RingNe最終章"人類最後の祝祭" 振り返り
序文
RingNeとは、については公式サイトや原作者アメミヤユウ氏のnoteなどをされたし。
一応ざっくりと説明すると、人が死後、植物へ輪廻するという世界観をベースにした小説「RingNe」を原作として、その物語を現実世界で体験できるイマーシブなフェス。
南足柄を舞台に2023年から始まり、3年目の今年が最終章だったんですね。
1年目は比較的普通の音楽フェスっぽい雰囲気の中、昼はテントサウナのスタッフをやり、夜は滝に向かってプロジェクションマッピングをやった。
映像は西原雨天氏がメインで、自分は主に技術面でのサポート。
2年目は、ガラリと雰囲気が変わり作中のダイアンサスがやるお祭りで、全体としてはイマーシブシアターの色が濃かったかな。
自分はsheep社のポップアップを担当し、人の精神を植物に近づけるというコンセプトのメディアアート作品を展示した。
以下は別のイベントで登壇した時の資料と動画。
そして3年目の今年はこれまた全く過去2年とは違い、廃校でキャンプしながらのギャザリングという雰囲気。
長い前置きだが、そんな今年のRingNeで自分はどんなことをしたのかの備忘録が本稿となる。
とっかかり
個人的に昨年は結構な会心作だった。
ちゃんと世界観にフォーカスしながら、それでいて自分のやりたいことをやるということを両立した。
傍から見てどうであるかはさておき、少なくとも自分自身の認識においてはそうであり、そうであることはとても重要なことなのだ。
さて、では今年はどうするか。
昨年のダイアンサスの儀式自体は直接参加して観たわけではないが、結局プラントエミュレーションは思った感じのハッピーエンドではなかったようだ。
それを踏まえてNEHaNだぜって奴らと、それでもやっぱ植物になるんだって奴らと、人間のまま死にますわって奴らと、各々の思想を持った奴らのギャザリング。
ってのが今年なわけでしょ?
じゃぁ自分はその世界観の中で、一体どういう立ち位置の人物としてその場に居るんだろうか。
はたして自分がNEHaN派になるか?
いやいやいや、無いでしょ。
肉体を捨てて情報空間に行くのだ、ってのはまだ分かるけど誰かの掌の上に乗っかるの?
マジで?よく考えた方が良くない?
じゃぁダイアンサス路線のままってのも、それも無い。
あんだけ壮大なこと言っといて、どうも結果がお粗末な感じじゃん?
人間のまま死ぬのだ、ってのも消極的な保守派でしょ。
一番無難でみんなが選びそうな選択肢ってところも、個人的にさっぱりソソられんのよね。
よしそれならば自ら新たな選択肢を作ろうじゃないか。
求心力を失ったカルトは分裂するのが世の習いというもの。
てなわけで、ダイアンサスから分派して独自に世界樹思想を打ち立てたマイクロカルトの創始者、というのが今回の役どころかなと自己定義。
これをベースにテクニカル面でやっておきたかったものを練り合わせていく。
世界樹思想
ダイアンサスのプラントエミュレーションは根本的に考え方に間違いがあり本当に必要だったのは植物になることではなく世界樹だったのだそれはそういう植物があるということではなくてあちら側の世界へのゲートととなるもののメタファであり今日に至るまで世界中にある巨木信仰というものの本質はその背後に世界樹というものがあるのだそれは国内外を問わず寓話の中にも様々な形で現れているというのが研究の結果判明していて例えば古くは日本神話の天孫降臨の際に高天原から神々がこの世界に顕現するために使った通り道が世界樹なのだあちら側の世界あの世を高天原と呼ぶのかニライカナイと呼ぶのかヴァルハラと呼ぶのかそれは他の思想も混じりながら様々な呼び方はするが本質は同じなのだ量子力学における逆スピンとでもいうか反転した世界なのだその境界に近づくということは理の反転した作用に触れることでもあるのだ例えば花咲の翁の寓話では死んだ愛犬の灰を枯れ木に撒いたら花が満開になるというのはまさに生と死が反転する事象の現れであるここでの枯れ木というのもあくまで象徴であり世界樹を暗示しているのだジャックと豆の木の中でも天まで伸びる巨木を登っていった先には巨人の国があり金の卵を産む鶏などという現実離れしたあちら側の世界が描かれている他にも様々な寓話を紐解いてみるとその背後にはいつも世界樹があるという事実に驚愕するだろう
みたいな妄想を膨らませていく。
シンボル
ダイアンサスでは挨拶として下記のような手印が用いられていた。

同じ手印をしていただけの人で、RingNeとは無関係である
これをベースにしつつ、エネルギーが発散する印象がある形を、凝集・集約させる形に変えて手印を再定義した。

