【第六章】カルチャーがくれた”居場所” ── 巡り会えた里山エリアに、僕が「人が集まる空間」のヒントを見た理由
前回の記事では、僕にとってコーヒーが「居心地の良い余白(Gezellig)」をつくり、次のステップへと気持ちよく送り出してくれる特別な存在であることをお話ししました。
今回は、僕がこれからの里山エリアのログハウスで「どんなふうに人と関わり、時間をつむいでいきたいか」について綴りたいと思います。
「ただ美味しいコーヒーを淹れる」という領域を超えて、僕が「人と人が集まる空間」そのものに強く惹かれ、自分たちの家や庭をそんな場所にしたいと願うようになった背景には、これまでの人生で何度も救われ、世界を広げてもらった、いくつかの温かい居場所の記憶がありました。
はじまりは、18歳の夏の眩しさ
「気の合う仲間が集まり、心地いい時間を共有する」
そんな空間への憧れを初めて抱いたのは、高校3年生の夏でした。歳の離れたお兄ちゃんがいる幼馴染がいて、そのお兄ちゃんが地元の同級生たちで作ったサッカーチームに誘ってもらい、BBQや打ち上げにも、参加した時のことです。
そこにはメンバーの恋人も連れてきていたりして、みんなが本当に自然体で、楽しそうに笑い合っていました。
それまでの僕は、中学では生徒会や部活の副キャプテン、高校は規律正しい地元の進学校と、どこか「こうあるべき」という枠のなかで、生きていた気がします。
当時の自分にも友達や部活で切磋琢磨する仲間はいましたが、彼らがつくっていた「気の合う仲間と、ただただ心地よく過ごす時間」が、もの凄く眩しく、魅力的に映りました。
「僕も大人になったら、こんな温かい時間をつくれる仲間や場所が欲しいな」
それは、僕の心のなかに小さな種が蒔かれた瞬間でした。
(大学時代、自分には彼女がいないのに、なぜか友達カップルを4組も募って飲み会を開いたのは、今思えば気持ちが先走った結果だと思います。。笑)
カルチャーという共通言語がくれた、自分の居場所

そんな僕の「こうあるべき」という固い殻を、完全にぶち壊してくれたのが、大学時代に通い詰めた大阪のプロスノーボードショップでした。
そこには、スノーボードやスケート、音楽、ファッションといったカルチャーの面白さを、惜しみなく教えてくれる店長がいました。そのショップに行けば、同じカルチャーを愛する仲間がいつも誰かしら集まっていました。
お互いの詳しい私生活や仕事なんて知らないけれど、「これが好き」という共通言語だけで、顔を合わせればすぐに笑顔で話せる。
「ここにいていいんだ」という圧倒的な安心感。
スノーボードという趣味を通じて出会ったその場所は、僕にとっての初めての「居場所」であり、生き方(ライフスタイル)そのものを教えてくれた原点となりました。
孤独な東京で出会った、2つの「ハブ」

社会人になり、数年後に転勤で東京へ出てきたとき、僕はかつてない孤独を感じていました。田舎出身で土地勘もなく、街には星の数ほどイベントやお店があるのに、どこにも自分のしっくりくる「居場所」がない。
そんな寂しさを救ってくれたのが、東京で出会った2つのお店でした。
ひとつは、渋谷の小さな飲食店。 SNSで見かけた大好きなスノーボーダーの投稿をきっかけに、恐る恐る訪ねてみました。
最初は普通の静かなお店でしたが、音楽(テクノ)が好きという共通言語を通じて店主の方と意気投合し、「音を出すときは呼ぶよ」と、深夜のDJスペースに招き入れてくれるようになりました。
もうひとつは、東高円寺にあるアウトドアギアとアパレルを手がけるガレージブランドのお店。
ここの店主の方には、本当にお世話になりました。顔が広く温かい店主は、お店を通じて僕を色々な面白い人たちと繋げてくれました。
「あそこに行けば、必ず誰かいる」
そんな安心感とワクワクをくれるその場所は、やがてお店という物理的な四角い箱を飛び出し、音楽フェス、キャンプ、旅先へと、僕の世界をどこまでも外へ外へと広げてくれました。
受け取ったバトンを、少しずつ「形」にするために

