AIさん、どれが最新版ですか?
Q. 最新版はどれでしょう。
作業標準書_最新版
作業標準書_最新版_修正版2
作業標準書_最終最新版_20260605
作業標準書_これを使う(本当)
分かりませんね。
だから全部開きました。全部少しずつ違いました。どうなってんの?
みんな最新版って名乗ってる
どうも。どこかのJTCで、生成AI業務推進室長をやっています。名前だけ聞くと、最新技術を使って会社の情報を華麗に整理していそうですが、実際には共有フォルダを開いて、古い資料の日付を一つずつ確認しています。
会社の資料というのは不思議なもので、なかなか死にません。新しい資料ができても古い資料は残り、内容が変わっても元の版は消えず、誰かが念のためコピーを作ると、それも立派な一資料として共有フォルダで生き始めます。植物なら少し間引いた方が元気に育つのでしょうが、会社の資料は誰も間引きません。そのうち共有フォルダは、ちょっとした森になります。
半年ぶりにフォルダを開くと、
作業標準書
作業標準書改訂版
作業標準書改訂版2
最終版
最終最新版
が横一列に並んでいます。誰が産んだ。
人類はまだ資料の自然繁殖を正式には確認していないはずですが、共有フォルダでは日常的に起きています。しかも困るのは、みんな自分こそが正本だと思い込んでいることです。
「最新版です」「いや、私の方が新しいです」「こちらには“本当”と書いてあります」。資料が全員しゃべる。こちらは一人です。
怖いですね。夜中に動く人形より、昼間に使われる古い標準書が普通に仕事してる方がホラーですよ。
今回は、AIに最新版を当ててもらう話ではありません。半年後にまた探さなくて済むよう、新しい情報を既存資料へ戻す頼み方の話です。
資料は中身でも増殖する
もっとも、ファイルが増えるだけなら、まだ探せば済みます。本当に面倒なのは、一つの資料の中でも同じ増殖が始まることです。
運用が変わる。注意事項が増える。新しい失敗事例が見つかる。そのたびに既存の説明を書き換えるのは少し怖い。
そこで、資料の末尾へ「追加事項」を作ります。
次の人は、その下へ「補足」を作る。さらに次の人は「2026年改訂内容」を足す。どれも必要な情報ですし、その時点では、元の文章を壊さない一番安全な方法だったのでしょう。
ただ、数年たつと、本文を読んで、追加事項を読んで、補足を読んで、最後に改訂履歴まで確認しないと、現在の運用が分からない資料になります。
最新版ではあります。
そこで私はひらめきました。生成AIなら、末尾へ増えた情報を、本来あるべき説明へ戻してくれるんじゃない?
資料を読み、新しい内容を反映し、重複を整理して、分かりやすい最新版にする。生成AI業務推進室長という肩書きを名乗っている以上、いつまでもファイルの日付を見比べているわけにもいきません。
もちろん、会社の資料をそのまま外部サービスへ入れる話ではありません。会社で認められた環境を使い、固有名詞や社外秘の扱いは社内ルールに従う。その前提で、既存資料と新しく加えたい知見を渡し、こう頼みました。
「この資料に新しい内容を反映し、分かりやすくまとめてください。」
AIさんが建ててくれたのは、立派な離れでした
返ってきた資料は、とてもきれいでした。元の文章は残っている。新しい内容も漏れなく入っている。見出しも整っています。
そして一番最後に、立派な章が増えていました。
追加事項
新たに確認された内容は、以下のとおりです。
お前もか。
新しい内容を既存の説明へ組み込んでほしかったのに、AIは資料の末尾へ、きれいな離れを一棟建ててくれました。本館はそのままです。雨風はしのげますし、工事も早い。ただ、次に必要な情報を探す人は、本館と離れを往復することになります。

AIは早くもJTCの空気を吸いすぎたようです。入社初日から「既存部分への影響を避けるため、末尾に追記しました」と報告している。順応が早い。早すぎる。
ただ、少し落ち着いて考えると、AIだけを責めることもできません。私が頼んだのは「新しい内容を反映して、分かりやすくまとめてください」です。
既存のどこへ組み込むのか。古い説明は消してよいのか。重複部分は統合するのか。章立てそのものを見直してよいのか。その肝心なところは、何も伝えていませんでした。
それならAIも、元の資料を壊さず、最後へ追加するのが一番安全です。
そして、この安全なやり方には、ものすごく見覚えがありました。
だって、私たちもずっと、同じことをしてきていませんか?
