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上野恭介は呪われている 第二話『奇妙な約束』



 四月特有の生暖かい風が俺の背から吹き抜けていく。まだ少しだけ冷える空気のなかで感じる暖かさが心地いい。このままどこかで転がって昼寝でもして過ごしたいような陽気を感じながら、俺は盛大にあくびをした。

(まだ疲れがとれねぇな)

 俺の瞼は重く、今ここで寝ろと言われたらすぐにでも寝られるくらいの眠気に朝から襲われている。ついでに身体も怠く、腕や足は痛み、俺だけ重力が倍かかっているのではないかと思うくらいには全身が重い。こうなると歩くのも嫌になってくる。でも仕方のない事だ。なにせ命がかかっていたのだから。
 昨夜、俺は後輩である上野恭介うえのきょうすけと化け物退治をした。日付が変わるまで及んだ戦いであったが、俺、上野共に大きな怪我や怪異の穢れによる後遺症等も無く済んだのは奇跡としか言いようがない。上野はあの化け物を倒すために、自分の肩に憑りついた別の化け物の力を借りていた。目に見えない物の力を借りるというのは思った以上に体力を消費する。半人前とはいえ化け物を祓う事自体にはそこそこ慣れている俺でもこれだけ疲れているんだ。おそらくあいつも今日は疲労困憊していることだろう。そう、思っていた矢先だった。

「神田先輩っ! おっはようございまーすっ! 昨日はありがとうございました!」

 信じられないほどの元気を振りまきながら現れたのは昨夜一緒に戦った後輩、上野恭介だった。まったく疲労困憊など無縁であるかのような人懐こい笑みを浮かべて、あろうことか走って後ろから登場した。こいつのこの元気はどこから湧いてくるんだ。

「うぃーす……。上野お前、よくそんなに元気でいられんな。眠くねぇの?」
「確かに眠いですが元気です! 僕にとっては今日が高校初日って感じなんです! わくわくです!」

 上野は高校入学初日から化け物に命を狙われ、今にも死にそうな顔をしていた。入学初日のあの顔から考えれば、今の上野はまさしくハッピーエンドという言葉が相応しいような様子だ。左肩に太々しく居座る気味悪い悪霊の手を除けば、だが。
 俺が上野の左肩を軽く睨んでいることも知らず、上野は困ったように笑った。

「先輩はおつかれ気味ですね。えへへ……すみません」
「いや、いいよ。俺が自分で首突っ込んだ事だから」

 俺は化け物が人間をナメてかかるのが許せなくて腹が立つだけだからこいつから謝られる筋合いはない。できれば上野の左肩に乗った気持ち悪い奴も叩きのめしてやりたいところだが、半人前である俺にこの悪霊を倒す実力はまだ無かった。
 話は終わったとばかりに歩みを速めて学校へ向かおうとすると、上野は後ろからついてきて呑気に雑談を始めた。どうやら学校まで一緒に歩いていく気らしい。
 
「そういえば神田先輩は部活入ってないんですか?」
「ん? あぁ……。まあな。中学のときは少しバスケやってたけど、今はめんどいから入ってない」

 またもや眠気に襲われあくびをしながら答えると、上野は小さく「おお……」と声を上げて俺の方を見てきた。

「そういわれてみると神田先輩、バスケ上手そうですね……。背も高いですし。僕、あんまり詳しくないんですけど、バスケって相手を酒瓶でぶん殴ったら退場なんですよね? 先輩その辺は……」
「お前を退場させてやろうかバカ上野」

 上野は”そのツッコミが欲しかった”とばかりにニッコリ笑った。本当にぶっ飛ばしてやろうか。
 馬鹿な後輩と馬鹿な会話をしているうちに学校の校門をくぐっていた。誰かと話しながら登校するのは久しぶりだ。なんだか懐かしい気分に包まれる。一方、上野はそんなことも無いらしく、校門の掲示板に張られた各部の部員募集のビラを物珍しそうに見つめていた。

 「神田先輩、部活入ってないなら一緒にオカルト同好会入りませんか?」
「誰が入るか」
「まさかの即答! いいじゃないですか霊感あるし! 幽霊を祓えるってすごいことです! 一緒に入りましょうよ〜」

 上野の遠慮ない詰め寄り方を退けながら俺は小さくため息をついた。
 
「……上野、お前さ。一応釘刺しとくけど、部活でいいふらすなよ。それ」
「……どれです?」

 上野は目を丸くして首を傾げている。どうやら本気で解っていない様子だ。変わった奴だとは思っていたので想定の範囲内だが。

「俺が弱い霊なら祓えるって事だよ。何回も言うけど俺はまだ半人前だし、何より幽霊祓えるとか、めちゃくちゃ胡散臭えから……! 普通の人間はそんなん言われてもホイホイ信じねえんだよ。学校でそんな噂流れたら致命的だ。だから、言いふらすんじゃねえぞ」
「そんなに言うなら解りました。神田先輩が幽霊を祓える事は内緒にしときます!」

