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AI導入に必要な“社内翻訳者”|AI時代に重要なのは、技術と現場をつなぐ人である

前回は、AI導入は「一度ツールを入れて終わり」ではなく、組織がAIとの働き方を学んでいくプロセスである、という話をしました。
AI導入では、個人がChatGPTを使えるようになるだけでは十分ではありません。組織として、どの業務にAIを使うのか、どこまでAIへ任せるのか、誰が確認するのかを学びながら決めていく必要があります。

そこで問題になるのが、AIと現場がうまくつながらないということです。
AIに詳しい人はいる。
現場も困っている。
経営も関心を持っている。

それなのに、なぜか導入が進まない。こうしたことは、実際の企業でよく起こります。原因の1つは、関係者が同じ言葉を使っているようで、実は違う世界を見ていることです。

今回は、
・なぜAI導入では「翻訳」が必要になるのか
・社内翻訳者は何をつなぐのか
・AI時代に求められる新しい役割とは何か

を整理してみます。

AI導入では言葉がズレやすい

AI導入が難しい理由の1つは、関係者ごとに見ているものが違うことです。
たとえば、AI担当者は次のような言葉で考えます。
・RAG
・Agent
・LLM
・プロンプト

一方、現場は別の言葉で考えています。
・手間がかかる
・情報が探しにくい
・会議が多い
・確認作業が大変

さらに、経営者はまた別の言葉で見ています。
・生産性を上げたい
・人手不足に対応したい
・DXを進めたい
・競争力を高めたい

どれも間違ってはいません。ただし、見ている角度が違います。

AI担当者は技術の可能性を見ている。
現場は日々の負担を見ている。
経営者は事業上の成果を見ている。

この3つがつながらないと、AI導入は前に進みにくくなります。

技術的にできても、現場で使われるとは限らない

AI導入では、よく「技術的にはできます」という話が出ます。たしかに、AIで要約できる。FAQを作れる。返信案を作れる等々。しかし、技術的にできることと、現場で使われることは別です。

たとえば、
・入力する手間が増える
・現場の業務プロセスと合わない
・間違った時の責任が曖昧
・使う目的が共有されていない
という状態では、AIは定着しません。

現場から見ると、「便利なはずのAI」が、かえって新しい負担に見えることもあります。つまりAI導入では、AIが高性能かどうかだけでは足りません。大切なのは、AIの機能を、現場の仕事の流れや経営の目的に合わせて翻訳できるかです。

社内翻訳者とは何か

ここで重要になるのが、社内翻訳者です。社内翻訳者とは、単に専門用語をわかりやすく説明する人ではありません。本質は、異なる世界の意味を変換し、つなぐ人です。

たとえば、AI担当者が言う、

RAGを使えば、社内文書を検索しながら回答できます。

という説明を、現場に対しては、

マニュアルや過去資料を探す時間を減らせるかもしれません。

と翻訳する。

経営者が言う、

生産性を上げたい。

という目的を、現場に対しては、

まず問い合わせ対応の確認時間を減らすところから試してみましょう。

と翻訳する。

現場が言う、

毎回同じような確認が多くて大変です。

という困りごとを、AI担当者に対しては、

FAQ検索と返信案生成を組み合わせたAIワークフローにできるかもしれません。

と翻訳する。

このように、社内翻訳者は、
技術の言葉を、現場の言葉へ。
現場の困りごとを、AI活用テーマへ。
経営の目的を、業務プロセスへ。

変換していく存在です。

社内翻訳者がつなぐ3つの世界

AI導入で社内翻訳者がつなぐ世界は、大きく3つあります。

1つ目は、技術です。
・AIで何ができるのか。
・どの情報を入力してよいのか。
・どの部分に人間の確認が必要なのか。
こうした技術側の理解が必要です。

2つ目は、現場です。
・どこに手間があるのか。
・どの作業が繰り返しになっているのか。
・どの変更なら現場が受け入れやすいのか。
こうした現場側の感覚も必要です。

3つ目は、経営です。
・何のためにAIを導入するのか。
・どの業務を優先するのか。
・どの成果を見たいのか。
こうした経営側の目的も理解する必要があります。

社内翻訳者は、この3つの世界を行き来します。単にAIに詳しいだけでも、現場に詳しいだけでも、経営目線があるだけでも足りません。大切なのは、それぞれの言葉を別の世界へ変換できることです。