「まとめて」では、まとまらない
私たちが追記を選んできた理由も、AIとだいたい同じです。
既存の資料を書き換えるのは怖い。昔から残っている説明には、今の自分が知らない事情があるかもしれない。消したあとで、「そこ、必要だったんですけど」と言われるかもしれない。それなら元の文章は触らず、最後へ新しい内容を足す方が安全です。
一回の改訂だけを見れば、かなり合理的です。
ただし、その安全策が十回続くと、資料の中に離れが十棟建ちます。本館、別館、新館、仮設事務所、倉庫。もはや資料ではなく、ちょっとした温泉旅館です。初めて来た人には大浴場の場所が分かりません。

そして、私がAIへ頼んだ「分かりやすくまとめてください」という言葉も、かなり曖昧でした。
私の頭の中では、
新しい内容を既存の説明へ組み込む
古くなった記述を直す
重複を一つにする
矛盾する記述を整理する
全体を最初から読めば、現在のルールが分かる状態にする
という意味でした。
ずいぶん入っている。
それを全部、「まとめて」の四文字に詰めて渡していました。そりゃあAIさんも困るでしょう。
そう、「追加する」と「統合する」は、別の仕事だったんです。
追加するだけなら、新しい内容を末尾へ置けば終わります。統合するなら、既存資料のどこへ入れるのか、何を残すのか、何を直すのか、何と矛盾するのかまで見なければいけません。
そこで、AIへの頼み方を変えました。
ただし、いきなり全文を書き直してもらうのは少し怖い。AIに追記させるのも怖いですが、今度は張り切って本館を全解体されても困ります。
まずは、改訂稿ではなく、統合の設計図を出してもらいます。
AIさんを、増築業者から編集者へ
まずは、次のプロンプトを使っています。
以下の「既存資料」と「新しく反映したい情報」を確認し、既存資料へ統合するための方針を作成してください。
目的は、新しい情報を末尾の「追加事項」「補足」「参考」として追記することではありません。既存の章立て、分類、説明の流れを確認し、本来入るべき箇所へ組み込むことです。
次の順番で整理してください。
既存資料の章構成と、それぞれの章の役割を整理する
新しい情報を組み込むべき章・項目を示す
既存資料との重複、矛盾、古くなる記述、用語の揺れを列挙する
削除または修正が必要な箇所と、その理由を示す
新しい情報と矛盾しない既存の記述は残す
判断に必要な情報が不足している場合は、推測で埋めず「要確認」とする
改訂後の章構成案を示す
この段階では、まだ全文を書き直さず、統合方針と要確認事項だけを出力してください。
【既存資料】
ここに現在の資料を貼り付ける
【新しく反映したい情報】
ここに追加したい内容を貼り付ける
長いですね。
「AIに質問するときは簡潔に」と言われることもありますが、会社の資料改訂は、こちらの都合が簡潔ではありません。簡潔な一言で全部察してもらおうとした結果、離れが建ちました。ここは諦めて、必要な条件を書きます。
ポイントは、最初から改訂稿を作らせないことです。
まず、どこへ入れるつもりなのかを見ます。消そうとしている記述はないか、別の章と矛盾しないか、AIが勝手に判断しているところはないか。設計図の段階なら、人間も比較的落ち着いて確認できます。
完成した四十ページの資料を受け取ってから「なんか違う」と言い始めるより、ずっと楽ですよ。経験があるからわかるんです。つらかった。
統合方針を確認して問題がなければ、次にこう頼みます。
確認済みの統合方針に従って、既存資料の改訂稿を作成してください。
末尾に「追加事項」の章を新設せず、新しい情報を既存の適切な箇所へ組み込んでください。
新しい情報と相反しない既存の記述は残し、判断できない箇所は「要確認」としてください。
改訂稿の後に、次の内容を一覧で示してください。
・変更した箇所
・削除または統合した箇所
・要確認として残した箇所
これでようやく、AIさんが増築業者から編集者になります。
ただ、もちろん、このプロンプトを貼れば、自動的に正しい最新版が完成するわけではありません。そんな便利な話なら、共有フォルダに「これを使う(本当)」は生まれていません。
ちゃんと最後は人間が見ましょう。特に次の場所です。
現在の運用と食い違っていないか
必要な古い記述まで消していないか
同じ言葉を別の意味で使っていないか
表、図、番号、別資料への参照がずれていないか
AIが「要確認」とした箇所を、誰が判断するのか
本当にこの資料を正本としてよいのか
特に怖いのは、古い文章が消えて、見た目がきれいになったときです。追記された資料は読みにくいので疑えますが、統合された資料は読みやすい。読みやすいものは正しそうに見えます。
議事録のときもそうでした。
AIの出力は、身なりがいい。
だから、最後は内容を知っている人が読む必要があります。文章のうまさを見るのではなく、仕事がこの内容で動くかを見る。判断するのは、まだ人間の仕事です。
資料は増やすより、育てる方が難しい
今回分かったのは、AIが追記を好むというより、追記で済む頼み方を私がしていた、ということでした。
「新しい情報を追加して」と頼めば、AIは追加します。「分かりやすくまとめて」と頼めば、元の文章を壊さない範囲できれいに整えます。どちらも間違いではありません。
ただ、業務資料で欲しかったのは、追加でも清書でもありませんでした。
新しい知識を、本来あるべき場所へ戻すことでした。
どこへ入れるのか。何を残すのか。何を直すのか。何と矛盾するのか。そこまで考えて、ようやく資料は少し育ちます。
生成AIは、文章を一から書かせるときだけの道具ではありません。散らばった情報を比べ、重複や矛盾を見つけ、既存の体系へ戻す共同編集者として使うと、かなり頼りになります。
ただし、油断するとすぐ離れを建てます。仕事は早いし、工事もきれいなので、なおさら止めにくい。
だから最近は、AIさんへ最初にこう伝えています。
「追加事項はいりません。本館へ入れてください。」
半年後の私が、共有フォルダの森でまた遭難しませんように。
ここまでの推進室
前回は、新人教育資料を作る前に、教える側の頭の中をAIに仕分けてもらいました。
「初日に必要」
「あとでいい」
「社内用語」
「私の思い出」
私の思い出だけ、ずいぶん在庫がありました。
初めて読んでくださった方には、こちらがおすすめです。
AIに議事録を書かせたら、未決事項が決定事項の席に座っていた話です。
面白かったら、Xでもそっとシェアしてもらえるとうれしいです。推進室長も、こちらでたまにぼやいています。
いいなと思ったら応援しよう!
面白かったら、推進室の活動費を少し置いていってくれると嬉しいです。次の執筆の原動力(コーヒーかハイボール)になります。