 笑顔で敬礼ポーズをとった後輩を見て、俺は何度目か解らないため息をついた。本当にわかってんのかねこいつは……。
 そんな俺を見ながら上野は「あ、」と声を上げた。

「でも神田先輩と仲良くなった事は誰かに言ってもいいですか?」

 何故か満面の笑みで繰り出された問に俺は頭を抱えた。

「別に好きにすればいい……けど……一体誰に言うんだそんなの……」

 そんなわけのわからない事を突然言われた相手の唖然とした表情が目に浮かぶようで辛い。こいつ馬鹿なのかな。馬鹿なんだろうな。
 俺は結局、この馬鹿で変に人懐こい後輩と下駄箱まで一緒に来てしまった。
 上野は俺が初日に声を掛けなければ、なんの関わりも無かった筈の後輩だ。だから化け物退治が終わって命が助かれば、普通に何事もなかったかのように疎遠になるものだと思っていた。何故だか予想外に懐かれてしまった事実に少し戸惑いながら、俺は靴を履き替えて速足で教室へ向かった。

 ◇
 

 「初めましてっ! 上野恭介うえのきょうすけですっ!」
 
 やっと来られたオカルト同好会部の体験入部で、僕はあらゆる人に手あたり次第に挨拶しまくっていた。先輩方はもちろん、一年生にも挨拶して回る。
 僕が高校入学してからの二日間はあのぺたぺたしたお化けによる霊障のせいで随分グロッキーだった。そのせいで自分が学校で誰と話したか、誰に自己紹介をしているかが曖昧なのが気がかりだったんだ。これを機に色々な人に挨拶しつつ、オカルトのお話なんか聞けると楽しいなという考えに至った僕は、部室内挨拶ツアーに繰り出したのだった。
 そうやって手あたり次第に挨拶をしていたら、相手からスッと手が差し出された。反射的に手を握って握手をすると、手をだしてくれた相手の人はにっこりと笑った。
 
「初めまして、ではないんだけどな。俺は秋葉千晴あきばちはるだ。よろしく」

 思い出すまでもなく知っている人。僕が初日に入部届を渡した先輩だ。たしか部長さんだったはず。部長さんは、眼鏡の奥の切れ長な目を細めて優しそうに笑った。

「よろしくお願いしますっ! 部長さんですよね? この間はすみません。具合が悪くてあまりお話ができず」

 僕は入部届を出したとき、この部長さんに「体験入部期間だが、部員と話していくかい?」と聞かれて、具合が悪いからと断ったのだ。僕だって涙がでるほど行きたかったけど、そのときはあのとぺたぺたお化けの事で頭がいっぱいだったから文字通り泣く泣く辞退した。辞退してなかったら神田先輩にも会えなくて最悪死んでいたかもしれないから今となっては良かったと思う。

「今年の入部届は君が一番早かったからよく覚えているよ。体調は大丈夫かい? 初日は本当に具合が悪そうだったから」
「はい! もうすっかり元気です! 心配してくださりありがとうございます!」

 深々と頭を下げた僕の後ろから今度は聞き覚えのない声が聞こえてきた。僕は頭をあげて、今度はそっちの先輩たちに向き直る。
 背の高いニコニコした優しそうな男の先輩と、眼鏡をかけていて大人しそうな女性の先輩が立っていた。

「おっ。千晴がもう一年生と話してる。おっすー。俺、三年の高田淳史たかだあつしね。副部長なんだわ。よろしく」

「貴方は確かもう入部届出したんだっけ。私は馬場陽菜乃ばばひなの。よろしくね」

 いきなり三年生の経験豊富そうな先輩たちと話せてとっても嬉しくなった僕は、特別元気に挨拶した。

「はい! よろしくお願いしますっ!」

 その後先輩たちはたくさん話を聞かせてくれた。
 今までの活動で印象的だった出来事であったりだとか、好きなホラー作品だとか色々だ。オカルト同好会部では外部から投函される都市伝説に関する投書の調査なんかもやっているのでその活動の話も楽しかったし、去年文化祭で出したという有志部員による怪奇小説の本を読ませてもらったのも嬉しかった。
 副部長の高田先輩は話好きらしく、ニコニコ楽しそうに話ては他の部員のところや新入生のところへ行って話を聞いたり話したりしていてとても楽しそうだ。
 他の新入生のところから帰ってきた高田先輩は、秋葉部長と馬場先輩との雑談に僕を交えてくれた。

「俺は雑食だけど〜、やっぱり実話怪談が好きだなあ。こうオチとか原因がわからんところにすごくワクワクすんだよな」
「わかります〜。僕は都市伝説とかに惹かれるんですよねえ」

 話は自然と好きなオカルトジャンルの話題に流れた。やっぱりこんな部活に入るくらいだから、どの部員もオカルトが大好きで、その中でも自分好みのジャンルがある。

「ひなちゃんは妖怪が好きなんだよ。ね、ひなちゃん」
「そうね。伝承とか読むのが大好きで。その中に妖怪の名前なんかを見つけると凄く興奮するわ」
「俺も伝承なんかを探るのは好きだが、妖怪好きはひなちゃんに負けるよ。昔からだものな」

