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【小説】村雨と月時雨(二)


 あたしは、世界を幸せにしたかった。

 あたしは生まれる前から死ぬ日が決まっていた。山の神様の怒りを鎮めるためには生贄が必要なんだって。それは神様が決められたことだから、みんな『名誉なことだ』って言ってくれた。

 人は必ず死ぬでしょう?早いか遅いかだけで、死ぬことは怖くないと思ってた。

 みんなが幸せになれるなら、それでよかった。

 でも、暗い場所にひとりぼっちは、思ってたより怖い。誰もいないことがこんなにも怖いなんて思わなかった。ひとりぼっちにしないで。寂しい。みんなが見えない。どこにいるの?誰かいる?ねぇ、聞こえてる?

 誰も気づいてくれない。

 みんなは幸せになれた?みんなは笑っている?誰か、教えて?わからない、わからない、わからない。何も、わからない。ココはどこなの?ねぇ、誰かいない?ねぇ、誰か、教えて、教えて……。

 あたしが、死んだ意味はあった?





 村雨むらさめは、両方の足で立ち上がり2~3歩歩くと転んだ。よろけて、手を付いたと言った方が正しいかもしれない。上手くいかないことに少し頬を膨らませる様子を、奪衣婆だつえばは笑った。

「なにをやっておる?」
「……っるせぇな!」

 カッと顔を赤らめた村雨むらさめはクソ婆と悪態をついて顔をそむけた。少し前までは四足歩行の猫であったのだ。人間の二歩行はまだ慣れていない。両方の足で歩くというのは、案外難しいのだ。

 しかし、彼は諦めない。よろよろと立ち上がり、それだけでなく左の足を宙に浮かせたのだ。見ているこちらがひやひやするほど、ぐらついた身体を支えるように両手を広げ、自慢げに奪衣婆だつえばを見た。勝ったという顔をしている。まるで子供。いや、まさに子供である。

奪衣婆だつえばさま……」 

 そんなやりとりをしていると、奪衣婆だつえばに使えている女がやってきた。彼女は、いわるゆ奪衣婆だつえばの秘書であり身の回りの世話などもしている。何かがあると、こうやってどこからともなく現れるのが、不思議であると村雨むらさめは思っていた。

 今日も何かあったのだろう。自分には関係ないという顔をして彼はまた、片足立ちの練習をしていた。ちらっと、彼女が何か耳打ちする姿が見えた。そして、すぐに姿が見えなくなると奪衣婆だつえばが彼を呼んだ。

村雨むらさめ

 静かな声である。けれど、驚いた村雨むらさめはどだっと転んだ。

「痛っ、なんだよ、クソ婆……」
「仕事じゃ、東の地におる魂を喰らって来い」

 急すぎて何を言っているのかわからず、キョトンとしてしまった。本当にいきなりである。

 村雨むらさめは確かに、中有 ちゅううの道の番人となった。死んだ魂が三途の川を渡らずに、地をさまよい暴走する。それを阻止するのが番人の役目だ。

 しかし、どのように阻止するのか全くわからなかった。奪衣婆だつえばは「魂を前にすればわかる」と詳しく話してくれなかったし、そもそも「負の感情を喰う」とはどういうことなのか。想像も出来ない。

 いつもいきなりなのだ。

「それは、どうすれば……」
「行け」

 また、人の話を聞かない。奪衣婆だつえばはデコピンのように、中指と親指をくっつけて、村雨むらさめの額の前に出した。そして、指をピンと弾くと彼の景色は変化した。

 ぐにゃっと、空間がおり曲がったような感じ。重力もめちゃくちゃなのだろうか。右から押されたかと思うと、下から何かか上がってくるような、浮き上がるような感覚がした。

 気持ちが悪い。そう思った瞬間に、身体は地面に叩きつけられた。イテテ、と小さく呟く。(あのクソ婆、いつか絶対に殺す)そう思いながら顔を上げる。するとそこには、思ってもいなかった景色広がっていた。

「うわぁ……」

 一瞬で焼き付けられた。栗色や朱色の煌びやかな建物が並び、たくさんの光があふれていたのだ。きらきらとした街の明かりは、ずっと遠くまで続いていた。よく見ると全て違う形をしている。大きな丸であったり、細長かったり、中には四角く赤い枠に覆われているものもあった。

