大権現は、過去(釈迦如来)、現在(千手観世音菩薩)、未来(弥勒菩薩)という三世にわたって民衆を救済するために現れた仮の御姿です。
発露の間で最初に案内されたのは「現在」でした。二回目に選んだのは「過去」でした。
これは、いま自分が向き合うべきは現在であり、同時に過去をしっかりと見つめることで、未来への道が開けていくということを示しているのではないでしょうか。
偶然という名の必然
吉野の旅では、数々の「偶然」がありました。
夜間拝観のチケットがキャンセルで出たこと。
夜間参拝には間に合わなかったけど朝拝に参加できたこと。
蔵王堂で中央に一席だけ空きがあったこと。
金峯神社の御朱印の方が展望台を勧めてくれたこと。
高城山で過去最大級の虹に出会えたこと。
桜本坊の拝観で勝手明神と子守明神が夫婦だと知ったこと。
吉水神社で、不思議な問いをいただいたこと。
これらはすべて、偶然という名の必然だったのではないでしょうか。
神仏は、言葉ではなく体験を通して、私たちに必要なことを示してくださいます。道に迷ったとき、後醍醐天皇に三つのともし火が現れたように。
自然からのメッセージ
吉野水分神社であたたかな霧雨が降ったこと。高城山で七色の虹が現れたこと。背中を押すように雲間から光が射したこと。
これらの自然現象は、単なる気象条件ではありません。神仏が自然を通して語りかけてくださるメッセージだと思います。
人生を善き流れに捉え直すヒント
神社参拝は、自分自身と向き合い、内なる声に耳を傾ける時間となります。
吉野の旅で学んだのは、以下の三つです。
現在を大切にすること。過去を見つめながら、いま目の前にあることに集中すること。
流れに乗ること。計画通りにいかなくても、それは別の扉が開いているサイン。柔軟に受け入れること。
信じる気持ちを持ち続けること。迷いがあるとき、導きの稲荷のように、道は必ず開けると確信すること。
あなたの人生にも三世の視点を
過去を振り返ってみてください。あなたはどんな経験をしてきましたか。どんな想いを抱えていますか。
現在を見つめてください。いま、あなたが大切にすべきことは何ですか。どんな選択をしようとしていますか。
未来に目を向けてください。あなたはどんな自分になりたいですか。何を生み出していきたいですか。
三世の視点で自分を見つめることで、人生の流れが見えてきます。善き流れに乗るヒントが、必ずそこにあります。
内なる変化は静かに訪れる
吉野水分神社での霧雨のように、内なる変化は静かに訪れます。
劇的な出来事ではないように思えても、ふんわりとした、でもあたたかな感覚として、あなたの魂に染み込んでいきます。
その瞬間を大切にしてください。そして、自然の声に耳を傾けてください。それが、きっと神仏からのメッセージと繋がっているのだと思います。
あなたの魂は、すでに答えを知っています。神社参拝は、その答えを思い出させてくれる場所なのです。

では。
いつも、ありがとう^^
@Rico
幸せは自分のために
世界が平和であるために