 三年生の三人はなんだか凄く仲が良いなあとは思っていたけど、呼び方や距離感からしてもしかしたら昔馴染みなのかもしれない。
 
「先輩方、幼馴染とかですか?」

 僕が聞くと秋葉部長がにこやかに答えてくれた。
 
「ああ。俺と淳史とひなちゃんは小学生の頃からの幼馴染だ。三人揃ってオカルト好きだからこの学校に入った」
「僕もオカ部目的で入学したんです〜」

 たぶん、三年生の先輩方はちょうど良い成績だったか、本当はもっと良い学校に行けたのにわざわざこの学校に来たとかなんだろうな。同じ目的でも僕は真逆だ。バカなのに無理矢理この学校を受験した。これからの授業が心配だね。

「結構多いんだよなそういうやつ。なんつったってウチの学校はオカルト名門校だからな!」
「部員だけよ。その肩書き嬉しそうに名乗るの」

 馬場先輩がため息をつく。確かに他の学校の人とか先生が良いニュアンスで言っているのを聞いたことは無い。僕は自慢したいくらい凄く良い肩書きだと思うのに。
 
「ただ、そんなにオカルト大好きな奴ばっかり集めてもさあ、霊感あるとかUFO呼べるとか人間に変化へんげしてるとかそんな奴は来ないんだよなあ」
「絶対居ないとは言わないけど、そうそう無いわよそんなの。ていうか何よ。人間に変化へんげって」

 呆れ気味の馬場先輩に対して高田先輩は夢いっぱいな眼差しを向けている。
 
「えー。居たら楽しくない? 正体が妖怪のやつ」
 
 それを聞いた秋葉部長は腕組みをしながら力強く頷いた。
 
「楽しいなあ。是非会いたい! 泣かれるまで質問責めにしてしまう自信があるよ」
「キモい……キモいわ千晴……。あと妖怪に無礼を働いたら張り倒すわよ」

 僕は声を出して笑った。
 この三人が話していると凄く楽しそうでこっちまで楽しくなってくる。僕も話に加わりたくなって、つい思ったままを口に出してしまった。

「僕も妖怪は見た事ないですけど、霊感ある人なら……」

 ――沈黙。

 口が、口が滑った。朝、釘を刺されたのに。僕は言ってはいけないワードを漏らしてしまった。
 目の前の三年生の顔を見るのが怖い。何故誰も喋らないんだろう。いや、解っている。決まりきっている。そりゃそうだよね。興味深々だよね。だってオカルト同好会部だもん。
 僕は三人の顔が見られないまましどろもどろになって言い訳する。自分でも恥ずかしくなるくらいのどうしようもない言い訳だ。

「あ……えっと。間違え、ました。あの、えっと」

 何を間違えたんだろう。自分でもわからない事が口から飛び出ていく。そんなフラフラの僕の肩を、秋葉部長の手が優しく掴んだ。

「いいんだ。恭介。無理をするな」

 秋葉部長の一言を聞いて僕は期待した。そう、一年生がつい調子に乗って口から出まかせの人脈自慢をしようとしただけなんです! そうだ! その流れで行こう! そう思って顔を上げて、秋葉部長と目が合った瞬間僕は確信した。

 ――無理だ。目が本気だ。
 なんだったら三人とも、本気の目で僕を見つめていた。秋葉部長はそんな本気の目でそどろもどろの僕の目を真っ直ぐ見ながら畳みかけた。

「君の知り合いに、いるんだな? 霊感のある人物が。話しづらそうにしているのは口止めをされているからか? その人物はこの学校に居るから、我々オカルト同好会に感知されたくないという感じなんじゃないか? 大丈夫だ。恭介。怖くない。話してごらん! さあ!」

 秋葉部長の切れ長の目が見開かれている。優しい表情は消え去っていて普通に怖い。マジ過ぎる。
 横から馬場先輩と高田先輩も口を出す。二人ともやっぱり目は笑っていなかった。
 
「だめ。千晴、怖がっているでしょう。大丈夫よ上野。吐いてしまいなさい。ね、大丈夫だから。馬場先輩は見ての通り優しくて可愛い先輩よ。安心して吐きなさい。受け止めてあげる。私が。霊感持ちを」
 
「やめろよ! お前ら圧凄すぎ! こんなの喋りづらいだろ! なあ、上野? 俺とちょっと廊下行こっか? な? その方が話しやすいだろ? お菓子たべる? ほら、な。誰? 誰が霊感あんの? 千晴の言う通りこの学校の奴なの?」

 ああ……神田先輩……ごめんなさい。でもせめて、祓える事だけは、絶対に言いませんから……許してください。
 僕はなんとかまた言い訳を絞り出す。
 
「あの……その……知り合いに……いるんです。実は……。な、仲良くしてもらっていて……最近。えへへ」

 秋葉部長の鋭い目が僕を捉えた。口元は笑っているが、やっぱり目は一切笑っていない。狩人の目だ。

「最近。そうか。じゃあ入学してからかな。この学校に、いるんだな? 先ほど君は”仲良くしてもらっている”と言っていた。では先輩かな? 二年生? 三年生? 大丈夫だ恭介。怖くない。怖くないから話してごらん」

 充分怖いです。
 僕は今、名探偵に追い詰められる犯人の気分を味わっている。なかなか無い事かもしれないけど全然嬉しくない。
 
 ――神田先輩、僕だけじゃなかったですよ。霊感あるっていうのをホイホイ信じる人。それどころかこちらの方々、渇望してますよ。
 
 やっぱり目が笑っていない高田先輩も、僕の肩を掴んできた。絶対逃がさないつもりみたいだ。
 
「大丈夫だ。そいつもお前も悪いようにはしないから。な。な。良い子だから」
 
 それもう犯罪者のセリフですよ。
 僕は逃げられないと悟り、せめて最後だけでも霊感について明言しないように「言ってもいい」と言われている事柄だけで先輩達の追求に応えた。
 