 遠くから楽しそうな音楽も聞こえた。笛や太鼓、そして鐘だろうか。チンチン、ドンドン、今にも踊り出しそうな愉快な音。

 音と光に誘われ、村雨むらさめはその街に足を運んだ。

 まるで夢のようであった。華やかな服を着た男女が笑い合っている。大人も子供も、幸せそうに微笑んでいる。こんな世界が存在していたのか。

 自然と緩んだ表情のまま、村雨むらさめはきょろきょろとあたりを見回していた。

「お兄さんどうだい?上等な絹だよ」
「寄ってきな!寄ってきな!ここにあるのは摩訶不思議な国の話、寄ってきな」
「へい、らっしゃい!焼きたての魚はどうだい?」

 商人だろう。ありとあらゆる掛け声全てに足を止めたくなる。右に左に、ふらつく足取りだが、止まらない。

「でも、お金……」
「そんなのいらないよ!ここはねぇ、誰かが笑えばそれがお代なのさ、ささ食って笑っておくんな」

 そう言われて、串に刺さった魚をゆっくり受け取った。焼きたてのそれのニオイを嗅ぐ。ごく普通の焼き魚のニオイがして、お腹がぐうと鳴る。試しに少しだけ、かじってみると少し塩気のある身のしっかりした味に目を見開いた。おいしい、こんなにおいしいもの始めて食べた。そのあとは止まることもなくがつがつと、まるで獣に戻ってしまったかのように村雨むらさめは魚を食べた。

 お腹がいっぱいになるととても幸せな気分になった。

 再び、ふらふらと街を歩いて回った。すると街の一角で人が集まり何かを楽しそうに見つめていた。好奇心に駆られて、近づいてみるとそこにいたのは一人の老婆。

 老婆は笛を手に持ち、美しい旋律を奏でていた。その音色は人々の心を和ませ、魂を癒すかのよう。全てを忘れるかのような音色に心奪われ思わず「ずっと、ここにいたい」と言葉が零れた。そのボソっと呟いた独り言に老婆は反応し、ピタっと演奏を止めた。

「この街を気に入ったのかい?」

 話かけられるなど少しも思っていなかった村雨むらさめは驚いた。そして老婆の問いに「あ、ああ」という少し震えた声をあげてしまった。彼の返事ににっこり笑った老婆は続けた。

「ここは良い所だ。ずっと居ていいんだよ。何もかも忘れてずっと、ここにお住みな」

 そうしたいが、そうもいかない。なんたって、村雨むらさめにはやるべきことがあるからだ。あのクソ婆こと奪衣婆だつえばのいう所の任務を解決しなかればならない。

「御婆……ありがとう。でも僕にはやるべきことがあるんだ」

 すると、今まで笑顔であった老婆の顔が冷たいものにかわった。空気は一瞬でピンと張りつめる。楽しそうな音楽や笑い声が止まり、村人全員が村雨むらさめを一斉に見た。それにゾクっと背中に寒気を感じた。

 この表情、知っている。ずっと、あいつら・・・・に向けられていた。

 「あ……」

 思わず、一歩後ろに下がってしまった。この表情は敵意。過去と重なる。見当違いの行動をとると必ず向けられたアレと同じ。身体が動かない。まるで水の中にいるように呼吸が苦しく、指先を動かすのも難しい。

「何が不満だい?」

 言葉が出てこない。その問いに答えられない。答えなければ、そう思えば思うほど鼓動が早くなり息が止まりそうになる。

「……っ」

 見下すような老婆の目は、村雨むらさめの全身を刺すようであった。刺された方がマシである。昼だか夜だかわからないような暗い空間に放り込まれたその感覚に、寒さを感じた。

 そんな彼を感じ取ったのか。老婆は生気のない表情のまま、こう言った。

「やり直しだ」

 その瞬間、景色が変わっていく。まるで巻き戻されるように、走馬灯都のように、ぶわっと全てが駆け抜けた。そして、気が付くと最初の場所にいた。

 「な、なんだ?どういうことだ……?」

 そこで見たのは、最初と同じ景色。煌びやかな光り輝く街並みだった。村雨むらさめは少し怖かった。それでも同じようにふらふらと街の中心へ足を運んだ。

「お兄さんどうだい?上等な絹だよ」
「寄ってきな!寄ってきな!ここにあるのは摩訶不思議な国の話、寄ってきな」
「へい、らっしゃい!焼きたての魚はどうだい?」

 全く同じ商人たちの声が聞こえた。

「あ、ああ……でも、お金が」
「そんなのいらないよ!ここはねぇ、誰かが笑えばそれがお代なのさ、ささ食って笑っておくんな」

 そうやって差し出された魚。少しだけ口に入れると全く同じ味がした。どういうことなのだろう。この場所がただの街ではないことは理解した。そして、再び街の一角の人だかりで老婆の笛の音を聞く。今度は黙って、声を発することもなく聞いていた。

 しかし、演奏が終わると老婆はにっこりと笑って話しかけてきた。

「この街を気に入ったのかい?」

 同じである。答えられずに怯えた表情をしていたのだろう。それを見た老婆は、先ほどと同じ感情の無い顔をしてこちらを見た。

「やり直しだ」

 その一言で、景色は再びかわり次に目を開けるとやっぱり煌びやかなな光り輝く街並みが広がっていた。

「嘘だろ……」

 繰り返す一連のやりとりに頭がカチ割れそう。

 どうすればいいのか、わからない。しかしここを脱出することが自分の仕事なのだと、彼は暗い夜空を見上げて思った。


「なんだよ、ココは?」




to be continued










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