被っている印契は無いと思う

結界
さて、それはそれとして会場に結界を張ろうと思った。
魔女の呪い(まじない)に、敷地に釘などを埋めるというものがある。
それを参考にしつつ3Dプリンタで結界のための楔となる呪具を作ってみたいな、というのがぼんやりしたアイデアとして頭の片隅にあったので、これを機会にやってみることに。
ちょうど数ヶ月前に造形作品を作ったこともあり(参考)、今回もShapeLabを使って造形してみた。
まぁ今回は展示作品ではないので、そこまで細部までこだわらずにチャチャッと作るか。
というつもりだったが、結局作り出すと細かい形が気に入らなくて何度かゼロベースで作り直したりしてしまったな。

こっそりと気付かれないよう仕掛ける
会場の大体東西南北の位置に、地面に直接打ち込むように仕掛けていく。

これにより祝祭が無事に何事もなく進行するように、という魔除け・追儺の結界を張る。
というのが表向きの理由である。
真の目的
この呪具は結界であると同時に禊祓いのための仮設の拝所であり、エネルギーの集約装置でもある。
祝祭のエネルギーを集め、世界樹を顕現せしめるというのが真の目的だったのだ。
地面に突き立てられながらも、その造形は天に向かって根を伸ばすイメージで作られている。
と同時に、正面から見た際に先の手印を彷彿とさせるように苦心した。(彷彿とはさせきれなかったが)
この根からエネルギーを吸い上げ、大地に注ぎ込むという理の反転も表現した。

造形スキルの問題か
ここに1枚のラフスケッチがある。
これはRingNe第一章で、滝に向かってプロジェクションマッピングをするとなった際のアイデアスケッチだ。
水が上から下に流れるのを、植物が地面から養分を吸い上げる方向に合わせるように逆さの大木を映し出す。
というのが自分のアイデアだったが御蔵入りとなっていた、それを引っ張り出してきた。
世界樹思想は実は1年目の時から暗示されていたのだ!

禊祓い
しかしただそこにあるだけでは世界樹を顕現させるためにはまだエネルギーが足らない。
人が酸素を吸い二酸化炭素を吐くように、植物は二酸化炭素を吸い酸素を吐く。
同じくして、人の穢れが世界樹顕現のためのエネルギー源となる。
では現代人の最たる穢れとは何か?
SNSである。
妬み嫉みにまみれたSNSに触れ、スマホに穢れが溜まるのだ。
その穢れを祓うために人々は東西南北の結界を訪れる必要がある。
というような話を、ビールを呑みつつバーベキューに興じる合間に色んな人に話す。
話しつつQRコードを見せ、それをスキャンするとSTYLYアプリが起動する。
で、こんな画面が表示される。

穢れの溜まったスマホを、この結界の呪具の麻縄が巻かれた辺りになすりつけるようにすることで、禊を祓うことができる。
ちなみにiPhoneだと端末上部に穢れが溜まるが、Androidだと機種によって穢れが溜まる位置が違うようだ。

実はこの結界の呪具の麻縄が巻かれた辺りには細工があり、うまく祓えるとNFC的なスピリチュアルな力が作用してSTYLYアプリが起動する。
それが次のような画面だ。

東西南北の結界を巡礼し、穢れを禊ぎきることができたならば次のような画面を目にするであろう。

世界樹の顕現
世界樹のデザインをどうしたものかとギリギリまで決めきれなかったが、最終的にはパキッとモノトーンでデジタルな印象にした。
これは世界樹を通して辿り着こうとする向こう側ってのは結局、NEHaNとはアプローチが違えど情報空間的なものであるという着地である。
大きく逸脱したけど一応最後は近いところに戻ったつもり。
余談だがBloom加減にはこだわって何度も調整したものの、晴れた昼間だとあまり映えなかったなぁ。
所感
うん、あまりにも世界観が逸脱しすぎちまったな、という自覚はある。
が、末法の世ともなれば妙に行動力のある狂人の一人や二人は出てくるものだろう。
それよりも反省点があるとすれば導入部が弱いところで、ここはうまく役者を仕込んだりしても面白かったかもしれないな。
会場の中でもこんなものがあったということすら知らないままの人がほとんどである。
個人的には必ずしも全員が見る必要はなくて、たまたま一部の人だけが目撃してしまうような、そんなオカルト<隠されたもの>が好きなんだな。
それは例えばBurningManのDeepPlayaの奥底で、たまたま夜中に通りかかった人だけが目撃した謎のパフォーマンスアートのような、そういう。
そんな自分なりのアートをやりつつ、基本的にはキン冷えビールをダラダラ呑みつつ、どこかでジャムセッションが始まればダラブッカを持ってかけつけたり、おもむろにSEQTRAKでマシンライブを始めたり、と気の向くまま大いに楽しんだ。
最後の祝祭を十分にやりきったと言えるだろう。