「うううう……あの、あの。僕、ぼく……! 一昨日! 二年の神田雅弘かんだまさひろ先輩と! 仲良くなったんですッ!」

 一瞬、三年の先輩達は驚いたような表情でぽかんとしていたが、すぐに僕の最後の抵抗と言っている事の意味に気づいたらしく、ニッコリと笑った。
 秋葉部長の手が僕の肩をポンポンと力強く叩く。

「そうか。良い先輩に会えたのか。よかったな恭介。君の高校生活が楽しくなることを祈っているよ」

 凄く良い事を言っている雰囲気を出しているが、秋葉部長の頭の中はおそらく"霊感のある人間が校内にいる"という事実でいっぱいになっている。だから今も目は笑っていないまま遠くを見ているんだ。
 秋葉部長の後ろでは馬場先輩と高田先輩がコソコソと話し合っている。

「神田雅弘って……あんまり印象ねえなあ……。なんでオカ部来ねえんだよぉ! 勧誘しに行ってやろうかな」
「やめなさい。せっかく吐いてくれた上野がかわいそうよ。せっかく仲良くなったって言ってるんだから、上野が神田君を連れて遊びにくるように誘導するのよ。そこを捕まえて話を聞くの」

「神田先輩ごめんなさぁい……」

 約束を守れずさめざめと顔を覆う僕の背中を、先輩三人がバシバシと一斉に力強く叩いた。まるで「よくやった」とでも言うように。

 ◇

 今日はまだ体験入部期間だから、部活は早めにお開きになった。僕は今日たくさん話してくれた先輩たちにお礼を言って部室を出た。
 まだ早い時間にフリーになった僕は、部室から昇降口へ向かいながらふらふらと学校を探検してみる。昨日、一昨日はあまり見て回れなかったから、今になってやっと念願の志望校に合格できた実感が湧いてきたのだ。
 中学の先生に必死に止められながらも無理矢理受験してみてよかった……。僕は嬉しくなってついニコニコしながら歩き回った。
 そんなに新しくはない校舎だけど、綺麗でオシャレな内装も影響して、自分もこの学校の一部になっていると思うとワクワクしてくる。
 校内を歩き回り、昇降口の近くまでくると下駄箱の近くにプリントのようなものが落ちているのを見つけた。

「なんだこれ。体験入部用の説明プリント?」
 
 女子バレー部の体験入部の為に配っているプリントらしく、バレーのルールとか、やっていて楽しい点だとかが手書きの可愛い文字でつづられている。裏面にはバレー部のルールのようなものも書かれていて、運動部に一切縁が無い僕にはなんだか少し面白い読み物だった。
 
「運動部って大変だなあ……。お……? なんじゃこりゃ」

 プリントの裏面で、気になるルールを見つけてつい声に出てしまう。そのルールは他の運動部特有のルールと違って明らかに浮いていた。

『部活棟二階の端の部屋を覗かない事』

 どういうことだろう。女子バレー部だから、更衣室とかの話なんだろうかとも思ったけど、女子に女子の更衣室を覗くなと注意するかな? でもそうでもないと『覗かない事』って言葉を使うルールはしっくりこない。何を覗いちゃいけないんだろう。覗くのはダメで部屋に入るのは良いんだろうか。解らない。
 気になる。こういうのは気になって仕方が無くなる。そういう性質じゃなきゃきっと僕は他の高校に入学していたことだろう。
 僕は昇降口で靴に履き替えた後、自然と部活棟へ向かっていた。やっぱりちょっと遠巻きから見てみるだけでも見てみたい。なるべく運動部の人に見つからないようにこっそり行こう。怒られたら怖いからね。

 ◇

 運動部に体験入部していた新入生たちも帰り支度を終わらせて下校しようとしている。おかげで部活棟の近くはもう人がまばらになっていて、よそ者文化部が忍び込んだりしても怒る人は居なさそうだ。
 僕は暗くなり始めた校庭から部活棟に忍び寄った。
 部活棟は二階建てになっていて、一、二階合わせて一六室程ある。それぞれの部活の部室であったり、用具倉庫等になっているらしく部屋には当たり前のように鍵が掛かっているけど、外階段が付いているので部屋に入る目的でなければ僕みたいな部外者でも簡単に出入りが出来た。

(部活棟、二階の端……っていうとあそこかな)

 二階の端にある扉は一つしかない。そして幸運にも部活棟には誰も居ないみたいだ。体験入部が終わったから通常部員は普通の練習に入るらしく部員たちはみんな駆け足で各々の練習場に向かって行ってる。
 僕はここぞとばかりに走って階段を上がっていき、端の部屋に向かって歩いて行った。
 部屋のすべての扉に網入りガラスがはめ込まれている。『覗くな』っていうのはこの扉のガラスから由来したルールみたいだ。試しに他の部屋を覗いてみたりもしたけれど、だんだん暗くなり始めたこの時間でも部活棟についた照明のおかげで十分部屋の中を覗くことが出来た。もちろん、他の部屋を覗いてみたところで何も起きない。大体の部屋の中が倉庫のようになっていた。
 やっとたどり着いた端の部屋の前に来た瞬間だった。

