子育てで拘ったこと:母も人間
わたしは自分の母親がそうだったように、子どもの前で、個人的な都合で感情を露わにしない・・・・ということができなかった
(わたしの母は、わたしと違い、決して弱音を吐かないひとだった)
疲れて気力が湧かなければ「なにもしたくない」といい、失敗して落ち込めば「仕事に行きたくない」という。他人の理不尽に悩まされれば「どうしよう」と不安を訴え、うまくいかないことでイライラすれば当たり散らすこともあった
子どもの前で「笑顔でいたい」一心で離婚したはずが、結局のところ引きこもりでこじらせた未熟な精神は取り繕うことなくありのままを貫いた。「カッコつけない」生き方…と言えば聞こえはいいだろうが、その実態はいつでも強気でサクサクこなせるお母さんを頑張ろうとはしなかった、ということ
これは子育てに関係あるのかどうかわからないけれど・・・・
わたしはあまりいいお母さんではなかった、というおはなし
子どもが2~3歳から、9~10歳まで、だいたい7年間くらい、わたしは自分の都合で子どもたちから「父」という存在を取り上げ、母子家庭だったことがある
母子家庭って「大変だね」ってよく言われたけれど、子どもが小さいうちはそれほど苦労だとも感じていなかったし、なにより3人の生活は楽しかった
だれに束縛されるでもなく、わたしのペースで、子どもたちとのんびりと日々を過ごした。あまり働くことが向いていないわたしは、最初はパートで10万円にも満たないお給料で生活を回していた。当然行政の手を借り、ひとり親家族手当や、医療保険なんかをふんだんに使わせていただいたので、そこまで躍起にならなくても生活はできた
ただ成長するにつれ、やはりお金は必要になってくる。いつまでも「なんとか」暮らせる…ではいけないと、意を決して就職を考えた。母子家庭において、たったひとつ難儀だったことは「仕事」だった・・・・
生活のためとはいえ、それまでニートで、アルバイト経験しかなかったわたしが、30歳を前に初めて就職(正社員)したことが、これまでの人生の中で一番大変だった時期ではなかろうかと思う
その頃のわたしは、子どもばかりが規則正しい生活をしていてうらめしいと思っていた。それはまるで子どもが「学校に行かずに家にいる(専業主婦である)母」を妬むような、そんな気持ち。こっちは慣れない仕事を持ち帰り、早朝から苦いコーヒー飲んで、頑張ったところでうまくいくわけもなくて、愚痴を言おうにも自分の都合で今の生活があるわけだから、なんだか子どもに泥水浴びせるようで心苦しかった頃。毎日「笑っていなくちゃ」と気負っていたけど、母子家庭の物珍しさから得た楽しさは、就職と共に消え去った。離婚に後悔こそなかったが、とにかくわたしは、取り残されたようで寂しかった
障子を開けたら外は、見なれた景色じゃなくて、砂漠かもしれないと思うほど静かで、多分あの頃は軽い鬱だったんじゃないかと思う
わたしはいつでもあきらめが早い。努力とか根性とかいう精神が欠如しているので、容易に「無理」を捨てられた。結果、辛ければ「つらい」といい、やる気が起きなければ「会社に行きたくない」という、ダメダメなぐうたらママになった
自分がやりたくないことは、子どもにさせようとさえ思った。だから、子どもが小学生に上がるのを機に、自分の靴を洗わせ、自分の着替えをたたんで整頓させ、わたしはチェックするだけのマウント母さんになった
それでも不思議と、子どもたちは文句も言わずに従った。普通なら「○○ちゃんはやってない」とか「お母さんの仕事でしょ」等と言われてもおかしくはないのに、子どもたちはわたしに都合のいいように育っていた
やる気のないダメなお母さんには、
できた子どもがやってくるんだなぁ・・・・
って、神さまに感謝した
いや、わたしを選んで降りてきた子どもたちに感謝した
子どもにはふた親が揃ってないといけないと思いつつも、笑顔でいられないならひとり親でいいと思ったように、無理して笑えなくなるより、本音を吐いて喜怒哀楽満載で助けてもらいながら一緒に成長しようって思った
ま、言い訳かもね・・・・
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とにかく今は、やり遂げることを目標にしています
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