翻訳できないと、AI導入はズレていく

社内翻訳者がいないと、AI導入は少しずつズレていきます。

たとえば、
経営者は「AIで生産性を上げたい」と考えている。
AI担当者は「新しいAIツールを導入しよう」と考えている。
現場は「また新しい作業が増えるのでは」と感じている。

このまま進めると、同じAI導入でも、それぞれが別のものを見ている状態になります。

その結果、
・経営は成果が見えないと感じる
・AI担当者は現場が使ってくれないと感じる
・現場は自分たちの仕事を理解してもらえていないと感じる
というズレが生まれます。

AI導入の失敗は、技術不足だけで起きるわけではありません。多くの場合、3つの世界の翻訳が足りないことで起きます。

社内翻訳者は「組織学習」を進める人でもある

前回整理したように、AI導入は組織学習です。最初から正解を持っている企業はほとんどありません。小さく試し、現場で学び、業務プロセスを調整し、少しずつ広げていく必要があります。

そのとき、社内翻訳者は学習を進める役割を担います。
たとえば、
・現場の失敗を、次の改善テーマへ変える
・一部部署の成功例を、他部署でも使える形に直す
・AI担当者の説明を、現場が試せる手順にする
・経営の期待を、現実的な導入ステップへ落とし込む

こうした翻訳があることで、個人の経験が組織の学びになります。逆に、翻訳がないと、学びは個人や部署の中に閉じてしまいます。AI導入では、単に知識を共有するだけではなく、共有された知識を、別の現場でも使える形に変換することが大切です。

中小企業では社内翻訳者の重要性が増す

中小企業では、AI専門部署やDX推進部門が十分に整っていないことも多くあります。そのため、AI導入では、現場、経営、業務、ITを横断できる人の重要性が増します。

たとえば、
・経営者の問題意識を現場の改善テーマに落とす
・現場の困りごとをAI活用テーマに変える
・外部ベンダーの説明を社内向けに翻訳する
・AI活用で得た学びを社内に広げる

こうした役割は、必ずしも専門のAI人材だけが担うものではありません。むしろ、中小企業では、現場や経営との距離が近い人、業務全体を見渡せる人が社内翻訳者に適している場合が多いです。

AI時代には、専門知識そのものだけでなく、専門知識を組織の中で使える形に変える力の価値が高まっていきます。

社内翻訳者は管理職とも少し違う

社内翻訳者は、管理職と重なる部分もありますが、少し違います。管理職は、部門の目標、進捗、人員、成果の管理を担います。一方、社内翻訳者は、部門や専門領域をまたいで、意味をつなぐ役割を担います。

たとえば、
・技術と現場をつなぐ
・現場と経営をつなぐ
・業務とAIをつなぐ
・部署ごとの学びを組織全体へつなぐ
という役割です。

その意味で、社内翻訳者は“越境型”の存在に近いと言えます。一つの専門領域に閉じるのではなく、複数の領域を行き来しながら、AI導入が組織の中で意味を持つように整えていく人です。

AI導入の本質は組織コミュニケーションの構築である

ここまで整理すると、AI導入の本質が少し見えてきます。
AI導入というと、最新AIを入れることに見えるかもしれません。しかし実際には、AIは組織のいろいろな所に影響します。
・現場の作業
・業務プロセス
・経営判断
・人間の役割
・確認と責任
・部門間の連携
などです。

そのため、AI導入では、技術を入れるだけでなく、関係者の理解をそろえる必要があります。
・何のために使うのか
・どの業務に使うのか
・誰が確認するのか
・どこまで任せるのか

こうした問いに対して、関係者が同じ認識を持てるようにする。AI導入とは、技術導入であると同時に、組織コミュニケーションの構築でもあるのです。

実務家メモ

AI導入で本当に必要なのは、「AIを知っている人」だけではなく、「AIを組織の言葉へ翻訳できる人」である。

生成AIは強力です。しかし現実の仕事では、
・技術の言葉
・現場の言葉
・経営の言葉
が、それぞれ違います。

この違いをつながないままAIを入れても、現場では使われにくくなります。だからこそ、AI導入では社内翻訳者が必要になります。
・AI技術を現場の仕事へ翻訳する。
・現場の困りごとをAI活用テーマへ翻訳する。
・経営の目的を業務プロセスへ翻訳する。

この翻訳ができる人がいることで、AI導入は個人利用から組織変化へ進み始めます。その際、人間の役割は、単なるAI利用者から、AIと組織をつなぐ翻訳者へ広がります。


次回は、AI時代のマネージャーの役割として、AI導入が進む中で、管理職に求められる役割がどのように変わるのかを整理します。


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