 ぐ い っ

 悪霊に肩を引かれた。

 僕の左肩には悪霊が憑りついている。僕が勝手にこっくりさんと呼んでいるこの悪霊は、何故だか僕に危険が迫った時に肩を引いてくる。どういうつもりなのかは解らないけれど、昔からなんとなく僕を助ける為じゃなさそうだなとは思っている。結果的に助かったことは何回もあるから文句は言えないんだけど。
 そんなこっくりさんが今、僕の肩を引いている。固まったままの僕の背中を静かに冷や汗が伝っていく。

(まだ覗くどころか部屋の方を向いてすらいないのに……)

 部屋の方を向くか、回れ右して帰るか。悩む間もなく端の部屋から大きな音が響いた。

 ドンッ!!

 なにかが叩きつけられたような大きな音に僕は飛び上がってしまい、咄嗟に部屋の方を振り向いてしまった。

 ――真っ黒。 ガラス越しには何も見えない。

 何かが張り付いているのがすぐ分かった。見ちゃいけない。見ちゃいけない。直感がそう告げている。そう考えている間に、真っ暗な中にぎょろっとした目が一つ、二つ、三つ……。どんどん増えていっている。……ヤバいかも。

 ドンッ!! ドンッ!

 音だけが響いている。何がぶつかっているのかは全く見えないけど、目はどんどん増えていっている。
 僕はまともな思考ができるようになる前に回れ右をして走り出した。今も肩は引かれていて、部屋の中からの音は響いている。

「うおぁあ!」

 階段が見えるところまで来て僕は思わず声を上げた。階段にはいつの間にか真っ黒な人影が座り込んでいた。項垂れた背中が今にもこちらを振り返りそうで、心臓がバクバクと音を立てている錯覚に襲われる。逃げ場がない。

 ガチャガチャガチャ!

 端の部屋のドアのドアノブがものすごい勢いで音を立てる。鍵が掛かっているのに誰かがドアを開けようとして躍起になっているような、そんな音。中に居る何かが外に出てこようとしているのが容易に想像できた。

(ま、マズい……!!)

 学校探検していたときのお気楽さはどこへやら、一瞬でピンチに追い込まれた僕は必死に逃げ場を探すが見当たらない。助けを求めようにも、近くに人は居なくなっている。今もドアノブのガチャガチャ音は鳴り響いていて、いつドアが開くか解ったものではなかった。

(出てこられる前に、逃げるしかない……!)
 
 僕は咄嗟に、落下防止用の柵に足をかけて柵を支える支柱にしがみつき上へ登った。
 昔から木登りが得意だった僕は、こういう登れそうな場所を見つけると自然と登り方が閃いてくるというちょっとした特技があった。木に登るくらいならいいけど、こういう場所に登るのはあまり褒められたことじゃないから、あんまり役に立たない特技だと思っていたけど、こういう急の場合に逃げ道の選択肢が増えるのはなかなか便利かもしれない。
 僕からすればこんな支柱なんかは簡単に登れてしまうので、簡単に部室等の屋根に上がることが出来た。これからどうしよう。
 下からは未だに何かを叩きつけるような音とドアノブをガチャガチャする音が響いてきているし、階段に座り込む黒い影は未だに項垂れていた。ここからどうにかして逃げないと。
 何かないだろうかと辺りを見回す僕の目に、見覚えのある背格好の生徒が映る。

(ああよかった。あの人なら絶対助けてくれる)

 僕はなんて運がいいんだろう。日頃の行いが悪くてもこれだけラッキーに恵まれるなら人生捨てたものじゃないと思う。
 そんな気持ちで僕はその人に聞こえるように思いきり声を張り上げた。

「神田せんぱぁぁぁぁい!! たすけてくださぁぁぁぁい!」

 僕の声が聞こえたらしい神田先輩は一瞬驚いて辺りを見回したけど、すぐに僕の姿を見つけてこっちに走って来てくれた。部活棟の下まで来た神田先輩は僕を見上げてものすごく呆れた顔をした。

「何をしてんだお前は! バカなのか!?」

 ぐうの音もでない。バカなんだと思う。
 神田先輩は部活棟の階段を駆け上がりながら、ポケットから札を取り出して階段に項垂れる黒い影を睨みつけた。

「邪魔なんだよクソ根暗がッ! 目に見えるところでうじうじすんじゃねえ! 鬱陶しい!」

 先輩は札を投げつけながら項垂れる黒い影の頭を思いきり踏み抜いて霧散させた。確かに幽霊だから怖くはあるんだけど、あんなに項垂れている人の頭を躊躇なく踏み抜くのって凄いな。助けを求めておいてなんだけどやっぱり神田先輩は怒らせるとすごく怖い。

「流石神田先輩……容赦ない……! 鬼みたいだ……!」
「聞こえてんぞクソ上野! テメェも踏み抜いてやろうか!?」
「すみませんッ!」

 神田先輩は止まる事なく例の端の部屋前までやって来て「うるせぇんだよ!」と怒鳴りながら扉を蹴った。そしてカバンから酒瓶を取り出して酒を拳にかけたあとで、ガチャガチャ音を立てている扉を開け放つ。鍵、開いてたんだ……。