「何か大好きなもの」という共通言語を真ん中において、人が集まり、自然体で交流が広がる。
言葉にすれば当たり前のようでいて、孤独を知る僕にとっては、これ以上なく貴重で、温かい救いのような経験でした。
振り返れば、僕はこれまで、さまざまな場所の店主や仲間たちから、居心地の良さを与えてもらい、育てられてきたのだと思います。
だからこそ、今度は僕が、その温かさを表現する番です。
実店舗を持つわけではないけれど、これまで受け取ってきた憧れを、自分なりのやり方で少しずつ行動に移してみたい。
実は、僕のなかの「人が集まる空間をつくりたい」という熱量は、数年前に仲間たちを巻き込んだ「イベントづくり」という形で、まず最初の大きな一歩を踏み出していました。
そして、その貴重な経験の土台があったからこそ、これからの新しい土地での暮らしや、今のライフステージに合わせた「自分にできること」を重ね合わせて考えてきました。
その結果、2024年の「コーヒーでのPOPUPや間借り出店」という日常に寄り添う形へと、しなやかに変化させていくことができたのだと思います。
自分が何かを企てたり、コーヒーを淹れたりすることで、あの大阪や高円寺のショップで僕が感じたような、
「そこにいけば、いつでもGezelligな風が流れていて、心地よく立ち止まれる」
そんな瞬間を、自分の周りにもつくり出したいと想い続けています。
この里山エリアに、僕はその「ヒント」を見た
こうして自分の「居場所」の歴史を辿り直してみたとき、ふと気づいたことがあります。
僕がこれまで救われてきた居場所は、どれも派手な施設ではありませんでした。
店主が丁寧に育てた小さなお店、仲間内のBBQ、間借りのコーヒースタンド。
規模ではなく、「その場をつくる人の熱量と、そこに流れる時間の質」こそが、人を惹きつけていたのだと思います。
だとすれば、それは何も「大きな街」でなければできないことではない。
実際、初めてこのエリアを訪れたとき、僕はどこかであの日と同じ「カルチャーと熱量」を感じていました。
派手な街ではありません。けれど、その場所を愛し、そこでの暮らしやカルチャーを自分たちの手で育んでいる人たちの空気感。
大阪のショップや高円寺のお店が、店主の熱量によって「居場所」に育っていったように。
この土地にも、同じ土壌があるように感じました。
山と川に近い、この里山エリアの土地は、僕がずっと憧れてきた「気の合う仲間が自然体で集まり、Gezelligな時間が流れる場所」を、自分の手でゼロからつくっていくには、これ以上ない舞台なのではないか。
デッキでコーヒーを淹れ、庭で誰かと火を囲み、ふらっと立ち寄った人が「ここにいていいんだ」と感じられる。
これまで僕がもらった安心感を、今度はこの土地で、自分なりの形で差し出していきたい。
この土地に惹かれた理由の一つは、間違いなくここにありました。
条件やスペックでは測れない、「ここでなら、自分の憧れてきた居場所をつくれる」という直感。それが、東京の西側の里山エリアという場所を選んだ、僕にとっての大切な決め手の一つだったのだと思います。
次回は、数ある選択肢のなかで、なぜ僕たちが「BESS」を選び、そのなかでも「カントリーログ」というモデルに惹かれたのか。その理由についてお話ししたいと思います。
あなたにとっての「居場所」は、どんな場所ですか?もしよければコメントで教えてください。
BESSのログハウスでの里山暮らしに関心のある方は、ぜひフォローしてつながっていただけると嬉しいです。
