「IRR 20%超」は幻か ― 蓄電所ブームの官製市場構造と投資回収リスクの実態
概要
日本経済新聞は6月20日、系統用蓄電池(蓄電所)市場が「官製市場」の性格を強く帯びたまま投資ブームに突入している構造的リスクを報じました[1]。業界では「IRR 20%超」「建設費6億円を1〜2年で回収」といったセールストークが横行していますが、これは需給調整市場で稼働蓄電所が少なく上限価格(15円/ΔkW・30分)で約定しやすい「ボーナス期」の収益を前提とした試算です[1][2]。BESSデベロッパーにとっては、接続申込143GW・契約段階18GWという膨大なパイプラインが順次稼働に移行する中で、単一市場依存の収益モデルが崩壊するリスクが現実味を帯びています。アグリゲーターにとっては、マルチ市場最適化能力が「持てる者」と「持たざる者」を分ける決定的な競争軸となります。
背景
系統用蓄電池は、2024年4月の需給調整市場全面開放以降、日本の電力市場において最も注目される投資対象の一つとなりました。政府は再エネの出力変動を吸収する調整力として蓄電池を位置づけ、容量市場・需給調整市場・長期脱炭素電源オークションという三重の制度的支援を整備してきました[1]。
この政策的追い風を受け、接続検討申込件数は爆発的に増加しています。2024年度には送配電事業者が受け付けた接続検討申込が14,276件に達し、うち9,544件が系統用蓄電池で前年度の1,599件から6倍増となりました[3]。累計の接続検討申込は全国で143GWに達する一方、実際に接続契約に進んだのは約18GWにとどまります[3]。
問題の本質は、現在の高い収益性が「構造的に持続不可能」な環境に依拠している点です。稼働中の蓄電所がまだ少ないために需給調整市場の供給側が薄く、入札が上限価格近辺で約定しやすい状況 ― いわば「ボーナス期」― が続いています[1][2]。しかし、この状況はパイプラインが稼働に移行するにつれ急速に変化する可能性があります。
今回の核心
① 需給調整市場の「ボーナス期」は時限的
2026年5月13日の第1回電力安定供給ワーキンググループでは、需給調整市場の上限価格を19.51円から15円へ引き下げ、調達量を3σから1σへ削減した2026年4月施行後の市場状況が報告されました[2]。結果は以下の通りです:
応札量の増加と一次不足率の改善が見られたものの、完全には解消されていない
上限価格近辺での約定が継続しており、十分な競争が機能していない状態が続く
今後の段階的引き下げ(15円→10円→7.21円)の判断軸が議論された[2]
つまり、現時点ではまだ「売り手市場」が続いているものの、政府は明確に市場の正常化(=価格低下)を志向しており、次のステップが発動される可能性は十分にあります。
② セールストークと現実のギャップ
日経記事が指摘する「IRR 20%超」「1〜2年回収」という試算は、以下の前提に基づいています[1]:
需給調整市場で上限価格(現行15円)での約定が継続する
JEPXスポット市場でのアービトラージ収益が上乗せされる
設備稼働率が高水準で維持される
制度変更リスクが織り込まれていない
しかし現実には、上限価格のさらなる引き下げ(7.21円が最終目標)[2]、143GWのパイプラインからの供給増による競争激化、接続工事の遅延(18ヶ月〜2年超)による機会損失、そして2026年4月に施行された保証金倍増(5%→10%)と土地使用権原証明義務化[3]が、投資回収の前提を大きく変える可能性があります。
③ 「官製市場」からの脱却圧力
政府は蓄電池市場を育成する一方で、長期的には「官製市場」から自律的な市場競争への移行を志向しています[1]。需給調整市場の上限価格引き下げはその第一歩であり、容量市場におけるBESSの取り扱いや、同時市場導入に向けた検討(第23回検討会・2026年4月20日開催)も、市場環境を根本的に変える方向に作用します。
事業インパクト分析

蓄電池収益モデルへの影響

今後のタイムラインとアクションポイント
直近(〜1ヶ月)
自社プロジェクトの収益モデルを「上限価格7.21円」シナリオで再試算し、IRR感度分析を実施(期限: 2026-07-15)
7月末公表予定の2027年度追加オークション約定結果を確認し、容量市場でのBESS評価動向を把握
短期(〜3ヶ月)
マルチ市場運用戦略の策定:需給調整市場+JEPXスポット+容量市場の複合最適化モデル構築
8月の接続検討「件数上限」到達見込みを踏まえ、自社案件の接続契約進捗を加速
中期(〜1年)
上限価格の次段階引き下げ(10円→7.21円)の発動タイミングを継続モニタリング
同時市場の制度設計確定(2027年度以降想定)に向け、対応能力を準備
AI×エネルギーの視点
予測・最適化の新ニーズ: 需給調整市場の単価低下が進む中、「どの30分コマに、どの市場に、いくらで入札するか」の最適化がBESS事業の生死を分ける。AI予測による複数市場横断のリアルタイム入札最適化サービスの価値が急上昇する局面に入っています。
アグリゲーション高度化への示唆: 143GWのパイプラインのうち、小規模案件(2〜10MW)が大量に稼働した場合、個別最適では収益確保が困難となります。複数拠点を束ねたポートフォリオ最適化(地域間アービトラージ含む)を提供するアグリゲーターが、「ボーナス期」終了後の市場で生き残るBESS事業者のパートナーとなります。
事業開発への示唆: 「IRR 20%」を真に実現するには、単一市場依存ではなく、容量市場の固定収入をベースに需給調整市場+JEPXの変動収入を最適化する「スタッキング」戦略が不可欠です。ENESの予測技術とアグリゲーション基盤は、まさにこの「マルチ市場最適運用」の中核を担う位置にあります。
参考文献
[1] 日本経済新聞「蓄電所、官製市場が呼ぶブーム 投資回収にはリスク」
[2] 資源エネルギー庁「需給調整市場について」第1回電力安定供給ワーキンググループ 資料8
[3] 資源エネルギー庁「系統用蓄電池をはじめとする発電等設備の迅速な系統連系に向けた対応について」第7回次世代電力系統WG 資料1-1
[4] Grid Shift「需給調整市場、上限価格15円・1σ施行から1.5ヶ月——5/13安定供給WG資料が示す『応札不足の継続』と次の7.21円段階発動の判断軸」
[5] 環境エネルギー情報局「【2026最新決定】上限価格は15円へ。需給調整市場の新ルールと系統用蓄電池ビジネスの『質的進化』を徹底解説」
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