「何なんだテメェはァッ! 今俺にガンとばしやがったな!? このゴミ野郎がァァッ!」

 あのガラスに浮かんだ大量の目が「ガンをとばした」に変換されるのは霊感持ち特有なのかな。それとも神田先輩だけなのかな。僕には解らない。
 神田先輩は止まる事無く怒鳴ったままの勢いで端の部屋の中へ入っていった。屋根の上に居る僕からは見えないけど、部屋の中で神田先輩が何かをめちゃくちゃにぶん殴る音だけはしっかり聞こえてきて恐ろしい。
 
「こ……怖ぇぇ……!」
 

 殴る音が止んで、僕が支柱を伝って屋根から降りたところで部屋の中から息を荒くした神田先輩が出てきた。相当殴ったらしく、めずらしく髪が乱れている。先輩はタオルで手を拭きながら僕をジトっとした目で軽く睨んだ。

「で、お前はなんでこんなとこに居るんだバカ上野」
「ヤバかったんで上に逃げました! どこかに登るの得意なんですよ僕」
「得意って……。猿かよ。……違う。なんで部活棟なんかに居るんだって聞いてんだよ」
 
「さっき拾ったプリントに変なルールが書かれていたのでちょっと気になって見に来てみたんです! そしたら思いのほか大当たりでして……あ痛ッ!」
 
「お前は、昨日の今日で! 死にてえのか!?」
 
 神田先輩のゲンコツを食らった。かなり痛い。でももし本気だったらきっと僕の頭蓋骨は陥没したりするだろうからまだ良かった。殺すつもりではなさそうな痛さだ。
 僕はゲンコツを食らった場所をさすりながら、気になったことを聞いてみた。

「先輩は部活ないのに随分遅いお帰りだったんですね。おかげで助かりました!」

「殴られてケロっとしてんじゃねえよバカ上野。……ずっと図書室に居たんだよ。寝たり本読んだりして、学校出ようとしたらキモい気配がしたから探し歩いてた。そしたらお前がバカみたいに上から呼んでるから……」

「おかげさまでまたもや助かりました神田先輩! ありがとうございますッ!」

 僕が下げた頭を見下ろした神田先輩は呆れ交じりのため息をついた。そんな間にも僕は神田先輩に頭を下げないといけない事柄をもう一つ思い出していた。長引かせても良くない。今一緒に謝っちゃおう。怖いけど。
 僕はこそこそと切り出した。

「で……あのですね神田先輩。つ、ついでと言っては何ですが……謝りたいことがありまして」
 
「あぁ?」
 
「あの、その、僕、口が滑りまして。オカ部の人に……神田先輩が霊感あるの……バレちゃって」
 
「なんだと!?」

 神田先輩の顔色が変わってあからさまに焦っている表情になる。ううう……申し訳ない。あんまり申し訳ないので、とりあえずどうしようもないフォローをしておくことにした。
 
「あ、でもでも! 祓えるのはバレてないんで!」
 
「大して変わんねえだろクソ上野ッ!」

「く……苦し……! すみませ! すみませ……!!」

 神田先輩の腕が素早く僕の首に回り、気管を締め付ける。見事なチョークスリーパーを決められた。禁止技ですよ先輩! 僕は必死で神田先輩の腕をタップアウトし続けた。

 
 ◇

 なんとか失神する前に技を解いてもらった僕は、神田先輩と一緒に部室棟の階段を降りた。すると向こうからまたもや見知った人影が歩いてくるのが見える。

「秋葉部長だ……! お疲れ様でーす! どうしたんですかあー?」

 僕が声をかけると、秋葉部長は手を振りながらこちらへ歩いてきた。

「やあ恭介。また会ったね。クラスメイトから聞いた部活棟の噂を確かめに来たんだよ。どうやら最近不思議な現象が頻発しているらしくてな。面白そうだから見に来たんだ」

 ニコニコと穏やかに話す秋葉部長の言い分を聞いた神田先輩の顔には「どいつもこいつも」という文字が浮かび上がっているように見えた。
 僕が神田先輩に怒られていた事なんて知らない秋葉部長は部活棟の噂について教えてくれた。
 
「部活棟の二階、一番端の部屋にまつわる噂でな。ドアについたガラス部分から中を覗くと、たまに黒い影のようなものがうずくまっているらしい。そのうずくまったものが振り返った顔を見てしまうと、良くない事が起きると以前から噂になっていたんだ」

 僕は心当たりである、拾ったプリントを取り出して秋葉部長に見せた。

「廊下で拾ったプリントなんですけど、このルールの事ですか?」
「……ああそうだ。この噂のせいで運動部員が運試しと肝試しを一緒にやるような感覚で端の部屋を覗くのが流行っていた。だから今年度からこんな注意書きを足したのだろうな」

 こんな不気味なルールでも頻繁に破られていたんだな……。ふと気になって隣にいる神田先輩の顔を見てみると「どいつもこいつもバカなのかマジで」という呆れもここに極まれりな文章が浮かび上がって見えた。やっぱり目の前にいるのが三年生だと神田先輩は黙りがちらしい。
 秋葉部長は部活棟を見据えている。

