燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや―経営幹部に求められる視座とは
中国の古典『史記』の一節に、「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」(えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや)という有名な言葉があります。
小さな鳥である燕や雀には大空を舞い高く飛ぶ鴻や鵠の壮大な志は理解できない、つまり、「大きな視座や志を持つ人間の考えは、小さな視野で生きる人には理解されない」という意味です。
これは秦の時代に農民による反乱を起こしたリーダーとして知られている陳勝という人の言葉で、秦の圧政に業を煮やした陳勝が仲間たちに自分の大きな志を語ったときに、周囲から笑われた際の反論として語ったものと言われています。
陳勝は、農民という立場から天下を取る夢を描いていて、その壮大な志を「小さな視点しか持たない人たち」には理解されないという気持ちをこの言葉で表現しました。
結局、陳勝の起こした反乱は成功しませんでしたが、陳勝は大国である秦を揺るがすきっかけを作った重要な人物として歴史に名を刻んでいます。
ところで、この言葉は、経営幹部という立場に置き換えると非常に示唆に富んでいると感じられます。
経営幹部の「鴻鵠の志」
自社の状況が良くても悪くても問題意識を持って課題に向き合うのが経営幹部の立場だと思います。課題は、理想と現実との間のギャップです。そのギャップを埋めるために経営者を補佐しながら悪戦苦闘するのが経営幹部の仕事であると私は考えています。
・理想がありながらそれがお題目となってしまっている会社
・理想などなく、目先の数字の達成が全てと信じて疑わない会社
・理想もなく、数字も芳しくない会社
いろんな会社があるかもしれませんが、経営幹部は、まさに「鴻鵠の志」を経営者以上に抱くべき存在ではないかと思います。
事業の未来を見据え、長期的なビジョンを描き、時にはリスクを恐れず大胆な意思決定を下すことを求められるのは本来、経営者の役目と言えるでしょう。
けれど、そうした意識が薄く、能力が低い経営者、自分さえ良ければいい経営者というのも残念ながら存在します。
そして、現実の事業活動では、日々の業務に追われたり、短期的な利益に目を奪われて、従業員だけでなく経営者ですら「燕雀の視点」に陥るケースも少なくありません。
では、そうした会社では一体誰が「鴻鵠の志」を掲げるのでしょうか。
その状態が続けば経営幹部を拝命していてもその会社に明るい未来はないでしょうし、経営に関する情報量が多い分、日々接している部下に対する後ろめたから申し訳ないと感じる良心や義憤を抱く経営幹部の方もいらっしゃるかもしれません。
また一方で、経営幹部として求められる仕事は十分こなしているという自負もあるかもしれません。
けれど、例えば、業績報告や売上目標の達成にのみ焦点を当てる経営幹部は、社長、部下や同僚から信頼されるかもしれませんが、組織を飛躍的に成長させるような革新的な動きにはつながりにくいでしょう。
私自身の社長の右腕としての奮闘
実際、私が社長の右腕として従事していた会社では、社長を含め誰一人理想を語る人がいないという状況でした。
上から下まで日々のあらゆる仕事はルーチンワークとして受け止められ、業績に関する責任は誰も取らず、全ては経営者の責任といった曖昧な空気と精神論しかありませんでした。
業績が低迷すれば理由をつけてリストラ、社長の無計画な思いつきに振り回される従業員。
そういう会社に経営幹部として入社して、一つひとつ絡んだ糸をほどき、社長を啓蒙しながら理想を掲げて奮闘し、結果を出す。私はそんなタイプの経営幹部で、そんなことができるはずがないと批判の中で結果を出し続けるという「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」を地で行っていた訳です。
真に経営幹部としての役割を果たすためには、長期的な視野を持ち、部下の反発や周囲の批判を恐れずに、壮大な目標を掲げる勇気が必要で、そうした人材がいる会社は圧倒的に強いと思います。
意見や理想など経営幹部に求めていない、自分の指示したことだけやってくれればそれでいいという社長もいるでしょう。でも、そういう会社は必ず衰退します。私が退職した後の会社は全てそういう結果になりました。
燕雀と鴻鵠を繋ぐ「対話」
「鴻鵠の志」をクローズアップさせましたが、「燕雀」が決して悪いわけではありません。大多数の社員は日々の業務をこなす「燕雀」であり、それが組織の安定を支えているのも事実ですから業務にしか関心のない社員を蔑むのではなく、経営幹部としての課題は、自身の「鴻鵠の志」を彼らに共有し、理解させ、行動につなげることです。
ここで必要なのが「対話」です。
高尚な目標を掲げるだけでは、現場はついてきません。経営幹部は自らの言葉でビジョンを語り、社員が自分事として捉えられるように橋渡しをする力が必要です。
先ずは一人。また一人。少しづつ理解と納得を促し、行動してくれる部下を増やす。この地道な対話を通じて、経営幹部の壮大な目標が現場の業務と結びつき、「燕雀」が次第に「鴻鵠」として飛び立つための土台を人知れず築くことが求められます。
経営幹部に求められる三つの資質
経営幹部に求められる資質とは何でしょうか。私自身の実体験に基づいて簡潔に整理してお伝えしたいと思います。
長期的視野
短期的な結果に左右されず、会社の未来を見据えた戦略を立てる力。リスクを取る勇気
成功が約束されない挑戦に踏み出す度胸。部下や社長を説得する力も含まれます。共感を生む伝達力
壮大なビジョンを、現場の社員が自分たちの課題として捉えられるよう、わかりやすく伝える力。
おわりに
「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」という言葉は、経営幹部にとって自らの志を高めると同時に、それを周囲に伝え、共に未来を創る力を考えさせてくれる深い言葉だなと感じられます。
この言葉は単に理解されない人の嘆きではなく、未来に対する決意表明というように受け止められると思います。
もし経営幹部の立場にあるのであれば、どんな「鴻鵠の志」を描きますか?
会社を「鴻鵠」のように飛躍させるために、今自分はどのような志を抱いているのか。そして、その志は部下と共有できているのか。
この問いを胸に、経営幹部としての在り方を見直す時間をぜひ持って頂きたいと思います。そのためにまずは日々の業務の中でどんな理想を持てるか考えてみてください。
出る杭は打たれますが、出すぎた杭は打たれないものです。
最後までお読みいただきありがとうございます。