「ただ、最近になって噂が変質した。"覗くと誰かうずくまっている"から"覗くと呪われる"という酷く単調な噂に変わった。そして肝試しをしていたような部員が大幅に減ったんだ。運動部員の友人に聞いてみたら、うずくまっていた黒い影がとうとう外に出てきて人を呪っていると言う。逃げられずに部活棟二階から飛び降りて怪我をした生徒までいるそうだ。そこまで言われるとどうにも気になってね。ちょっと見に来たんだよ」

「へ、へぇぇ……。よく立ち入り禁止になりませんね、部活棟……」

「飛び降りて怪我をした生徒が居るという噂があるだけで、特定に至っていない。飛び降りるのを見た生徒は見つけたんだが、誰かは解らなかったらしい。暗くてあまりよく見えなかった、と言っていた」

 秋葉部長は僕らを見てニヤリと笑う。部長の切れ長な目が細められて、心から楽しそうにみえた。

「時刻は今と同じ夕方五時頃であったそうだが、遠くからでも部活棟の階段を降りる君たちの姿が良く見えた。日没時間の変化を考慮に入れても、男女の差すら解らないのはまずありえない」

「じゃ、じゃあ……何が飛び降りてたんですか?」

 僕が恐る恐る聞くと、秋葉部長は穏やかに笑う。

「それを調査しに来た、というとつまらないだろう? 俺は、うずくまっていたものが黒い影であった事、肝試しをしていた部員が言っていた"部屋のなかにもう一人影が居た"という証言、あとは数年前にあの部活棟の二階から自殺をしようと飛び降りたが失敗し、数ヶ月後に自宅で自死した生徒が居る事が関係していると考えている」

 秋葉部長は楽しそうに語った。
 やっぱりオカルト同好会部部長ともなると、リサーチ能力とか推理能力に長けているんだなあと思う反面、この部長だけかもなとも思う。僕みたいなのでも上手くやれるといいなあ。
 そんな事を考えていると、秋葉部長は「さて」と話を区切り、お待ちかねとばかりに神田先輩の方に向き直った。部長の目は期待に輝いている。

「君が二年の神田雅弘か?」
「ああ。そうですけど。なにか?」

 神田先輩は霊感があるというのを疑われるに違いないと思っているらしく、声だけで臨戦態勢だ。睨むまではいかないものの充分な威圧感を放っている。
 そんな神田先輩の様子を見た秋葉部長はニッコリと笑って神田先輩の肩を叩いた。

「俺は三年の秋葉千晴だ! 大丈夫だ。そんな顔をするな。俺は君を疑ったりはしない! 霊感があるのだろう!? 素晴らしい! 君のような才能の持ち主に会いたかったんだ! ぜひ話を聞かせてくれ! なんなら我がオカルト同好会部に入部を……!」

 あの神田先輩が困っている。困惑している。焦ったりしているのは見た事があるけど、こんなにあからさまに困った顔の神田先輩は初めて見た。
 おそらく先輩は自分の霊感の事を他人に知られた事が、僕を合わせて二回目とかなんだろう。今までずっと他人に教えないようにしてきたのに、二件続けて霊感をホイホイ信じるような人種だったのが予想外過ぎて振り上げた拳を下ろすことが出来ずにフリーズしているに違いない。
 秋葉部長は神田先輩が困っているのを察したのか、畳みかけるのを中止して笑顔で手を差し出した。

「すまない。追い詰めてしまったな。 とにかくこれからよろしくな! 雅弘!」

 ニッコリ笑ったまま、無理矢理神田先輩の手を取った秋葉部長は一方的に固く握手をした。
 困った表情のまま固まっていた神田先輩は目を伏せて若干そっぽを向きながらボソボソと応える。

「……俺は部員じゃないし、部員になる気も全く無いので下の名前で呼ばないでください」

 秋葉部長は満面の笑みを神田先輩に向けたまま、よく通る声を響かせた。
 
「そうか! 部員にならないのは仕方がないな。ではそのうち話を聞かせてくれ。よろしくな雅弘!」

 部長は一切譲る気が無いようだった。

 
 ◇

 何故か放課後から畳み掛けるように忙しかった俺は、若干ため息混じりに通学路を帰っていた。俺は一人で帰ろうとしたのだが、上野は当然のように後ろからついてきて当然のように一緒に帰路へついた。横目に隣を歩く上野を見ると、さっきまた死ぬような目に遭ったとは思えないご機嫌ぶりで歩いている。
 大した霊ではなかったので絡まれても死ぬことはないだろうが、こいつにそれはわからないだろう。

(よくこんなお気楽でいられるなこいつは……。危険だったって自覚はないのか……?)

 あの後、秋葉先輩は意気揚々と部活棟に向かって歩いて行った。俺と上野はまさか「その霊もう居なくなってますよ」と言うことも出来ず、静かに秋葉先輩の背中を見送った。
 秋葉先輩といえばあの学校どころか近隣でもトップの成績を誇る秀才だ。全国の成績も一番だとかなんとか聞いたことがあるが、実際はどうなのか知る由もない。何故そんなに頭の良い人がオカルトなんかに興味を持ってしまったのか謎だ。しかし一番の謎は"霊感がある"なんていう胡散臭さ満載の情報を最も容易く信じるかだ。

(まさかオカ部に居るような連中は誰も彼もこういう人種だって事か……? いやまさか……)

 俺が横目で見ていることに気が付いたのか、上野もこちらを見てにっこりと人懐こく笑った。

「先輩は高校でバスケ部に入らないんですか?」
「入んね。バスケは嫌いじゃねえし、ちょっとやりたいけど。中学んときだって二年になって辞めてるし。今更だ」

 唐突な雑談に動揺しつつ答えると、上野は不思議そうな目をして俺を見てきた。
 
「……なんで辞めちゃったんです……?」

 何でだろうな。正直な話、俺も好きで辞めた訳ではなかったのでそう答えたかったが、相手に質問の余地をワザと残すような答えをするのは嫌いだ。そんな構って欲しいような気にかけてほしいような答え方をするくらいなら突き放した方がいい。
 俺は自分のプライドを優先し、気にかけようとしてくれていた後輩を突き放した。
 
「……なんでもいいだろ。色々あんだよ俺にだって」
 
 上野は少し寂しそうな表情を見せたあと、気を取り直して笑顔を見せた後「そうですよね。色々、ありますよね」と控えめに返した。少し申し訳ないような気持ちに襲われるが、言ってしまった今、もうどうしようもない。
 多少の沈黙が訪れたあと、上野はまた口を開いた。

「あのお化けってなんだったんでしょう? 秋葉部長はいろいろ考察しているようでしたが、先輩はどう思いますか?」

 いつもなら「知らね」と一蹴しても気にならないのだが、隣を歩く後輩が必死に話題を作ろうとしているように見えてしまい、なんだか後味の悪い罪悪感に襲われたので俺は正直に自分の所感を答えることにした。
 
「俺は祓っただけだからあんまりよくわかんねえけど、あの項垂れてた根暗野郎が自殺した奴だってのはしっくりくる。そういう湿っぽさだったからな。で、だ。秋葉先輩の話を加味して考えると多分だけど、あの部屋の中の奴は流れてきた奴だ」
 
「流れてきたやつ?」

「運動部の連中、あの根暗を覗いて面白がってたわけだろ? そういうことして幽霊共を認知する存在が増えるとあの空間は。おそらくその増えた穢れを感知してあの目ん玉野郎はあの部屋に流れ着いた。人が多くて騒いでくれるような場所は格好の餌食だからな」

「おお……! 秋葉部長が聞いたら喜びそうですね……! じゃああの目玉の人とうずくまっている人は関係ないんですか?」

「多分だけど関係ない。話せるような連中じゃないから断言はできねえけど」

 上野は俺の話を聞いて少し考えた後、なんだかバツが悪いような寂しいような表情になりながら呟いた。
 
「じゃああのうずくまってた人、自殺して部屋にこもってたら強い人が来て追い出されちゃったってことですか……? それでもう死んでるのにまた飛び降りちゃった……みたいな? 寂しいですね……なんか」
 
「弱い奴は死んでも弱いんだろ。情けねえ奴だ。戦う根性もねえならあんな人の目につくところでいじけてないでさっさと成仏すればいいんだ。いつまでもかまって欲しそうにしてるからクズの食い物にされんだよ」

 嫌いだ。弱い事を振りかざす奴が。弱いことを正々堂々と主張したい奴が。そしてそんなやつを食い物にして蔓延ろうとするクズも大嫌いだ。弱いことは悪い事ではないが、それを武器と勘違いし、振りかざして他人に横暴を働くような奴は実際に存在する。そしてそういう奴は大体タチの悪い幽霊になる。だから俺はそういう奴が嫌いだ。弱い奴につけこもうとするクズは単純に胸糞悪いから嫌いだった。
 苦虫を噛み潰したような表情の俺を見て上野は困ったように笑った。

「先輩、幽霊にはアタリ強いですよね」

「違う。俺は嫌いな奴にアタリが強いんだ。死んでるクセにちょっかい出してくる奴は五割増しで嫌いになるだけだ」

「うーん、わかりやすいですね」

 そんな会話をしているうちに、俺たちはそれぞれの自宅に続く分かれ道に到着していた。上野はにこにこと笑顔を浮かべたまま、俺に手を振った。

「では、先輩! 今日も本当にありがとうございました! 今度ちゃんとお礼します! 本当に!」
 
「おう。礼はいいから気を付けて帰れよ。また死にそうになるんじゃねえぞ。面倒くさいから」
 
「了解です!」

 上野は人懐こい笑みを浮かべたまま手を振り、路地を曲がって行った。俺は上野の背中を見送る。見えなくなるまで見送ってから、路地に背を向けて自宅とは正反対の方へ歩きだした。スマホを取り出し時間を確認する。

(まだ六時……)
 
 まだ早い。こんなに早い時間に帰るわけにはいかない。

(ゲーセンでも行くか……)

 俺は来た道を引き返す。こんな無意味な道のりでも時間を潰せるのなら大歓迎だった。あと四時間ほどは時間を潰したいからゲームセンターだけでは心もとないからな。
 
 俺は家に帰りたくないが為に、ふらふらと繁華街に向けて歩き出した。



第三話


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